6話 書類


 午後の授業が滞りなく終わり革製の学生鞄に今まで使用していた筆記用具その他諸々を丁寧に閉まっていく。私が使用している文房具に女の子らしさの色はほとんど見られない。

 今日は休日前の土曜日。土曜日ならではの6時間授業は貴重で、周囲の生徒達もこれから皆一様に街に足を揃えて出て行く。



「ゆいー、遊びいかない?」



 学生鞄を肩に下げ、女子らしからぬ立ち振る舞いで声を掛けてくる心愛ここあが視界に入った。

 平日、特に予定の無い日は帰り掛けに友達と遊びに行く事も多い。一般的な高校生となんら変わらず基本的に遊びに行くのは渋谷が多く、やる事と言ってもカラオケかショッピング、喫茶店で時間を潰すくらい。たいして楽しくも無いし興味もあまり無いが、あの三人を潰すための人脈を形成するという理由で、それなりに交友関係は広く持つようにしている。見方は一人でも多い方がいい。


 しかし今日は何度も言うように土曜日。生徒会の会議がある日だ。私自身、生徒会やら学校行事には微塵も興味が無いのだが、やらなくてはならない理由が出来てしまったので仕方なく生徒会役員に立候補した。正直、生徒会書記の地位を得るためにかなりの裏工作を働いた事は今は伏せておこう。



「今日は生徒会の日なのよ。ごめんね。」


「あ~、そっか。今日は生徒会だったかー。じゃあ、明日は? 休みっしょ? 買い物行きたいんだよね~」


「うーん。明日は……。」



 途端にりょうの顔が思い浮かぶ。

 基本的に涼が休日家で過ごす時は、私も出掛けない。理由なんてこれ以上無い程簡単で、一緒にいたいから。

 


「ん? なんか予定あんの?」


「ん……。ちょっとまだ分からないから連絡する。」


「おっけーい。んじゃ、分かったら連絡よろ。」


「わかった。じゃあ生徒会行くからまたね。」


「あいよー。」



 心愛と別れの挨拶を済ませた後、重たい気を振り払う様に生徒会室に向かう。これから行われる会議にはそれなりに気を引き締めて取り掛からなければならない。


 蛍光院学院生徒会には、学校中の権力者が集う場であり豪華と言っても遜色無い程の顔ぶれが揃う。実際この学院には社会的に大きな影響力を持つ家の子息、息女が多く

通っており、例え子供であっても学院内で良い立ち位置を獲得するよう教育されている子らは多い。結果的にこの学院での立ち位置が卒業後の評価に繋がるのは至極当然の事であり、それ故に皆躍起になってリーダーシップを発揮したがる。

 様々なツールの中でも生徒会というのは格好の自分をアピール出来る場であり、そのメンバーがそれなりになってしまうのは、もはや社会現象に等しい。


 その中でも一人。化け物の様な存在感を放ち、圧倒的な支持を得ているのが現生徒会長。

 彼女に到っては常識は通用しない。3年が生徒会長を務めるという根本的な原則を捻じ曲げ2年生時から生徒会長に就いている事も勿論そうだが、自分の好きな男を生徒会副会長の座に無理矢理座らせ、周りの強者の反対を全て黙らせる程の絶対的な権力を持つ。



 目的の部屋の前まで到着し、自然と目付きに力が入る。他のクラス同様にクラス札が掛けられており、生徒会室と記入されている。

 一つ深呼吸をして、静かにその扉を開けた。



 私がこの手で潰すべき二人目の敵。


 蛍光院栞。3年生。生徒会長。青みが掛かった妖艶な長い黒髪で長いアホ毛が一本立っているのが特徴的。そこから覗く切れ長の整った目とツンと尖る鼻、しかしその美しさの皮を剥げば出てくるのは醜悪な化け物。スレンダーな体つきからは想像も出来ない程の豊満な胸は豊胸手術を連想させるほど。

 この蛍光院学院と同じ名前を持つ彼女の実家は日本有数の大財閥であり、この学院も彼女の実家の所有物。理事長には叔父が付いているらしいが、実質的な業務は彼女がこなしている。

 そんな高校生らしからぬ財力と権力を有する魔女は学院内生徒から絶対的な信頼を獲得している。



「おはようございます。」



 入口から見て最奥正面に座りながら此方に視線だけを贈り、軽く笑みを零している蛍光院栞に対して殺意の籠った視線を向ける。この女には一瞬たりとも気を抜く事は許されない。



「やあ、一番に来るのが君とはね。」



 その言葉には反応を見せず、自分に割り振られている席に着席する。卓上の隅に置かれている書類を軽く眺め、生徒会の備品である所のノートPCを開いた。

 蛍光院栞は相変わらず視線だけをこちらに送り様子を伺っていたが、此方の反応が無い事を確認して、ゆっくりと一人で話し始めた。



「なあ、知っているかい? 昨日涼君は彼女と別れてしまった様だよ……。付き合ってまだ2週間しか経っていないと言うのに一体どうしたんだろうね?」



 その発言に思わず驚きの視線を送ってしまう。流石に情報を得るのが恐ろしく早い。涼が失恋したのはつい昨日の事。そもそも彼女がいた事自体知っている者は少ない。

 驚かされたのも束の間、すぐに生徒会書記に割り振られた事務に視線を戻し、色の無い声で返事を返した。



「そうですか。それは残念ですね。兄の恋愛事情には詳しくないもので……興味もありませんし。」


「ふふっ。そうか。まあでも彼女と別れたというなら、異性の私ともまた一緒に下校出来る訳だ。今日あたり誘ってみるかな……?」


「それは残念ですね。今日は涼に家庭の用事を手伝って貰わないといけませんので、又の機械にして頂かないと……。」



 互いの視線が交差する。



「そうそう。話が変わるが体育祭の必要書類を今日中に全て出して置いてくれないか?教師連中が五月蠅くてね、まだ時間には余裕が在るというのにな。勿論、生徒会室の鍵は預けておくから時間を気にせず自由に使っていい。」



 白々しい。そんなものこの新学期が始まったばかりのこの時期に全て出す必要など無いに決まっている。恐らく、私に残ってでも終わらせろという遠まわしな命令だろう。他の生徒にそんな事を要求すれば徹夜しても終わるかどうか分かった物じゃない。

 が、甘い。その程度の要求、無論予測しているに決まっている。



「その必要はありませんよ。既に用意していましたから。今すぐデータをそちらに……」



 その瞬間ゾクリと背筋が冷える感覚に見舞われた。側面に座っている蛍光院栞が座っている椅子をくるり回し、体をこちらに向けた。



「ああ。済まない。言い間違えたよ……。文化祭の必要書類だ。」


「はっ!? この時期に文化祭の必要書類!?」


 勢いよく立ち上がった所為で椅子が大きな音を立てて倒れる。蛍光院栞の口元には細やかに笑みが彩られている。


「勿論、この時期では作成不可能な書類は除いてだがね……。」


「何をバカな……! そんなもの今日中に用意できる訳が……!」


「会長命令だ……。」


「―――くッ……!!」



 これ以上は恐らく何を言っても無駄だろう。この女は書類を用意しろと言ってるんじゃない。――涼と下校するのは私だ。と、そう言っているのだ。


 それならこちらにも考えがある。この女の良いようにはさせられる訳が無い……。


 私は椅子を直ちに元の位置に戻し、一心不乱に生徒会の備品である所のノートPCを叩き始めた。

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