4.「喧騒通り」

 

 さあ、困ったことになったぞ。

 タルパは珍しく懊悩おうのうしていた。

 自分で言うのも何だが、タルパは人付き合いというものが苦手である。それはもう途轍もなく。他の何を置いても、である。

 威圧的な体躯をしているとはよく言われるものの、彼はこと人間関係となると一気に委縮してしまう。

 そんな人付き合いが駄目で、それと反比例するかのように無駄に大きな身体を持つタルパが、こんならしくないことをしたのは何故だろう。

 ヘンリーとか言ったか。絹糸のようなさらりとした|金髪(プラチナブロンド)に、女のように線が細くてなまっちょろい奴。あるいは、魔物の生息域で火を焚いていた馬鹿。彼に対する印象はこれに尽きた。

 出会いは夜半の森の中。

 ゴブリンリーダー率いる群に襲われていたところを、タルパが助けたのが始まりだった。失血で気絶していたところを抱えあげ、街まで運んでいくはめになってしまった。


 そこで、そいつのねぐらに関する話になった。つまりは、金がなくて泊まるところがないと。

 別にそれはいい。浮浪者なんてどこの街にもいるし、ましてや冒険者くずれになんてザラだ。そこまで面倒を見る義理はタルパには無かった。

 だが、つい口を突いて出てしまった。「行くところがないなら、うちに来い」と。

 今思えば、何故そんなことを口にしたのかはわからない。無論、人恋しいなんて理由ではないはずだ。だからヘンリーが一旦は話を断った時、別にそれで、はいさよならで良かったはずではあった。

 だがそいつがあまりにもムキになるから、後は売りことばに買いことば。気づけば自分から押し切っていた。

 さて、困ったことになったぞ。

 ここで思考は一巡目にぐるりと戻ったわけだが、芥もくたなタルパの頭はどうしようもないと結論づけ、考えるのをやめた。


 閑話休題それはさておき

『冒険者の街』と名高い、ジルコニア王国に属する都市、アザレア。

 その版図の目の前には広大な森と、大陸を切り分ける竜骨山脈が横たわっている。北方同盟の最南端に位置する街であり、山岳を超えた先には現在は魔物の巣窟と化した、元亜人共和国の跡地がある。

 そのため街はぐるりと壁に囲まれ、魔物との戦端、その前哨を守護する役目を持った城郭都市でもある。

 そんな中二人がいるのは、アザレア三番通り、通称『喧騒通りノイジーストリート』───所謂目抜き通りというやつだ。

 治癒院に行き、ヘンリーの怪我を治療した後。やることもなければ、気をきかせて街を案内することもできないタルパは、そのまま自宅へと帰ろうとしていた。


 その名に恥じず、大通りには香具師やしや大道芸人、昼間だというのに角打の店などは酒に酔った男たちでごった返している。「らっしゃい!」というやたら威勢のいい串打ちの屋台の店員の声。タルパをしてもよく知らない、色とりどりの野菜や果物がところせましと並んでいる店もある。さらに往来では馬車が荷物でも搬入しているのか、ときおり蹄が石畳を叩く音が雑踏に混じって耳に届いてきた。

 これが、この喧騒こそがこの街の日常であり、またここに帰ってきたのだということをタルパに実感させた。

 まだここに来てから日が浅いと言うヘンリーは、あまりの賑やかさに呆気にとられていた。

 とはいえこれは良くないことではあった。

 タルパもここに来てから五年になるとはいえ、普段は依頼であちこちに派遣されているか、所属している神殿の霊園に篭りきりだ。おまけに人を連れ立って歩くのなんて、記憶をさらっても数えるほどしかない。

 つまるところ、二人きりというのは気まずくて仕方なかった。


「おい。あんまり、ふらふら、するな」

「うっ、わかってる。しかし、あれはなんの肉なんだ?」


 先程からヘンリーはそう言いつつも、その目は露店を視界に捉えて離さなかった。

 まったく、香具師がそんなに物珍しいのだろうか。ずいぶんな箱入りだったらしい。

 どこか気品のある口調に、やたらと堅苦しい物腰、加えて世間知らずな態度。鈍いタルパであっても何となく予想はつくが、藪を突くような気がしてならなかったので、詮索はしなかった。


