5話 会議


 6限目の授業の終了と共に、手早く身支度を済ませ教室を出る。

 基本的に蛍光院学院高等部の授業は7時間制。今日は土曜日であり、週に一度の6時間授業だ。本日の予定はこの後生徒会役員による会議であり、週一度の溜息がでる日でもある。

 なにを隠そう俺こと圷涼あくつりょうは私立蛍光院学院の生徒会副会長。その特権は中々のもので、何かと学院生活の中で融通が利く場面が多い。蛍光院学院の生徒会に所属していたという事実だけで内申点は鰻登うなぎのぼり、教師からも好感を持たれる事が多い。それ以外にも、様々な特典や恩恵が付くが、ここでは省略。


 そんな実質学院ナンバー2の権力を駆使しても、生徒会会議をすっぽかす事は許されない。いや、俺以外のメンバーならば「おばあちゃんが……」とでも言っておけば、誰にでも仏の様に優しいと評判の我が校の生徒会長ならば許して貰えるだろう。

 が、何事にも例外は存在するもので仏の様に優しいと評判の生徒会長様は俺にだけは優しくなく、「おばあちゃんが……」と言っても欠席は許して貰えないだろう。検証済である。


 そもそも俺は生徒会やら体育祭、文化祭の実行委員またはクラスの委員会、ないしは部活などの活動は嫌気が差す程嫌いであり興味がまるで無い。昨今、日本では学校に通うという事柄自体が定型化されており、やらされている感があるというのに、これに加えて校内の行事に参加したい人間の意図がまるで理解出来ない。

 自身の自由な時間を削って、日々一日の大部分を消費している学校に更なる時間を投入するのはまっぴら御免である。


 そんな行事嫌いな俺の不幸はあの絶対暴君である生徒会長に目を付けられた事だろう。



 目の前には、締められた扉が一つ。クラス札には、生徒会室と書かれている。

 俺は今日三度目の溜息と共に生徒会室の扉を開けた。



 「ども。」



 生徒会室に入室、会長に挨拶。そして溜息を付く。


 既に唯が到着していたようで何か作業を始めている。机に向かって生徒会の備品であるノートPCを叩いていた。

 ちなみに唯も生徒会の一員であり、役職は書記。蛍光院学院生徒会では、3年生が会長を務め、2年生が副会長、会計、そのままの流れで1年生が書記を務める事が決まっている。

 唯は俺の理解出来ない部類の人間であり、自分から高等部進学時に生徒会役員に立候補し選挙に勝利、めでたく書記の役職に就いた。


 基本的には一度生徒会に入ってしまえば次の任期時に再度選挙を行う必要は無いが、役職立候補者が重なれば再度選挙にて争う必要がある。もしそこで負けても生徒会の役員に変わりはない。

 立候補者がいない場合は書記が副会長に、副会長が会長に繰り上げされる。つまりこのままでは来年も俺が生徒会に残り、あまつさえ会長をしなければならないという罰ゲームが待っている訳である。



「おい。部屋に入るなり溜息とはどういうことだ? 涼君。」



 溜息を付いただけでこの仕打ちな一番奥、正面に座るこの人が蛍光院栞けいこういんしおり先輩。3年生。生徒会長。青みが掛かった綺麗な長い黒髪で長いアホ毛が一本立っているのが特徴的。そこから覗く切れ長の整った目とツンと尖る鼻、まさに大和撫子を連想させるクールビューティ。スレンダーな体つきからは想像も出来ない程の豊満な胸は学院内の男子をまとめて魅了しかねない。学院3大美女にこの人も選ばれているのだとか……。


 この蛍光院学院と同じ名前を持つ彼女の実家は日本有数の大財閥であり、この学院も彼女の実家の所有物。理事長には叔父が付いているらしいが、実質的な業務は彼女がこなしているらしい。

 そんな高校生らしからぬ財力と権力を有する栞先輩は学院内で絶対的な生徒からの信頼を獲得している。……のだが、俺からすればそれらは面倒な代物でしかない。現にこうして生徒会室に入るなり、何の罪も犯していないにも関わらず厳しい聴取が始まろうとしている時点でそれは明らかである。



「い、いや~ちょっと今日は田舎のおばあちゃんが倒れちゃって早いとこ帰らなきゃいけないんですよ~」


「涼君の田舎のお祖母様は最近週に一回倒れているようだが大丈夫なのかな?」


「い、いや~そろそろヤバいかも知れないっすね~」


「そうか……。私も君にはお世話になっているし、そんな状況で君を生徒会で働かせている私もやはり良心の呵責を覚えるのだよ。私もこれから君のお祖母様のお見舞いに行きたのだがいいかな?」


