水商売をやることの罪悪感
『んで、いつから働いてるの?』
私はアイコスを一吸いし、田舎の夜道を歩きながら彼女に問う。
「一ヶ月前くらいです」
『そっか。スカウトで入店したの?』
「はい」
『そっか』
二人きりになってから香織ちゃんは俯いたままだった。それは、私が龍弥の姉だからなんだろう。けど、この話題を自ら話してきたのは彼女の方からだ。
「最初は軽いバイト感覚だったんです。一人暮らしは思った以上に生活が大変で…
あと学費も払わなきゃいけなくて」
丸で昔の自分のようだった。生活難に陥って、炊いた白米にごま油と醤油をかけて食べていたあの頃…。
『うんうん。すごく分かる。一人暮らしは思っていたよりもお金がかかるよね
香織ちゃんは学生だから友達同士の付き合いもあるしね』
「はい…けど龍弥君にはそんな話も出来ないし」
『ましてや高校生だしね』
「負担にはなりたくなくて」
そう言えば、私も昔水商売を始めた頃に付き合っていた彼氏は大学生でお互いにお金もなかったからお金の相談は出来なかったっけ。
『気持ちは本当に分かるんだけど、ジュエルって…昔から悪い噂しか聞かないよ?
給料ちゃんともらえてる?』
私は水商売は反対しない。
短時間で有効的に大金を稼げるし、それで普段関わることのない大人の話をお酒の場で聞けるし、今後生きていく上でメリットしかない仕事だと思っている。
もちろん、履歴書に書けぬほどに世間の印象が良いものじゃないは百も承知。
ただ“ジュエル”と言うお店は、もっぱら悪評しか聞かないお店だ。
どんな悪評か?って、店長が気に入ったキャストに手を出してみたり…キャストが働いた分の給料を所得税と称して給料から何万も引いたり。
売れないキャストや店長と反りが合わないキャストは風俗店へ飛ばされたり…。
そこで痛い目を見た女の子と一緒に働いたこともあって、状況は何となく知っていた。
すると香織ちゃんは「週に4日、時給3000円で出て1ヶ月12万って低いんですか?」と聞いてきた。
『一日5時間くらい?』
「そのくらいですかね…週末は6時間です」
『指名は?』
「指名は何人か居ます。一日一人は来るように営業していて」
『それは安いよ!計算してみなよ?』
私はスマホの電卓機能を出して3000円×5時間×16日で計算をした。単純計算で24万。その他指名バック、ドリンクバックを考えれば…もっと稼げるはずだ。
雑費(レンタルドレス代)や水商売は所得税で給料の10%を引かれることになってるから…それを考えても12万はありえない。
『おかしすぎるよ』
「ですよね…」
『今のままジュエルで働いてても効率悪いから移籍した方が良いよ、オーナーもボーイも頭おかしい人しかいないんだから』
「お姉さんが働いていたお店を紹介してもらうことは出来ませんか?」
『構わないけど…龍弥に知られたら怒られる』
「ですよね…私も罪悪感はあります」
本当なら“龍弥にバレたら悲しむから辞めな”って言いたいところだけど、香織ちゃんのお財布事情を考えたら、すごく気持ちも分かるからそんな風には言えない。
ちゃんと給料がもらえて、安全なお店で働いてほしい。
『わかった。とりあえず店長にはあたしが話を通しておくよ』
「ありがとうございます」
『今のところは、ちゃんと辞めないといけないよ』
すると、香織ちゃんはピタリと足を止めた。
『どうした?』
「ごめんなさい。私なんかが龍弥君の彼女で…」
香織ちゃんは申し訳なさからか伏し目になっている。
きっと、私の目には見えない罪悪感を龍弥に感じているんだろう。
私はニッコリ微笑んで彼女に寄り添った。
『なーに言ってんの?そんな顔してたら、龍弥に勘付かれるよ?』
口を閉じたまま。言葉を発さない香織ちゃん。
『水商売ってそんなに後ろめたいことかな?』
そんな私の発言に香織ちゃんは顔を上げた。
「仕事は仕事だけど…周りの友達や親や龍弥君もきっと理解してくれない。お姉さんみたいには言ってくれないはず…」
『ふふふっ。周りの理解なんて必要?香織ちゃんはお金を稼ぎたいんだよね?
アルバイトでも何でも香織ちゃんに会いに来てるお客様が居るならそれで良いじゃん。龍弥にもしバレたらあたしのせいにでもすれば良いよ』
もしかしたら私はダメな姉なのかもしれない。本当は複雑な思いだ。
けど今は同じ女として、元キャバ嬢としての意見を述べることが懸命なはず。
「もし龍弥君に知られたら…私、ちゃんと話します。
お姉さんにこのこと話せてよかったです。ありがとうございます」
そう言って、香織ちゃんは優しく微笑んだ。その微笑は何処か不安が見え隠れしている。
【世間も何も知らない10代の女の子。この子を見てると昔の自分を見てるようで、他人事とは思えず、味方をしたくなった。
水商売は犯罪でも悪いことでもない。ちゃんとプロとして意識を持てるなら、とても勉強になるお仕事なんだよ。】
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