 ───だが、今も串焼きの屋台の店員に捕まり、ぐいぐいとセールストークで押されているコイツが冒険者に向いているとは思えなかった。


「───牛串、二本、頼む」

「へい、まいどありぃ」


 ぽかんとした顔で、ヘンリーがこちらを覗き込んできた。

 本当に感情表現が豊かな奴だった。


「え、いいのかな?」

「べつ、に? おれ、も、食べたかった」

「そ、そうか。ありがとう」


 そう言って、ヘンリーは串焼きを受け取る。

 しかし、どう食べればいいのか分からないらしい。色々な角度から眺めては、攻めあぐねている。

 仕方がないので、手本を見せるように大口を開けて肉にかぶりついた。ほどよい弾力と、溢れ出た熱い肉汁が歯を伝い、口膣を満たしていく。

 ふとヘンリーの方を見やると、それに倣おうとしていたが、見られたことに気づいて恥ずかしくなったのか、結局やめてちみちみと食み始めた。

 なんで放って置けなかったのか、ことここに至ってようやっと分かった気がした。

 つまるところ、こいつは無防備すぎるのだ。隙だらけで、そのくせどこか危うい。正直、見てて安心できるとは言い難い。

 そんなことを思われてると露ほども知らない当の本人は、肉の筋の部分に当たったらしく、なかなか噛みきれずに悪戦苦闘していた。


 *


「ここ、だ」


 タルパに案内されたのは、川のほとりの近くにある集合住宅フラット。いや、こちらにならえば共同住宅アパートと言ったところだろう。

 場所は街の外縁部に位置しており、壁が近いせいか、昼間だというのに仄暗い。あの大通りと比べても、同じ街中とは考えられないくらいに静かだ。

 空気は全体的に湿っており、明かりが射さないというのもそうだが、全体的に雰囲気が淀んでいる。

 立地としてはあまりよろしくはないだろう。とはいえお邪魔している身分で、そんなことを言うわけにはいかない。文句も苦言も、ぐっと飲みこらえて嚥下する。

 大丈夫だ。住めば都という言葉だってある。きっと大丈夫。視界の端で見知らぬオッサンが用水路にゲーゲー吐いてるのを捉えながら、現実逃避気味にそう考えた。

 どうやら一階は酒場になっているとのことだが、開くのは夜かららしい。

 そのまま迂回し、裏手側に回ると階段が見えてくる。


「なに、してる? こっち、だ」

「あ、ああ」

「そこ、床、脆くなってる。気をつけろ」


 建物自体も相当に年季が入っているらしく、漆喰はほとんど剥がれかけていたし、床は歩くたびに軋むような悲鳴をあげる。いつ抜けてもおかしくはなさそうだ。

 ヘンリーはおっかなびっくり、一歩一歩用心して踏みしめていく。さすがにタルパは慣れたものなのか、すいすいと進んでいく。

 やがて角部屋に行き着くと、タルパは動きを止め、扉のドアノブに手をかけた。

 そのまま押すと、蝶番が擦れる音と共に部屋があらわになった。

「お邪魔します……」ヘンリーもどこか及び腰にその後に続き、入室する。

 入って見回すと、中は簡素なものだった。少し埃の被ったベッド、それと装飾の一切ないクローゼットに円形の高机ハイテーブルと木製の椅子。

 物寂しい、というよりいっそ生活感を感じられない。システマチックと言うべきか、最低限の生活機能だけを有していればいい、という意思がありありと見て取れるようだ。

 呆気にとられるヘンリーを尻目に、タルパはなにかを机の上に放ったかと思うと、どっかり床に腰を下ろす。せめてマットかソファぐらいは置いたらどうなのか。


 それにしても埃が酷すぎる。

 せめて窓を開けようと、断りを一つ入れて鎧戸に手をかける。そのまま開くと、わずかではあったが光が差し込む。宙に舞う塵埃が開いた窓へと吸い込まれていく。

 ふうと一息をつくと、視界の端にきらりと光るものを捉える。それは差し込んだ光を受け、鮮やかな金色に輝いていた。

 手にとって軽く見る。それはずっしりと重く、その形は飛竜を模した徽章のようなものだった。


 ───どこか、見覚えがあるような?