「いやいやいや、だめっすね!!俺の婆ちゃん家トルクメニスタンなんで、そんなとてもとても!!」


「ふふふっ。トルクメニスタンには流石に行ったことは無いな。よし、いいだろう。旅行がてら行こうじゃないか。ウチの専用機を回させよう。」


「よしじゃねーよ! あんた嘘だってわかってんだろ!」


「ふふっすまんすまん。少し面白くてね。勿論、君のお祖母様の事は調べがついているよ。宮崎県飫肥市在住。70歳。心身共に健康。だそうだ。」



 お分りだろうが、俺の祖母は元気である。元気過ぎて困る程で、倒れたなんて真っ赤な大嘘。休みたくて吐いた嘘だが、吐きすぎて調べられてしまったようだ。結果的に一度も休ませてもらえなかった事は言うまでも無く、次回からはもっと周到な嘘を用意する必要がありそうだった。



「分かってるんなら悪乗りしないで下さいよ……。」


「いいじゃないか。涼君とのこのやり取りも私は気に入っているよ?」



 少し頬を染めながら恥ずかしそうに言うその様は、普段の栞先輩からは想像もつかない程に儚げで可憐。たまに見せるこの表情こそがこの人の魅力なのでは無いかと、ふと

いつも思ってしまう。

 基本的に強く気高い印象が強いからこそ、たまに見せるギャップの破壊力は圧倒的である。こんな完璧な人に未だに彼氏がいないとか世の中どうなっているのだろうか。

 まあ本人曰く、未だに互いに惹かれた事は無いとか言っていたから、しょうがないのかも知れないが。


「会長時間です。」


 ノートPCを黙々と打ち続けていた唯が時間を知らせる。

 会話の最中にも他の生徒会役員達がゾロゾロと入室して来ていたみたいで気が付けば全員揃っていたようだ。



「では諸君、会議を始めようか。」



――――



 滞りなく会議が進んで行く。普段は生徒会会議には2時間程度掛けられるのだが、今日はいつもに比べて早い進行速度で進んでいる所を見ると、何ら問題は無いようだ。

 

 生徒会長の栞先輩がリーダーシップを発揮しサクサクと進行される会議に置いて、正直俺のやることは限りなく少ない。だからといって、居眠りでもして居ようなら即座にお仕置きがある事は考えなくても分かる事なので、一応は真剣に会議に参加しているように見せる必要がある。

 副会長の立場故、それなりに栞先輩の意見に対する反対意見を出しながらも、結局は栞先輩の意見に納得するというお約束の会話を繰り返しながら時間が過ぎるのを待つ。

 唯は書記の業務である黙示禄を淡々とPCに打ち込んでいるようで集中しているのが伝わってくる。


 既に少し赤く染まりつつある空も、色が濃く暗くなり始めた頃にようやっと生徒会の総意も纏まり、書類をかたずけ始める音が生徒会室に重なり始めた。



「それでは今日はこの辺で終わろうか。」



 栞先輩の一言で皆が一斉に立ち上がり、帰り支度を開始しながら気を緩ませる。

 同時に栞先輩は横に座っている俺に対して優しい笑みで労いの言葉をいつもの様に掛けてくれた。



「涼君、今日もお疲れだったね。君がいてくれてありがたいよ。」


「いや、この生徒会、栞先輩一人いれば十分じゃないっすか。俺とか居ても居なくても変わんないっすよ……。」


「ふふっ。そんな事は無いさ。見ての通り、私に反対意見を出せる者は少ない。君はこの生徒会でも私の中でも重要な人物だよ?」


「いや栞先輩の中で重要な人物になるの恐怖しか無いんすけど……。」


「相変わらず酷い事をさらっと言う奴だな君は。恋する乙女に向かってなんだその言い草は。」


「栞先輩が恋する乙女!? マジで言ってるんですかそれ! 誰ですかその羨ましすぎる奴は!!」


「さあね。案外君かも知れないし、そこの彼かもしれない。」


「やめて下さいよ! 男って言うのはすぐ勘違いする生き物なんですよ! 振られるの分かってて、わざわざ高嶺の花に手を出す愚か者では無いんですよ俺は。」


「さて、それはどうかな? 試しに試してみてはどうかね?」


「トラップ! 完全にトラップでしょ!? それ!! それで年間何人犠牲者が出ている事やら……。」



 いつもの軽口。この人は案外茶目っ気があり、普段からこういう事を平気で言って来るタイプの人だ。誰にでも優しいというのは、あながち嘘では無く男子に対しても気さくにこういう話が出来るからこそ犠牲者もその分多い。

 列を作って毎日の様に告白し、滅多切りにされている男たちを見ると、自分はそれに習い勇者たちの作ってくれた死の痕跡を無駄にはしまいと自分にきつく言い聞かせる事で何とか生き延びれるのだ。



「もうこんな時間だな。私達もそろそろ……。」


「会長。言われていた資料の件、此方に。」



 栞先輩が席を立とうとした瞬間、先程までPCを打ち込んでいたはずの唯がいつの間にか俺たちのすぐ近くに来ていた。

 手にはUSBメモリーを持っているようで、此方に差し出されている。



「ほう。もう出来たのか。相変わらず仕事が早いな……。」


「いえ。涼、今日はお母さんに頼まれた物買いに行かないといけないから手伝ってくれる?」


「ああ、別いいけど。重い?もしかして重いの?」



 唯は学生鞄を背後に両手で持ちながら可愛く振り返る。



「うん。すごくね。」

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