13話 嗚咽
ピピピピ!
充電中のスマートフォンが引っ切り無しに鳴り続ける。内容はいつもの朝と大した変化は無い。朝の挨拶、昼食の誘い、告白の呼び出しに放課後の予定確認。それと、何が言いたいのか良く分からない意味不明なメール。かれこれ100件以上。
こんな時間から電話までしてくるバカもちらほら。
皆、結城向日葵ゆうきひまわりを求めている。
私は、いつもより早い時間から今朝の支度を始め、その全てを無視した。
毎朝必ずシャワーを浴び、女の子の香りを身に纏う。ストレートアイロンでクセを直し、自分が一番可愛く見える技を自分の顔に行使していく。
いつまでも鳴り止もうとしないスマートフォンを一蹴してボソリと呟いた。
「あー……うっせーな……。」
ちらりと画面を見れば、電話を掛けて来ている人物の名前が表示されている。
【高橋たかはし】
少し前に唯ゆいのバカに擦なすり付けられた、ちゃらちゃらした男。既に名前は忘れたが、毎日の様に電話してくる。最初の内の2、3通は状況が読めず、返信してしまった事が仇になった様でしつこく電話までしてくる。
化粧を施しながら、鏡に映るいつもの造り物の笑顔からは想像も付かないような苛立ちと殺意の表情と目が合った。
昔からいつも自分に寄って来る害虫を私に押し付けてくる唯ゆいに対して、舌打ち鳴らす。
かれこれもう何年もこうして唯とは、諍いさかいを起こし続けている。
その間、圷あくつ家に私が足を踏み入れた事は一度も無かった。というよりかは、あいつがそれを許さなかった。チャイムを鳴らしても無視を決め込み、もし玄関から出て来たとしても、「涼はいない。」の一点張り。次の日何していたか涼ちゃんに聞いて見れば「映画見てた。」だ。
ふざけているにも程がある。
だが今日は違う。唯の奴も邪魔してくる事は出来ない。
学校指定のYシャツに腕を通し、最も男ウケが良い長さに詰められているスカートを腰の位置で固定する。ドレッサーの前で綺麗にネクタイを締めながら、いつもの
笑顔を作り出した。
時計を見ればもう約束の時間が迫りつつある。
幼馴染とは言っても、家が隣な訳では無い。徒歩で言えば5分程度は掛かり、今出れば間に合うだろう。
お気に入りのアクセサリーを入れている小さな小物入れから、昨日受け取った鍵を拾い上げポケットに仕舞い込む。そのカギに触れた手は少し熱を帯びている。
既に熱を失いつつあるお弁当を一つ鞄に詰め込み、誰も居ない少し埃が積もった我が家に小さな声で挨拶をした。
「……行って来ます……。」
私の家は裕福だ。父は国会議員、母は名家の生まれ。高級住宅街に並ぶ大きな一戸建ては、傍から見ても財力の大きさを容易に測れる。
娘の私にも、必要な生活費のみならず、十分すぎる程のお小遣いも貰っている。
世間一般から見れば理想の家庭。理想の家族。
だがはそんなもの所詮見てくれだけ、実際は清々しいまでの仮面夫婦。父は仕事が多忙過ぎてろくに帰っても来ない。母もそれに耐えかねて連日夜遊び、電話を掛ければ知らない男が出る始末。
元々、愛し合っていたわけでも無く結婚して、世間の目を気にして離婚も出来ない。挙句の果てには家にはほとんど誰も帰ってこず、娘が一人暮らし同然の現状。その割に稀に帰ってくれば、他に話す事も無いのか、ついでの様に成績に口を出して来る。
そんな両親から学んだのは外面だけは良くすること。
どんなに最低な事をしても、知られなけばしてないのと同じ事。
私はいつもの様に完璧な笑顔を作って、圷あくつ家の鍵を回し、ドアを引く。そこには既に事情を聴いていたのか、人影が一つ。
「悪いけど、帰ってくれる?」
圷唯あくつゆい。高等部1年生。圷涼あくつりょうの妹。兄に密かに想いを寄せ続けている。以前は地毛を結っていたが、最近染めたその髪は細く真っ直ぐ伸びているストレート。猫の様な大きな目が印象的な整った顔立ちは男子達の注目の的。学院3大美女には入らずとも、次にランクインするのは彼女では無いかという噂もある程。
超が付く程の優等生だが、その実、裏では何人もの女子を貶めて来た超問題児。圷涼に近づく女には容赦を知らない。
「おはよう。唯ちゃん。」
「は? きも。」
唯は退く気が無いらしく、階段への道を腕を組んで塞いでいる。
「は? きもい? あんたのその頭の方がきもいっつーの。なにその頭笑えないんだけど。」
「向日葵の感想なんて聞いてないから。さっさと帰れっつってんの。」
「残念。涼ちゃんに起こしてくれって頼まれたの。」
「知ってる。私が起こしとくよ。」
「ねえ唯。昨日涼ちゃん言ってたよ。今は唯に起こされんのは嫌だから、向日葵ひまわり頼むって。」
その言葉を聞いて唯の顔が歪む。
そして思いついた様に笑顔を作った。
「あーそういえば、ニワトリ壊れちゃったんだよ? 知ってる? 向日葵。」
「は? いきなりなに? 動かなくなっちゃったんだから仕方ないでしょ? 修理に出せばまた……」
「涼は優しいね。言ってないんだぁ。あれ私がぶっ壊したんだよ? もうコナゴナになってるから。」
それを聞いて、怒りが激しい波の様に全身に広がった。
パアァァン!
唯の頬を思い切り叩いていた。
興奮を抑えられず激しく震える手を強く握りしめる。
「あれは! あれは私と涼ちゃんの思い出なんだよ! あんた何でそんな事!」
唯の顔には変わらず笑みが零れていた。
「知ってるよ。だから壊したの。あんなもの涼には、いらないから。」
「……ない。」
「は? なに? 聞こえない。」
「唯、あんた絶対許さ……ないから……。」
身体が強く震えるのを止められない。
自然と涙が溢れ、ぽたぽたと床に滴が落ちた。
「あーあ、泣いちゃった……。ふふっ。今日はこのぐらいで勘弁してあげるね? 向日葵が泣いてるとこ見るの気持ちいい。」
唯はそう言って圷家のリビングに姿を消した。
嗚咽を堪えながら階段を登る。
いくら我慢しても涙が溢れて止まらない。
あれは大切な物だった。
私が初めて涼ちゃんにプレゼントした物というだけじゃない。
向日葵は、唯一大切な人である幼馴染の部屋の戸に背を預けながら、涙が止まるまでは好きな人の部屋には入れそうも無かった。
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