夏の終わり。


結局2017年の夏は、ほとんど雨模様だったな…

BBQも出来なかったし。海にも行けなかった。花火大会も雨で中止になったし。


全部来年までお預けをくらった。


せっかくの休みが重なったので、一樹とM市の智君のお店を訪れていた。

私達二人と智君はカウンター席で一緒に呑んでいると…


左隣にいる智君は、急にまじまじと私の顔を見つめてきた。


『なっ、何何?顔近いんだけど!』

一応、右横には一樹という彼氏も居ると言うのに…智君はお構いなしで距離を縮めてくるものだから、反射的にドキッとしてしまうじゃないか。


「智君!近すぎだわ!」


一樹は怒ったふりをしながら自分の方に私の体を抱き寄せた。


「ごめんごめん。いや~美咲ちゃん、夜やってた時よりも痩せたよね!」


『えっ?まぢ?』

突然の褒め言葉とも取れる言葉に私は何故か意味もなく前髪を整えて姿勢を正している。


「まぢで。体重何キロ落ちたの?」

『あぁ~最近計ってないからわかんないな。一樹、あたし痩せた?』

「元からそんな太ってないし分かんない」


チェッ…智君に褒められたって一樹に褒められなきゃ意味ないじゃん。


「毎日顔合わせたら気づかないだろうけど、本当に痩せたよ

なんか苦労してる?顔も疲れてるし」

『全く苦労してません!』

「あぁ~苦労させてるかも…俺のせいで掛け持ちすることにもなったしな」

事実ともとれるネタをあえて笑いながら言う一樹。


「良いじゃない?若い内は働いてなんぼなんだしさ」と智君。


お金の遣い道は全部、美容とライブ代に消えると知ったらさすがの智君も呆れるんだろうな。

けど“痩せた”は嬉しいな!明日家に帰ったら、体重計にのってみよう。


『ねぇねぇ!智君レッドブルウォッカ呑みたい』

「あぁ~レッドブルきれてる」

『まぢか~んじゃ買ってくるね!』

私はお店の近くのコンビニに行こうと財布とスマホを持った。


「俺も行く!」と一樹も立ち上がった。

『一樹も欲しいものあるの?買ってこようか?』

何も二人で一緒に行くほどの距離でもないし。


「良いから」

心なしか一樹は不機嫌なようにも見えた。理解不能。


結局二人で一緒にコンビニに向かった。


『別についてこなくても良いのに』

「心配なんだよ。美咲は気づいてないだろうけど…」

その後一樹は言葉を飲んだようだった。


『気づいてないだろうけど…何?』

「いや…美咲が横歩いてるとさ、すれ違った男共が必ず美咲の方見てるから」

『ぷっは…!』

一樹の発言があまりに面白くて、つい吹き出さずにはいられない。


「笑うなって。これまぢだから」

『そんなわけないじゃん』


私は自分で自分の外見を判断するとしたら…中の上か上の下くらいだと思っている。

一応これでも外見にはかなり気を遣っているから普通よりは少しくらい良いと自負してるけども、誰もが振り向くような可愛さや美貌は無い。


「自分で気づいてないだけだよ。だから、あんまり街中を一人で歩かせたくないし」

『そんなこと今まで言わなかったくせに変な一樹』

「言わなかっただけで、ずっと思ってたんだ

それに一人で歩かせたら間違いなくキャバのスカウトだってされるだろ?」

一樹がそんなこと言うなんて珍しい。


付き合いが長いとは言え、彼氏からそんな風に言われるのは悪くない。

まぁ実際、この町を一人で歩いていると必ずと言って良いほどにどこぞの店のボーイからは話しかけられる。


顔見知りからは“ヒカルさん、お疲れ様です”とか…“またキャバ復活しませんか?”とかね。


『ありがとう』

「いい加減自分の可愛さに気づいて警戒してくれよ

さっきも、あれ…俺がいなかったら智君間違いなく美咲にキスしてたと思うし」

『ないない!それは断じてありえない!』


智君は、そもそも私を女として見ていない。智君とはかれこれ5年程の付き合いだが知り合ってすぐの頃、付き合いで私が働いていたお店に私指名できていことがあったんだが、その時に“よく見たらそんなに可愛くないね”と笑いながら言われたこともある。あれは一生忘れないと思う。めちゃくちゃ傷ついたんだから。


「それは美咲の考えだって。智君、絶対美咲に気があるよ。これは男にしか分かんない」

『もう~今日の一樹、変だよ?それ以上変なこと言ったら怒るからね!』


彼氏が自分のことで嫉妬し心配してくれるのは嬉しいことだけど、あまり心配され過ぎるとムカついてくるものだ。



「だったら、早く俺だけの美咲になってくんない?」

『どういうこと?もうなってんじゃん』


「要するに早く籍を入れたいってこと」


一樹の言葉に思わず足が止まった。一気に酔いも覚めてしまうくらいに…。


『ちょっと待ってよ。それ酔ってない時にもう一回言ってって』

「わかった」


こうして、またもや“結婚”と言うワードから逃げてしまった。

いつまでも逃げ続けることは出来ないと頭ではわかってる。


けど…私は、やはり結婚と言う言葉に威圧感しか感じないんだ。


もう夏が終わってしまう。

夏と雨が混じりあったアスファルトから沸き上がるような懐かしい匂い。

次にこの匂いを嗅ぐ頃には、私はどうなってるんだろう…

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