24話 宣言
幼馴染との和解を果たした翌翌日ともなれば普段に比べて格段に気分も良い。
向日葵は今日は登校していると朝から周囲が何やら騒いでいた。まあそんな事はいつもの事で。教室の中で学院3大美女についての会話が、耳にちらほら入って来ることなどさして珍しくも無い。
それでも昨日の今日と言う事もあり、耳を傾けてみれば、何やらいつもの向日葵と雰囲気が全く別人になっているとか、ラブレターを即ゴミ箱に捨てていたとか、様々な情報が多岐に渡って、ある事無い事広がっているようだ。
まさにデジャブ。向日葵が過去に荒れていた頃と同じ状況がたったの一日で出来上がっていた。
今集まっている情報を統合して客観的に考えれば、俺が土曜日に早退し向日葵の家に行って話し合った正にあの出来事が原因で向日葵がそうなってしまったとも考えられる訳だが、何とも釈然としない。
そんな言い訳の様な考え事をしていると、隣でラーメンを啜る雄介ゆうすけが、いつもながら流行に乗った会話を繰り出して来る。
「それで【結城向日葵失恋説】についてお前の見解はどうなの?」
「なんだそれ……。」
「いやいや、あれだけ激変して登校して来てるんだから、周囲がまず失恋を疑うのは当然の結果だろ?」
「いや、彼氏がいたなんて話は聞いてねーけど。っていうか、俺はまだ当の本人を確認してすらいないんだけどな?」
「そんな事言っても噂は死ぬほど立ってんだよ。目撃情報多数。」
「あーはいはい。いつものあれね? 話してるだけで、あいつら付き合ってんじゃないの説。こっちはそのおかげでいい迷惑だっつーの……。」
「まあお前が一番話してるからな? もはや昨今のお前は幼馴染キャラで固定されたけどさ。じゃあ逆にお前と別れた説は?」
「ねーよ。付き合ってもねーよ。ってか、そんな説まであんの? 幼馴染キャラで固定された話は何処行ったんだよ……。」
「まあ一応お前も有力馬だからな。実際、俺はお前に6000賭けてる。」
「おい! 主催者誰だ!停学にしてやる! 生徒会副会長に向かっていい度胸してんな!」
昼下がりの昼食時。ここ最近は学食を利用している俺にとって、唯一心休まる昼休みの昼食もこの人ごみの中で行われている。この巨大な学食堂に溢れんばかり人が詰め寄り、一同に食事をするのは正直疲労感が溜まる。
それに加え、親友に学院の裏事情を暴露されては、深い溜息を吐かざるを得なかった。
「にしても、なんか周りが騒がしいな。」
雄介が周囲を気にする素振りを見せると共に、周囲の声に耳を傾ける。
「あーなんか、昼の放送が止まってるらしい。」
「まじか。なんかあったのか?」
「さあな。まあ正直需要無いしな。」
「そうも行かないんだよ。生徒会の会議が長引く。」
一応、部活動の不手際に対する対処も生徒会の雑務の一部。
あのきっちりした生徒会長様の事だ。放置という事もあり得ない。
{{ザー、トントン。}}
「つったら始まったみたいだな。」
少し遅れた放送の開始に合わせて、野次馬の興味も同時に引いていく。そもそも皆正直に言えばそんな物に興味は無く、只の話のタネ。暇つぶしに騒いでいただけの事。
そうそう日常に置いて、皆が一斉に騒ぎ立てる様な出来事など、そう簡単に起こりはしない。
「まあ、さっさと食って教室で昼寝でもするか。」
俺自身も昼の放送への興味は限りなく無いに等しい。
残った休み時間を有効活用するため、残り少ないカレーをスプーンで掬すくった。
{{あーあー、えー2年の
「ぶふっ。けほっけほっ。」
唐突に始まった向日葵の放送室のジャックを知らせる放送に口に入れたカレーを噴き出しそうになる。
雄介含む、学食に集まる大勢の生徒達は一斉に騒ぎ出した。
かくいう俺も呆気にとられ、只、茫然と到る所に設置されたスピーカ―の一つを見つめる事しか出来ない。
口の中に残ったカレーを飲み込みながら、周囲と同じ様に向日葵の次の言葉を待つ。
{{私は生徒会副会長、
俺は持っているスプーンを無意識に落とした。
―――――
気が付けばもう授業は全て終わり、空は真っ赤に染まっている。
午後から始まった授業が何の授業だったかすら、もうよく覚えていない。
あの全校生徒に向けた放送が流れた後、男子からの強烈な嫉妬の目線の中で、大勢の女子に囲まれての尋問。正直もう体がクタクタ。
今もこうして一人教室で呆けているのも、外に出ればまた同じ事が繰り返されるであろうという杞憂から、未だに自分の席から立ち上がれない故だ。勿論、他にも理由があるのだが。
もう教室には数人しか残っていない。その数人ですらも此方をチラチラと見ながらコソコソと話し合っているのを見て、深い溜息を吐いてしまった。
向日葵が俺の事好き。正直に言えば、想像した事くらいある。
あれだけの可愛い子が近くに居れば年頃なら普通だ。それに加えて、毎朝家まで迎えに来るし、お弁当まで作って来る。他のどの男子よりも一緒に時間を過ごせば、可能性くらいは嫌でも考慮してしまう。
だが、それはあえて考えない様にしていた。
安易にそう考えるには、俺にとって大切な人過ぎた。
俺は過去4度失恋を経験した。別れれば、元の関係に戻る事なんて出来ない。どうしてもギクシャクしてしまう。「友達に戻る」なんて口では言っても、それは実質別れの言葉。「友達になる」事とは意味合いが違う。