 あれは、組合に入会した際の時のことだったか。長ったらしい規約説明が終わると、十枚の金属製の似たようなものを見せられた。どうにもそれらが組合での階級を表しているらしく、ミスリル製の一等徽章から、銅製の十等徽章まで。

 確か金は、二等級の証明であったはずだ。

 そこまで考えて、ヘンリーの背中を冷や汗が伝う。

 冒険者はその数こそごまんといるが、その中から、三等級以上に至れるのはごく僅か。一等級に関しては、現在居るのは片手で数えられるほど。それに次ぐ二等級の数も五十は超えないという。

 つまりは、ヘンリーの目の前で無防備に腰を下ろして眠そうな目をしているコイツは、述べ数万いる冒険者、その頂点の一角であるということの証左だった。

 誰もが焦がれて、憧れてやまない、とてつもなく貴重な代物であるこれを軽々に放り投げたのだ!


「なっ。キミっ、キミってやつは!」

「……ん?」

「『ん?』じゃないだろう! 『ん?』じゃ! もっと大切に扱え! ……というか、タルパって」


 そんなに凄いヤツだったのか。

 尋常ではない戦いぶりからして、只者ではないと思っていたが、まさかこれほどとは。

 一等級は、その全てが漏れなく後世に語り継がれるほどの一角の傑物。それ故に、相応の偉業を成したものにしか贈られない。

 『賢者ザカリー』は、その偉大なる魔法でもって一山を打ち崩し、川の流れを変えたという逸話を持つ。

 『剣聖ルキウス』は、一振りの剣のみで千の魔物を斬り、その尸を山と積み上げた。

 『勇者ハルマ』は、世に伝う大災禍、魔物の暴走スタンピードを退けた立役者だ。

 そして二等級は、そんな頂点の、その候補者たち。実力で成り上がれる最上位の階級。組合内の誰もが羨み、羨望し、これを目指す。


「───とにかく、貴重なものなんだからもっと大切に扱ってくれ。見てるこっちが心臓に悪いよ」

「わかっ、た。だけど、今は、眠い。明日から、大切に、する」


 そう言うと、そのままタルパはらうつらと船を漕ぎ始めたかと思うと、床の上に横になる。深いクマの刻まれた目元をひと擦りしたかと思うと、そのまますうすうと寝息をたて始めた。

 呆れるほどの寝付きの良さである。


「……明日からって、まだ昼なんだけど」


 マイペースな奴だった。

 なんというか、調子が狂う。


 ───こうしていると、月光に照らされた森で見た、あの鬼神の如き戦いぶりが嘘のようだ。


 まじまじと顔を見れば、その顔つきはまだ少年のあどけなさを残していることがわかる。

 ひょっとしたら、その年齢もヘンリーが思ってるよりよっぽど若いのかもしれない。それこそ、大して変わりのない───


 だからこそ、悲しくもあった。

 その歳でそこまで至ったということは、生半なまなかな人生ではなかったはずだ。

 自分が寝物語の英雄譚に憧れて、無邪気に棒振りをしていたころ。彼はどれだけ傷つけ、傷つけられてきたのだろう。

 それを推し量ることなんて出来ないし、きっと失礼にあたる。


 寝顔をひとしきり眺めたあと、やはり血が足りなくて少しふらふらするのでベッドに横になることにした。


 座り込むと、ぼふ、という音ともに大量の埃が舞う。


「っ! げほっ、げほっ」


 後で聞いた話だが、タルパは一月もこの家を留守にしていたらしい。ならば、当然の帰結である。

 無言でヘンリーは起き上がり、剣の手入れを始めた。タルパはその間も起きなかった。

 ようやっと日も暮れ、人心地つけるかと思うと、下の酒場は夜更けになると客の声が大層うるさいことが判明した。ヘンリーはもちろん熟睡なんて出来なかった。

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