7話 暗闇
「やあ来たのか……。既に下校時間はとっくに過ぎているぞ。」
既に明かりが消され暗闇が広がる生徒会室にノートPCの明かりだけが部屋を照らしている。
一人無感情な無表情でPCの画面を詰まらなさそうに眺めていた蛍光院栞けいこういんしおりは、こんな時間に生徒会室を訪れた黒い影にわざとらしく注意を促した。
「……。」
部屋に入ってから未だに一言も発していない彼女はこちらの様子を不気味に伺っている。
「ああ、わかったわかった。今回は私もあの女にしてやられたよ。まさか文化祭の現時点までの作成可能な書類をたったの2時間弱で揃えられてしまっては流石の私も文句の付けようが無い。君に涼君の情報をリークしてもらっておいて何だがね。」
「あの女はこんなものじゃない。早いうちに潰しておかないといけない。」
その暗闇の向こうから発せられた声はいつもの彼女からはとても連想出来ない程に暗く冷たい。
「ふん。確かに有能で、恐ろしく頭が切れるのは認めよう……。だからといって、それでお前と一時的にとはいえ手を組めと? ふっ。笑わせる。」
「お前は圷唯あくつゆいの事を何も理解していない。」
「理解……? 理解はしているさ。兄に想いを寄せる可愛い可愛い妹だろ? お兄ちゃんを取られたくないと駄々をこねる子供と変わらんよ。そもそも何をそこまで警戒している?」
「本当にその程度なら私もお前にこんな提案はしていない。いずれはお前も邪魔になるんだからな。」
「分かっているのなら私の前からさっさと消えろ。私は蛍光院栞。蛍光院家の正当後継者にしてこの学院の支配者。わざわざ敵と組んで男を手に入れるなんてあり得ない。欲しいものはこの手で掴むさ。」
「そのデータを見ても同じことが言えるの?」
その台詞を聞いて、先程、圷唯に渡されたUSBメモリーが視界に入る。
メモリーに被せられた詰まり防止の蓋を外し、目の前のノートPCに差し込む。すぐさま画面には読み込み完了の表示が右下に現れた。
マウスに触れる指に軽い力を伝えて提出されたデータを一枚一枚表示させながらスライドしていく。一枚、また一枚と目を通す度に違和感を感じ、指に力が入っていく。
「これはまさか……。書類の偽装……?」
提出された書類は一見完璧なまでに体裁を整えている。
そう、完璧すぎるほどに完璧。項目、日付から必要事項、教師の確認済みのハンコまで。
ありえない。たったあれだけの時間では用意し得ない情報までもが明確に記されている。しかしここまでなら有能過ぎると言ってしまえばそれで話は終わる。しかしその中でも一つ、絶対にあり得ない情報までもが記入されていた。
確認印。生徒会長、蛍光院栞。
勿論、私はこんな書類にサインした覚えは無い。故に、これが偽造である事は提出した本人が自分から申告しているようなもの。
「バカな……。たかが、登下校だぞ……? たかが一緒に下校させたくないという理由だけで学校行事の書類を偽造したのか……?」
これが学院側にバレれば勿論問題行為になるのは明らか。最悪の場合停学や退学だって十分あり得る。これは誰が見ても明らかなハイリスクローリターン。
「それが圷唯という女の本性……。圷涼あくつりょうの為ならなんだってやる。ねえ、あいつがこの学院から何人も追い出したの知ってる…?」
「……。勿論それは聞いたことがある。今まで涼君が付き合っていた女のほとんどが皆、転校したとな……。だがその程度では驚きはしないさ。」
「……24人。今まで圷涼に近づいた24人の女が皆、揃って転校している。恋愛関係じゃなくてもお構いなしにね。」
「―――……っ! な……。」
バカな……。24人……? 今こいつは24人と、そう言ったのか……?
24人という数はもはや約1クラス相当の人数に近い。たった一人でそれだけの人間を我が校から追放するなんて、どれほどの労力を要するのか。もうイジメなんてレベルの話では無い。そもそも好きな男のために普通そこまで出来る物なのか? あり得ない……。狂っている……。
背筋がゾクリと震える感覚に見舞われた。一筋の汗が額を伝う。
「もしかして怖気付いたの?」
その声はまるで嘲笑しているかの様だ。
怖気づく? どうやら未だ暗闇にコソコソと隠れている卑怯者には、この暗い部屋の中での私の表情を間違った印象で捉えているらしい。
「ふふっ。勘違いされては困るな……。にしてもそうか、まだこの学校で私に牙を向く人間が他にもいたのか……。ふふふっ。」
「理解したならそれでいい。それなら今後は私と……」
「同じ事を何度も言わせるな。お前と組む気は毛頭無いよ。結城向日葵ゆうきひまわり。」
生徒会室に月の光が差し込まれ、今までそこにあった暗闇が薄れていく。
そこにはいつもの皆に優しい彼女は居ない。まるでこれから誰かを殺してしまいそうな引き攣った目付きでこちらを睨み付けて居る結城向日葵の裏の顔がそこには浮かび上がっていた。
「それはこっちの台詞。何度も言わせんなよ。あいつは一筋縄じゃいかない。例え蛍光院栞であってもね。」
「逆に君と組んでも上手くいく気がしないな。」
「調子に乗んな。まずお前から潰してもいいんだよ……。」
「ふっ。その言葉をそっくりそのまま返そう。悪いがはっきり言って君は涼君に相応しくない。そんな殺人鬼のような目つきの女は……ね?」
「は……? てめー自分の顔面、鏡で見てから言えよ。」
互いの視線が痛い程に交差する。
最初からこの女とは相いれない事は分かっていた。
普段とかけ離れたこの表情と態度。裏があると分かっていて手を組む馬鹿なんていない。
そもそも圷唯なんかよりも、この女の方がずっと危険である事は明らか。仮にも、蛍光院学院支配者の私が彼女の噂を知らない訳も無い。
暗い室内で無言の睨み合いが携帯の着信音で遮られた。
ピピピピピピッ!
結城向日葵は自分の携帯に一瞬目線を移してから、此方に「ちっ」と舌打ちを鳴らすと、そのまま何も言わずに生徒会室を後にした。
残された生徒会室には未だ、先程の殺気の余韻が室内に漂っている。
これから始まる策略と嘘と暴力に期待を膨らませながら、栞の口元には恍惚な笑みが零れていた。
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