水商売で働くと言うこと


「どうして内緒にしてたんだよ…美咲、酷いよ」


香織ちゃんの電話があってから3時間後だろうか?

案の定、龍弥は私達の住むアパートに現れた。


龍弥は、あまりのショックに私を怒るというよりも悲嘆にくれているようだった。


この姿を見た姉としての気持ちはと言うと…ただただ胸が痛くて、申し訳なさからか龍弥の目を見ることは出来ない。


「龍弥、美咲だっておまえに内緒にしたくて内緒にしていたわけじゃないんだぞ」


さっきまでは龍弥の肩を持つと言っていた一樹は、龍弥でも香織ちゃんでもなく…私の肩を持ってくれたのか、そう口を開いた。


「一樹君も知ってたの?」

「あぁ…ごめんな」


一樹は落ち着いた声で呟くと、龍弥は“信じられない”とでも言いたげな目で一樹を見た。


『龍弥、ごめんね。

分かってあげてとは言わないけど…水商売ってそんなに悪い仕事?』

「悪いとは思ってないよ。

けど、香織が俺の知らない場所で他の男と話してるとか想像するだけで嫌なんだ」


率直な意見…あぁ龍弥はよっぽど香織ちゃんのことが好きなんだなぁって。

それと同時にまだまだ子供だなって。


『それは、龍弥のエゴだよね?

実際香織ちゃんだって水商売をやりたくてやっていたわけじゃないと思うし』

「んじゃ、何で普通のバイトじゃないんだよ。居酒屋でも、コンビニでも、バイトなんて探せば山ほどあるのに…何でキャバなわけ?」


ここからは、姉VS弟の言い合いになるであろう。いや、大人VS子供の言い合いでもある。

まさか25歳になって、こんなことで喧嘩になるとは思わなかったよ。


『一人で生活するって大変なことなんだよ。まだ龍弥は分からないと思うけど』

「だからって彼氏に内緒でキャバやるか?

しかも美咲と一樹君は知ってて俺一人だけ騙されて。

俺がどんな気持ちか美咲にわかる?」

『騙したつもりは無いよ

んじゃもし、香織ちゃんから“生活出来ないからキャバやる”って言ったらアンタ許したわけ?』

「許してないし阻止してた」

『ほら。だから香織ちゃんは龍弥には言わなずにあたしに相談したんじゃん』


高3の弟にキツイ言葉を放つたびに心が泣いた。

自分にとっては正論だとしても龍弥は理解できない様子で話は平行線のまま。


「もう良い…別れる」


その言葉が出た瞬間に頭の血管がプチーンと切れた。


『なんでそうなんの?』

「許せないから」

『器が小さい男だね。っか養えもしないくせに、彼女がやる仕事にケチつけんなよ』


この言葉を放った瞬間に龍弥も険しい表情になり…


「遠距離で月に2回しか会えない現状で、キャバやってる彼女の気持ちを理解しろって言うのかよ?信じろって言うのかよ?」

『言ってることおかしいって。キャバ=浮気だとでも思ってるわけ?』

「浮気だろ?」


“キャバ=浮気”

そうか。これは世間一般の意見に近いのかもしれない。私はキャバ嬢をやっていた立場だったから何処か感覚がおかしくなっていたんだね。


「まぁ、龍弥には理解出来ないことが多いと思うけどさ…

キャバクラに来る客ってキャバ嬢にとっては、ただの“お金”なんだぞ?

そこで恋愛が始まることなんて無いよな…美咲?」


一樹に問われて“うん”と頷いた。

龍弥は不服な表情を浮かべながら俯いたまま…部屋は急に静かになり時計の針が動く音だけが響く。


クールダウンの時間だろうか?私は気持ちを落ち着かせようと、アイコスのホルダーにリキッドを刺して一呼吸。


「香織はそんなに生活が大変なのか…」


口を開いたのは龍弥。


私は答えを脳内で考えて放つ。


『大変だと思うよ。香織ちゃんはお金も稼ぎたい。龍弥との時間も欲しいし、学校も行かなきゃいけないし…

龍弥に会いに行くためにはお金が必要だったんだと思う。だから時間の融通が効いて、短時間で高額稼げるキャバを選んだろうしね』

ほら、キャバって短時間で高収入を得られるし…おまけにシフトだって申告制だから休みたいときに休めるし。


「そっか」

『後は二人で話し合ってよ。けど、龍弥はもう少し香織ちゃんの気持ちを理解するべきだよ』

「あぁ」


『隠していたことは本当にごめんね。けどあたしは龍弥と香織ちゃんに別れてほしくはない』

「本当は別れる気はないよ」


龍弥のその言葉を聞けただけで少しだけ安心した。

これきっかけで別れてしまったら、きっと私は酷い罪悪感にかられてしまう。


「龍弥、俺も内緒にしててごめんな」

一樹は俯いたまま龍弥に謝罪をした。


「一樹君、良いって…俺もごめんなさい。二人の問題なのに、巻き込んでしまって」



この後、二人はちゃんと話し合ったらしい。

一時はどうなるかと思ったが…龍弥と香織ちゃんはどうにか仲直りもできたとか

けど一度嘘を付かれたことで信用できなくなったらしく…

龍弥は香織ちゃんに“家に帰ったら必ず電話をする”という条件を出したらしい。

結局水商売だけは許せなかったとかで香織ちゃんは、その後すぐに違うバイトを始めた。


本当に私達は姉弟なんだろうか?龍弥の頭の固さには驚かされた。

いや…やっぱり若いんだね。そう言えば自分も10代の頃は彼氏が他の女と話してるのを見るのだって嫌だったっけ?私も人のこと言えないね。


それを考えると…今さらだけど、一樹はやっぱりすごいよ。物分りが良い理解ある彼氏だったなって。


【自分の彼女、彼氏が水商売だって人は、

世の中どれほど居るんだろう?

その仕事を理解し心から応援することはきっと難しいと思うけど…どうか仏の心で見守っていてほしいな。何度も言うけど水商売の人にとってお客様は“お金”でしかないんだ。


そして、水商売をしながらも恋人が居る方は…決して理解してくれている彼氏彼女を裏切らないでほしい。そして理解してくれていることを当たり前だと思ってほしくはない】

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