4話 食券


 昼を告げる授業の終わり。聞き慣れたチャイムの音で静まり返っていた教室の中に騒めきが広がる。未だに教師が喋っているというのに生徒達は昼休みへの誘惑には勝てないようだ。

 とは言っても、ここで気を抜かず最後まで授業に集中しろと自分に言い聞かせる。こういう些細な事からも小さな評判に繋がりかねない。教師が教室から完全に出て行くのを確認し溜息を付いた。



「ゆいー、学食行こ。」



 不意に横から話しかけられる。

 誰か?なんて思う事も無い。いつもの流れ。つい先程教師が教室を出たばかりだというのに心愛が既にすぐ横まで来てニヤリとこちらを見ていた。



「授業終わるまで待ちなさいよ。まあいいけど。」



 長谷川心愛はせがわここあ。今年から同じクラスになったにも関わらず存外すぐに打ち解けて最近はよく昼を一緒に過ごす事が多い。アバウトでサバサバした彼女の性格は私から見れば好感が持てた。染められた髪は肩口よりも少し長く、目鼻立ちも整っている。出会った当初、キラキラネームに警戒した事は今は置いておこう。


 席を立ち学食に向かう。我が校には大きな学食が存在しており、初等部は弁当持参というルールが存在するが、中等部、高等部の生徒は大体学食を利用する。私立高故に、お金持ちな家庭が多い所為か、弁当を持参する生徒は少ない。

 かくいう私達兄妹も毎月まとめて学食代を両親から貰っている。涼が学食に来ても兄妹一緒に食べる事は無いが、だからといって幼馴染の良いようにさせるのも気に食わない。

 男を掴むなら胃袋から掴めというくらいだし、これ以上涼に合成着色料のような向日葵の弁当を食べさせるわけには行かない。今後それらの対策も考えておかなければ……。



「相変わらずいい子ちゃんなんだから。」


「ふふっ。良い子なのは良い事でしょう?」


「いや、今のは皮肉だから……。あんたは良い子ではないっしょ……。」


「失礼ね。私の何処に問題があるのよ。」


「さあねえ。」



 失礼極まりない。最近出来たばかりのこの友人は私の事を悪い子か何かと勘違いしているようだ。生活態度、授業態度、学業成績に置いても優秀な方である筈。

 まあ、人間関係に多少難ありかもしれないが。




 異様に広いこの学食堂も昼時になれば、ごった返した様に混み合う。中等部と高等部の生徒が一様に集まれば無理も無く、食券機がいくつも並んでいるのにも関わらず長い行列が何本も並ぶ。

 私達もその行列に否応なしに並ぶ羽目になり、周囲に視線を送れば見知った顔が幾つも揃う。違う学年と交流する数少ない場でもあり、ここで恋に落ちる乙女は少なくない。



「ねえ唯、見て見て。高橋先輩いるよ?」


「は? だからなに?」


「つめた! この前告白されたんしょ?」


「興味ない。」


「もったいないな~。イケメンなのに~。」


「紹介するわよ?」


「それ先輩が聞いたら泣くんじゃないの? にしても唯も惜しいよね~。」



 注文した食券を係員に渡す。料理を事務的に受け取り、人ごみの中に空席を見つけて席に着いた。心愛と横並びに座りながら、斜め前の席に笑顔を周囲に振り撒いている結城向日葵の姿を見つけ、多少の苛立ちを覚える。

 ここに座らなければ良かったと後悔の念を覚えつつ、頼んだラーメンのスープを啜った。



「なにが?」


「いやー、唯ももうちょっとおっぱい大きかったら学院3大美女に選ばれてたんじゃないかと思ってね。」


「ぶふっ! ケホッケホッ。いきなり何言ってんのよ!」


「いやまじで。顔はめっちゃ可愛いのに胸がね。」


「うっさい! しょ、しょうがないでしょ! これでも努力してるんだから!」


「好きな人に揉んで貰うと大きくなるらしいよ?」


「ぶふっ! あ、あんたいきなり何言ってんの!? そんなの無理に決まってんじゃない!」


 つい想像してしまった。


「その反応~。やっぱ好きな人いるんじゃん。で誰なの?」


「はあ……。じゃあ結婚したらハガキ送るわね。」


「何年後だよ!? ってか式呼べよ!」



 食事を終え下らない雑談を交わしながら、自らの空いた食器を返却口に返す。周囲の生徒達も少しずつ自分のクラスに帰って行く。昼休みの終了時間ぎりぎりまで此処に残っているのは、男女のペアか雑談好きな女子グループくらい。

 特に甘い雰囲気のカップルを見ていると多少では済まないくらいの苛立ちを覚えてしまうので、なるべく見ない様にするものの中々そうも行かずに視線に入ってくる。

 私が願っても出来ない事を皆が当たり前にしている事を直視するのは非常に辛い。


 ふと食堂の出口付近で見知った顔が近くを歩いている事に気が付き、軽く肩を叩き話しかけた。



「こんにちわ……。芹沢先輩。」



 笑顔で振り返る彼女がこちらの顔を認識するなり途端に恐怖の色を露わにしているのを見て口元が軽く緩んでしまう。片方の肩を少し傾け警戒しているのが良く分かる。彼女と一緒にこの食堂に来ていた二人の女生徒も同時に振り返り、先輩ならではの優しい笑みを作ってくれているようだ。



「こ、こんにちわ……。あくつさん……。」


「昨日お聞きました……。良かったです。お願い聞いて下さって……。」


「え、ええ……。」



 優しく私に語りかけられ、引き攣った笑顔を無理に作っている芹沢優奈を心愛が不思議そうに眺めている。今日一番会いたかった人物にここで会えるとは思っても見なかった。

 私は彼女の耳元まで詰め寄り、彼女にしか聞こえない声で静かに囁く。



「次、あいつに近づいたらあんたの秘密全部バラすから。」

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