23話 放送
理想の女の子。
それは例外無く、誰もが憧れるものだ。キチンと綺麗に整えられた髪に、ピシッとした服装。にこやかな笑顔に優しい口調。伸ばした背筋に洗練された立ち振る舞い。女の子らしい仕草に甘い目付き。
それは例外無く、どの男子でも憧れる。そして。
彼の好みが分からなかったからこそ、その姿を選んだ。
正解が分からなかったからこそ、確率が高い物を選んだ。
鏡に映るそんな
いや、どちらかと言えば嫌われたくない、という想いの方が強かった。
もし、女の子らしくない子が嫌だったら、どうしよう。だらしない子が嫌だったら、無表情な子が嫌だったら、口が汚い子が嫌だったら、どうしよう。
そんな考えが頭をぐるぐると回れば、他の事に手が付けられない。朝、家から出られない。会えない。
そうやって少しずつ今の私になっていった。それが私の好みでは無くとも。それが彼の好みか分からなくとも。
鏡に映るそんな結果が存分に表れた自分を見つめる。
あれから日曜日を挟み、新たな週の始まり。
私は鏡の前でまた制服を着ている。
心と身体が軽い。まるで羽の様だ。たったあれだけの会話でこれほどまで変わってしまう私は、自分でも驚いてしまう程に単純だ。
ここ最近、落ち込んでいた食欲も今は不思議と湧いて来る。お腹がすいた。何か食べよう。
でもその前に。
ブレザーのボタンを外した。締め付けられるのが嫌いだ。
ネクタイを外して放り投げた。同時にYシャツの第二ボタンまで開ける。涼しい。
少し長めのスカートを織り込み更に短く調節した。スカートに綺麗に入っているシャツを出した、ブレザーとその下に隠れるシャツを同時に腕まくりし、適当にヘアピンで髪を止める。
今まで一生懸命作り、固めて来た自分を壊していく。もうその必要が無くなってしまったから。
結局、普遍的な理想を彼の好みなんじゃないかと思い込んでいただけだ。案の定、結果は大外れ。
涼ちゃんが素の私を肯定してくれるなら、私は私を偽らない。だからと言って、昔の私にも戻らない。だって今の私も涼ちゃんは好きと言ってくれたんだから。
途端に
出会った頃を思い出す。意外にも最初に出会ったのは、
最初の頃の唯は、何をされても無反応。言葉は発さなくとも、相手にしないと表情で言っているのが、はっきりと分かる子だった。私を無視し続ける唯に腹を立てた私は追いかけまわしてでも、いじめようとするほど唯に固執していた。
そんなある日、妹を虐めたと、怒り心頭で私の前に現れたのが涼ちゃんだ。
子供ながらにして、今までに無いくらいの派手な大喧嘩をした記憶が今でも鮮明に思い出せる。まさに流血沙汰。お互いの両親は両者平謝り。そこから、
それからは気が付けば、涼ちゃんが隣にいた気がする。私に初めての友達が出来た。
でも、逆にそれが唯との始まりでもあった。
それまで私に対して無関心を貫いていた唯が、今度は私を強く拒絶し嫌う様になった。それからの唯と私は酷いものだった。正直、何度喧嘩したか覚えていない程に。
成長するに連れて、手を出す喧嘩はしなくなったが蓋を開ければ、未だにこの有様。もう何年唯と諍いさかいを起こしているのか分からない。
でもそれも恐らく今日まで。
私は自分の頬を両手で強く叩く。
パチン!