俺は恋愛で上手くいった事が無い故に、近しい人間とそういう関係になるのを今まで避けて来たのかも知れない。
どちらにせよ、向日葵の気持ちに対して適当に答えるなんて事は出来ない。
手に握られたスマートフォンを覗く。
送り主は、向日葵。
「放課後、教室で待ってて」
あの放送の後、すぐに送られて来ていた。気が付いたのはもっと後になってからだが。
残った数人の女生徒達が教室から下校する為に出て行く。
それを見計らったかのように、向日葵が戸の近くに姿を見せた。どうやら人が居なくなるのを外で待っていたらしい。
ゆっくりと近づいて来る向日葵。自然と俺は立ち上がる。
「涼ちゃん、今日はごめんね。」
「あんな事して大丈夫だったのか?」
「停学食らっちった。」
向日葵は少し口元に笑みを映す。
「やっぱりか……。うちはそういうの厳しいからな。」
蛍光院学院は身なりについての校則は緩い分、行動については非常に厳しい。
「でも3日で済んだから。しゃーないよ。これしか無いと思ってさ。」
「向日葵は昔からすぐ行動しすぎだろ……。」
「……すぐじゃないよ……。」
向日葵はこの距離では聞き取れない程のとても小さな声を出した。
「ん?」
「すぐじゃない。5年も待った。」
「そ、そんな前から……?」
「うん。私はあの約束をそういう意味で受け取った。」
確かに、あの約束をしたのは5年前くらいだ。向日葵はそんなに昔から俺の事を想ってくれていたのかと驚きを隠せない。
それを知った途端に、自分の中に何かとても暖かいものが熱くこみあげて来る。
今まで向日葵に持っていなかった感情が、ふつふつと滲み出てくる感覚が身体を覆う。
「そっか……。あのさ俺、向日葵の事、す……。」
「あー、ストップストップ。今、流れで好きって言おうとしたっしょ?」
俺の言葉を聞いた傍から、向日葵は眉間にしわを寄せて苛ついている様に見える。なぜだろう。
「え? あれ? なんか俺、いけないことした……?」
「涼ちゃんチョロすぎ……。なに今の。雰囲気に流されすぎ……。全っ然気持ち籠ってない。本気じゃないのバレバレ。」
「なんで!? 今いい雰囲気だったじゃん!」
「うざ……。私が本気なのに、雰囲気に流されて言おうとしてるのがムカつく! ちゃらすぎ! 他の女と一緒にすんな!」
「ちゃ、ちゃらいとか言うなよ! それに一緒になんてしてねーよ!」
向日葵は苛ついた態度を隠す事無く、俺のネクタイを鷲掴みにして、思い切り引っ張った。当然、物理の法則に従って顔が近づいていく。
もうあと少しでもそのまま腕を引けば、唇が触れてしまう距離まで来て、向日葵は俺にしか聞こえない声で呟いた。
「ぜってー好きにさせてやる。」
キスをした。
向日葵の唇は今まで触れたどんなものよりも柔らかかった。
俺のキスのイメージは小鳥同士が啄む様な可愛らしいものだったが、向日葵のそれはきっと本物の恋人同士がするような長い時間を掛けた映画のワンシーンのようなもので。
きっと今の俺は傍から見れば、この教室を照らす夕焼けの様に真っ赤になっているに違いない。
永遠にも感じる長い時間。それでも時間で言ってしまえばたったの十数秒が経過し、ゆっくりとお互いが離れていく。
よくよく見れば、向日葵の顔も真っ赤に染まっている。こんなに恥ずかしがっている向日葵を見るのは、十年以上一緒に居ても初めての事だった。
―――――
学校での向日葵とのキスを思い出しながら玄関の鍵を開ける。
しかし玄関のドアは開かない。鍵を開けた筈なのに鍵が閉まっている事を考えると、あいつはもう帰宅しているようだ。
家の中に入ればリビングからテレビの音が漏れてくる。その音の方に向かいリビングに繋がるドアを開けるとソファに座りながら不満そうな表情でアイスバーに噛り付く、唯がいつもと変わらずテレビの方を向いている。
兄が帰って来ても「おかえりなさい!お兄ちゃん!」なんてウチの妹が言うはずも無く、リビングに入る兄を横目で一目見るなり再度テレビに向き直したのを確認し溜息を付いた。冷蔵庫を開け、習慣になってしまっている牛乳を取り出し一気にそれを煽る。
結局、向日葵とはどういう関係になったのだろうか。いや、付き合った訳では無いのだから、今まで通りと言えば今まで通りだが、キスまでしてしまっては、それこそ今まで通りではいられない気もする。
「向日葵と付き合ったの?」
背後でアイスを頬張りながらテレビを見ている唯に、心の中覗かれているんじゃないかと思ってしまう。
「別に付き合ってない! いきなりなんだよ。」
「ふーん、付き合ってもないのにキスするんだ。」
「なんで知ってんの!? 見てたの!?」
「ん。たまたまね。」
空になった牛乳パックをすぐ近くにあるゴミ箱に放り込み、気だるげに妹の横に腰掛けた。
「また相談に乗ってくれないか?」
唯は何とも言えなくなる程の可愛らしい表情で、俺の腕に自分の腕を恋人の様に絡ませてくる。
「うん。いいよ。」
嗅ぎ慣れた妹の甘い香りを少しだけ感じた。
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