2章 向日葵
12話 合鍵
拝啓、今は日本にいないお父様お母様、いかがお過ごしでしょうか。お久し振りで御座います。此方はそろそろ夏も近く、少しずつではありますが温度が上がって来ている様な気も致します。
さて、単刀直入に本題に入らせて頂きますと、妹がグレました……。
くだらない事を頭の中で考えながら、焼いてない食パンをむしゃぼる。未だ眠気と寝癖は一向に取れる気配は無い。
時計を見れば、既に朝の9時を回っており、今日で連続3日目の大遅刻は確定。一人で寂しい朝食を満喫中。
4年間お世話になっていたブサイクなニワトリを模した目覚まし時計が、謎の死を遂げてから3日が経とうとしていた。何やら鈍器で殴られているかのような痕跡があり、警視庁は殺人事件と見て捜査を継続中である。
彼の死は俺の私生活に多大な影響を及ぼし、その昔バカにして捨てようかと思った事を深く後悔した。何が言いたいかというと、ケータイのアラーム程度の小さな音量では、俺は起きれないという事だ。
唯ゆいと手を繋いで、寝かせた次の日の朝。
ニワトリは気が付けばリビングで亡くなって、もとい何者かに破壊されており、妹も既に登校済でポツンと我が家に取り残されて唖然としているのも束の間、遅刻登校してから学食に向かった際に、髪を金髪を通り越して真っ白に染めている妹を発見して愕然とした事は、未だに忘れられそうも無い。
事の真意を問いただそうと詰め寄っても、本人は目も合わせずに「イメチェン。」の一言。
これが親にバレれば完全に俺の監督不行き届きという事で、責任問題になるのは明白。お小遣いダウンに繋がる事間違いなし。
我が家の子供たちのお小遣いは完全テスト点数制で、メインとなる5教科の点数×100円である。赤点一つに着きマイナス10000円であり、何か問題を起こしても同様。日本人らしく兄妹連帯責任。
優秀な妹は自分の事であろうと、そこまで痛手では無く軽傷。不出来な兄はとばっちりにより絶体絶命。
溜息を付きながら、学校指定の洒落っ気の無い上着を煽り、ネクタイをきつく締める。遅刻の理由を考えながら、家を飛び出した。
―――
「やあ涼君。」
「あ、栞しおり先輩。ども。」
昼時。遅刻した俺には、お弁当を支給してくれる幼馴染とも会う機会は取れず、こうして学食に来ている。そんな俺に狙いを付けたかの様に、蛍光院栞けいこういんしおり先輩が接触して来た。
横にいる雄介ゆうすけも、唐突にかの有名な蛍光院家ご令嬢が近づいて来た事に相当動揺しているようで、開いた口が塞がらない様子が見て取れる。
「少し君に話があってね。」
「なんすか?」
栞先輩は俺の正面に座る男子学生に目線だけで退くように誘導する。途端に目を向けられた一般男子生徒は恐怖と色目の入り混じる、何とも言えない表情でいそいそと席を立った。
この一瞬の間に繰り広げられた、目線だけで人を意のまま操ってしまうという、信じられない光景に自分の目を疑う。
「いやなに、大した話では無いんだがね。」
「え?それなら次の生徒会の会議の日でもいいんじゃないっすか?」
「いや、それでは遅い。問題になる前に手を打つのが私の信条でね。」
「そうっすか。それでなんです?」
「今、問題になりそうな生徒が居てね。」
「え、それってもしかして……。」
途端に唯ゆいの顔が頭をよぎった。唐突に髪を派手な色にし始めた事、家でコナゴナに破壊されたニワトリ時計の殺害現場。
頭の中に今まで、一つ一つの「点」でしか無かった事柄が、ゆっくりと紡がれて「線」になっていく感覚。
「ああ、この誇りある蛍光院学院けいこういんがくいん生徒会副会長なる者が連日大遅刻をかましているらしくてね。」
「え? 俺?」
「他にに誰がいると言うのかな?」
「え!? ああ、そういう事か!」
俺の納得顔に、栞しおり先輩は体中をプルプルと震わせて、今にも噴火してしまいそうだ。
「そういう事だ。いいか? 2度目は無いぞ……。明日から遅刻したら、それ相応の処罰があると思えよ……。」
「ひいいぃぃぃぃ!」
その顔は正に鬼の形相の様で、気が付けば周りには誰も居ない。俺と栞先輩の二人だけの空間が出来上がっていた。
親友の雄介さえも潔く逃げ出していたみたいで、もはや俺の味方は誰も居ないようだった。
その後昼休み終了まで、栞先輩の説教が続いたのは言うまでも無いだろう……。
―――放課後。
俺は何とも悩まし気に溜息を付く。
そう俺こと、圷涼あくつりょうは人生最大のピンチを迎えている。
そもそも今まで起きれていたのは、あの騒がしいニワトリ時計のおかげで。