「よし!」
今日私は、唯と決着を付けようと思う。
―――――
見慣れた朝の
その中でも学院3大美女には自然と視線が集まる。皆同様に例の裏サイトを利用しているためか。普段ならその視線には、羨望や嫉妬、劣情、好意など様々な感情が向けられる。
しかし今日のそれは、恐らく
それに加えてこれからの私は、毎朝皆に笑みを振り撒きながら登校しないし、下駄箱に入っているラブレターも受け取らない。教師へのゴマ擦りも、メールをマメに返す事もしない。
私は下駄箱で上履きに履き替えながら、中に入っているいつもより多い手紙の束を、近くのゴミ箱に捨てながら階段を登った。
2年G組の教室に入れば、更に多くの視線を集める。取り巻きの4人も私がここ数日休んでいたにも関わらず、既に待機していたようで、此方を訝し気に見つめている。
私はいつもの様に挨拶も無しに自分の席に座る。
「ひ、ひま? どうしちゃったの……?」
「ん? ああ。もう隠さない事にしたから。」
案の定、4人共声も出ない程に驚いている。
「いいの? 今まであんなに隠してたのに……。」
「別にいい。それより今日の昼、放送室ジャックするから。」
4人は更に強烈に驚いているようだ。
私の口元には、不遜な笑みが彩られている。
「いやいや、無理でしょ……。昼休みは放送部が昼の放送で使うし……。」
裕子が即座に止めに入る。
「だからジャックっつったでしょ? 乗っ取るの。」
「流石にいくら向日葵ちゃんでもそれは無理があるよ~。」
気の弱い理恵は慌てる様に手を振る。
「ごちゃごちゃ言うな。私がやるっつたらやんの。分かった?」
「ひまちゃん、やめた方がいいよ。最悪停学とかになるよ……。」
翔子はいつもながら打算的だ。
「勿論、責任は私が取るから。」
「なんでそんな事するの?」
クラスで涼ちゃんの隣に座る亜紀は目的の方が気になるらしい。
「それは後で分かるでしょ? もしこれが成功したら、ゆいちゃんゲームなしにしてあげる。」
その一言に4人は色めき立つ。ゆいちゃんゲームがなしになるのはこの子達からすれば、魅力的な話。とはいえ、今思えばこの4人には今まで散々色々やらせてきたが、止められたのは今回が初めて。
それだけ今回の行動は問題行為という事かも知れない。それでもこれだけは為さねばならない。
「わかったら、裕子は昼までに放送部の部長に話し通しておいて。邪魔したら殺すからって。それから理恵は1年の圷唯あくつゆいを呼んどいて。翔子は教師が昼休みに放送室来ないか探りを入れにいく事。亜紀は放送室の鍵を入手してきて。」
「えっ!? 私だけ難易度めっちゃ高くない!?」
途端に亜紀は不満を漏らす。
「じゃあ、ゆいちゃんやる?」
「頑張ります……。」
「今回は失敗は許されないから。私の名前は好きに使っていい。散。」
その号令で4人はうな垂れながらもゾロゾロと動き始めた。
未だに私への周囲の怪訝な視線は解かれそうも無く、一人残された今も、皆、此方を見ている。
勿論この会話は周囲に聞かれてはいないが、私の見た目の変わり様に声も掛けられないようだ。
懐かしい視線に軽く笑みが零れて来る。この感覚が今は心地いい。
皆同様に、こう思っている事だろう。
「向日葵ちゃんは昔に戻ってしまったんじゃないか」と。
でもそれは半分正解で半分不正解。
別に今の自分が嫌で、この私に戻るんじゃない。別に昔の自分が嫌で今の自分になったんじゃない。
だからと言って私が最低な人間な事が変わる訳じゃない。それはこれからも多分変えられないし、変わらない。変わりたいとも思わない。
きっとこれが原因で、これまでの私とは比較にならない程の沢山の問題がこれからの私を襲うだろう。それはそれは沢山の事柄が大波の様に押し寄せてくる。
でもそれで構わない。辛くなったら、またあの胸に飛びつけばいい。
そう思えば、不思議と勇気が湧いて来る。
だから、もう私は嘘は吐かない。
唯、あんたにも。
―――――昼休み。
「こんなところに呼び出して一体何なの?」
腕を組みながら鋭い目付きで唯ゆいが放送室に入ってくる。
私は一人、それを待ち構えるように立ち尽くす。放送室の中には二人きり。いつもながらの険悪な雰囲気。
今はあの4人が外を見張っている。
「来るのが遅せーよ。あんまり時間がない。」
唯はこちらを嘲笑するような表情を変えない。
「それにしても向日葵、学校来たんだ。良く来れたね。朝のストーカーが無かったから今日も来てないと思ってた。」
「ねえ唯。私達ってもう何年こんな事続けてるんだろうね。」
「は? さあね。いきなりなんなの?」
「もう今日であんたとの諍いも終わりにする。」
「そんなの簡単でしょ? 向日葵が涼に近づかなかったら自然と終わる。」
「他にもあるよ。終わらせる方法。」
「なに? もしかしてそのための放送室? まさか暴露大会でも始めるつもり? やめてよ。馬鹿馬鹿しい。昔からその手は考えてある。涼になにを吹き込んでも……。」
「いいから黙って見てろ。」
その言葉を最後に、放送のボタンをONにした。音量はMAX。途端に校内のスピーカーから音が割れるキーンという音が響き渡った。
放送室内のON AIRと記されたランプが点灯した。
テスト代わりにトントンとマイクを叩けば、校内の至る場所から同じように、トントンという効果音が大きな音になって複製される。
{{あーあー、えー2年の結城向日葵です。放送室をジャックしました。時間が無いから一言だけ。}}
問題なく校内のスピーカーからはいつもの放送より大きな音で放送されているようだ。指定先の放送は校内全て。
私は大きく息を吸う。体中の血管が破裂しそうだ。心臓が耳元にあるんじゃないかと思うくらい高鳴っている。言葉通り、死んでしまいそうだ。
そして叫ぶ。自分に出来うる最大の声量で。
{{私は生徒会副会長、
私はもう、自分にだけは嘘は吐かない。
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