3話 軽口


 昼を告げる授業の終わり。聞き慣れたチャイムの音で静まり返っていた教室の中に騒めきが広がる。未だに教師が喋っているというのに生徒達は昼休みへの誘惑には勝てないようだ。

 そうは言っても俺自身、完全に授業が終わった訳では無いのにも関わらずノートをかたずけ始めてしまっている。

 ノートの代わりに向日葵に貰った弁当箱を革製の学生鞄から取り出した。



「涼、一緒に飯食おうぜー。」



 不意に横から話しかけられる。

 誰か?なんて思う事も無い。いつもの流れ。雄介が既に自分の弁当を掲げてニヤリとこちらを見ていた。



「ああ、いいぜ。」



 鴇雄介ときゆうすけ。中等部からの付き合いで、かれこれつるんで5年目になる。今や親友と呼んでも過言では無い程度には毎日一緒にいる。

 雄介はその見た目に反して優秀で、2年の中でもトップクラスの学力を誇る。見た目に反してというのも、ほとんどがその金髪が原因で教師にも目を付けられている言わば問題児だ。

 真面目な私立の小中高一貫校にこの派手な見た目な事もあり怖がる生徒もいるようだが、ルックスは良く非常にモテる。



「涼お前、彼女いるのにまだ結城に弁当作って貰ってんの?」



 その一言に失恋の痛みがグサリと刺さる。それ以上に元彼女がたった今、俺の後ろの席にいる事に冷や汗が止まらない。

 雄介の表情には悪そうなニヤニヤ顔が浮き出ており確信犯なのは一目見ればわかった。


「うるさい……その話はもうすんな……。」


「いやそうは言ってもさ~彼女いるのに別の子から弁当貰うのって言ってしまえば浮気の部類に入るんじゃないのかなってな?」


「い、いやお前ちょっと黙れ……。」



 俺の冷や汗を違う意味合いで受け取ったのか、雄介は更に調子に乗り出し俺の後ろに座る【元】彼女に冷やかしのような態度で絡み始めた。



「芹沢さんはどうなの~?これ許しちゃっていいの?」



 元彼女である芹沢優奈せりざわゆうなは気まずそうに苦笑いを浮かべるしか出来ない。ここ最近、2週間程度は席が近い事と俺たちの関係を知る事もあって雄介が芹沢さんにお節介の様な絡みを繰り出す事が多々あり、別れた事を未だに話していない事から最悪の展開に発展した。

 もちろん芹沢さんと俺の間には今日一日気まずい雰囲気が展開されており、一言も言葉を交わしておらず交わす気も無かったのだがこの状況ではそうもいかない。



「雄介ちょっと来い!」


「おわ!いきなりなんだよ!」



 俺はこの状況を一瞬でも早く打開すべく、雄介の胸ぐらを掴み廊下に連れ出した。



「いやあのな……。非常に言いにくいんだが……。」


「ん? なんか二人の間にあったのか?」


「昨日別れた……。」


「え!? まじかよ! 早くね!? お前たちまだ付き合ってほとんど時間経ってないよな!?」


「うぐぅぅ!!」



 またしても精神的に大ダメージを負わされ大きく上半身が仰け反る。未だ失恋の痛みは癒えてくれそうもない。

 雄介の表情には驚きが露わになると同時に、やらかしてしまったと言わんばかりの焦りの色が滲み出て来ていた。



「まじかよ……早く言ってくれよ……ってことは振られたのか?」


「悪い。今日言おうと思ってたんだが……ま、まあそういう事になるのかな……? あはは……。」


「またかよ! お前彼女出来ると毎回瞬殺じゃねえか! あっはっはっははは!」



 こいつ殺そうかな……。

 廊下でいつまでも男二人で話し込む気も無く、必要な話も終わったので教室内に戻って行く。とは言え、この瞬間が一番気まずい瞬間である。



「芹沢さんごめんね。」


「ううん。全然いいよ……。」



 芹沢さんも気まずさを隠し切れない中、一応笑顔で返してくれた事に内心感謝しながら自分の席に着いて昼食を再開した。

 それからの芹沢さんは友達と学食に向かったようで、後ろの席が空席になっている事に若干の安堵を覚えつつ、俺が廊下に出ていた間の少しの時間をもしかしたら待ってくれていたのでは無いだろうかと自分勝手な思いつきが頭をよぎった。


 友達と学食に行くなら、俺が廊下に出ていた間に居なくなってしまってもおかしくは無いのでは。いや、やめよう。もう俺は振られたのだ。ポジティブに考えすぎるのは良くない。

 未だに未練タラタラな自分に深い溜息を付いてしまう。



「まあフリーになったんなら今日放課後どっか遊びに行こうぜ。一人で下校すんのも寂しいだろ?」


「悪いな。今日は生徒会があるんだよ。」


「あ~。今日は生徒会の日か……。ってかお前が生徒会副会長っていうの未だに笑えるよな~似合わなすぎだろ!っくっくっく……。」


「んなの俺でもわかってんだよ……。しょうがないだろ? あの人が強制的にやらせてきたんだから……。」



 そう。あの人がやれと言ったら、もう拒否権は無い。勿論、最初は俺も無茶苦茶に抵抗はした。がしかし、あの御方の前では全てが無意味。その威圧感と鋭い目付き。言葉巧みに相手を誘導し、人脈を活用し気が付けばもう外堀を埋められ逃げる事は叶わない。



「羨ましい限りだよ。あの生徒会長様直々にご指名されたんだからな。俺にも紹介してくれよ。」


「お前なんにも分かってないのな。指名っていうのは拒否出来る物なんだよ。あれは指名なんて生易しいもんじゃない、強制……いや、命令……いや、気が付いたら鬼の足元にいた……に近いか……。」


「生徒会長様直々に気が付いたら鬼の足元にいたって、もうそれわかんねえな」


「兎に角、あの人に目付けられたら只じゃ済まないんだよ。紹介されて後悔すんのはお前だぞ……。」 


「にしてもあのルックスだろ? それに加えて超絶お嬢様とか最強じゃねえか……蛍光院つったら日本有数だぞ? 日本有数なんて言葉使う機会、一生で何回あるんだって話よ。」


「まあ確かにあの人に目を付けられた俺は日本有数の不幸を手に入れたのかも知れねえな……。」



 弁当を既に食べ終わり、残った時間を下らない無駄口で時間を潰す。存外に楽しい。だからこそか、雄介とは出会った当初からこのように軽口を叩き合える間柄だからこそ仲良くなれたものだ。

 初対面のめんどくささを感じさせない気さくな性格はこの男の長所であるだろう。


 5時限目のチャイムに反応し、雄介が自分の席に帰って行く。それと同時に今日の週1回行われる生徒会会議の事を思い浮かべ、この昼休み2回目の深い溜息を付いた。 

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