先生が亡くなられた今、誰が私を起こすというのだ。妹は数日前から明らかに素っ気無い態度で、食事の時間にも会話はほとんど無い。いや今までも別に別段話していた訳では無いが、最近明らかに他所よそしい様にも思える。
だからといって無視されている訳では無いから、まあ自然と時間が解決してくれるだろうと思うが、今このタイミングで「明日から毎日起こして」と言うのも何だか釈然としない。
肩を落としながら、一人トボトボと校門に向かって歩いていると、下校中の生徒達の視線が一点に集まっている事に気が付く。
見覚えのある雰囲気。
向日葵ひまわりが校門に背を預けながら、誰かを待っているかの様な雰囲気で一人立っている。
皆が視線を集めるように、俺も彼女に視線を送っていると丁度自分と視線が重なる様な気がした。途端に可愛らしく此方に手を振っている。
もしかしたら俺の後ろにいる友達でも見つけたのかも知れない。そもそも向日葵と一緒に帰る約束をしている訳でも無いし、向日葵はこの学校に置いて絶対的な人気者。今ここを通っている生徒達全員と友達みたいなものだ。そう理論的に考えれば、俺を待っているという可能性は限りなく低い。
ここで手を振り返して、結果的に待っていたのが俺じゃ無かった時の恥ずかしさを考えれば、ここはスルーが吉。
俺は何気なしに向日葵から視線を外すと、彼女の横を通り過ぎた。
「えぇ!? ちょっと待ってよ! 涼ちゃんなんで無視するの!?」
「ああ、やっぱり俺か。」
「そうだよ! だって今、目合ったよね!?」
「向日葵……。地球っていうのは丸いんだよ。一見、ずっと真っ直ぐ続いている様に思えるこの大地も、実は曲がっているんだ。」
「涼ちゃん何の話してるの!?」
二人で肩を並べて下校する。
向日葵と一緒に下校する事はあまり無い。きちんと起きられれば、毎日登校は一緒なのだし、下校まで一緒にしていると変に周りが勘繰り出す事が多発するからだ。
昔から、俺と向日葵の中を勘違いする輩は多い。勿論俺だけでは無く、向日葵が誰か男子と仲良くすれば、次の日には噂が立つ。向日葵に想いを寄せる男子が多いからなのか、注目を浴びてしまう存在だからなのかは分からないが。
幼馴染なだけに、俺とのその回数は他の男子の比では無く、副生徒会長になる以前は、向日葵の幼馴染という認識が俺のイメージの大部分だった。
一時期、耐えかねた俺が向日葵に登下校を共にするのを辞めようと提案した所、登校だけはすると聞かず、家の前で待つようになった。
「え~!? じゃあニワトリさん壊れちゃったの?」
「そうなんだよ。ごめんな。もう寿命だったみたいでさ。」
「そっかあ……。」
「それでどうやって起きようか悩んでるんだよ。栞先輩にはドヤされるし、どうすっかなあ……。」
「涼ちゃん、朝すっごく弱いもんね~……。」
「はあ……。」
深い溜息を一つ。
深刻な俺の表情を察してくれたのか、向日葵は気を使ったような表情で俺の話を真剣に聞いてくれている。
「唯ちゃんは起こしてくれないの……?」
「いやそれがなあ……ちょっと今微妙でな……。」
「そっか。わ、私が起こしてあげられたら……いいんだけどね……?」
「あ! その手があった! 向日葵、良かったら起こしに来てくれない!? 新しい目覚まし時計買うまででいいんだけどさ!」
「え、いいの……? だって勝手にお家は入れないし……。」
「あー、じゃあ合鍵渡しとくよ。」
「え!? いいの!?!?」
急に此方にグイッと上体を寄せて来る。
今にも俺の体とくっついてしまいそうで、一瞬心臓が跳ねた。
「あ、ああ。はいこれ。」
向日葵は差し出された合鍵を凝視しながら、受け取ろうとする手がプルプルと震えている。幼馴染と言えど、やはり男の家の鍵を預かる事に抵抗があるのかも知れない。
もし本当は嫌がっていたとしても、それをはっきり俺に言えない場合を想定してまう。
「やっぱやめとくか? やっぱ図々しいよな?」
その台詞を口にして手を引っ込めようとする俺が、脳から電気信号を腕に伝達する前に、もう手のひらには鍵が消えている事に気が付いた。
よく見れば、今さっき此処に存在していた筈の我が家の合鍵が、いつの間にか向日葵の手のひらの上に移動していた。目の前で起きたテレポーテーションに瞼を擦る。
「ううん! 全然大丈夫だよ! 明日からは起こしに行くね!」
「あれ!? 向日葵、今のどうやってやったの!?」
向日葵の顔には万弁の笑みを映し出しながらも、その瞳が少しだけ揺れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます