無駄な自信


盛大に見送られClub Russoを辞めたのは、つい1週間前の話だ。お客様から頂いた花束やプレゼントは開ける事なく部屋の隅に置いたまま…


ニート初日は気が済むまで眠った。そして今まで出来なかったことの一つ、一樹と堂々と手を繋いで街中をデートした。


「引越しは3月の10日だよな?」

『うん』

「ようやく、美咲と一緒に暮らせるんだな」


一樹は横で満面の笑みを浮かべながら、両手を伸ばし天井に掲げた。つい最近までキャバ嬢だった私に何も不満を言わずに横で見守っていてくれた一樹。

今は、この先の仕事のこと生活を考えると不安は耐えないけど…気持ちは前を向いていた。


『家事は絶対分担ね!あたしご飯は作るけど掃除はしたくない』

「はいはい。それくらい分かってる~分担してやれば良いじゃん」

『楽しみだね!』

「おう」


『ねぇ…仕事の件なんだけどさ』

つい、ポロリと口から零れた不安の言葉。


「どうした?」

『いや、あっちに戻ってちゃんと仕事見つかるのかなって』

「あぁ…だよな。

けど簿記の資格とか持ってるし、パソコンの資格もあるだろ?」

『うん』


私は水商売と平行して、21歳~23歳までの間資格の勉強をしていた。

いつかは“水商売を辞める”それを見越していたからかもしれない。


って言っても、日商簿記2級を取ったのはかれこれ2年も前の話で…ほぼほぼ忘れたけどね。


「ごめんな…俺がちゃんと美咲を養ってやりたいんだけど、

今はそれが出来なくて」


一樹は伏し目になりながら、その言葉を呟くものだから…部屋の空気は少しだけ重くなった。

仕方ないことなんだ。一樹は同い年で船のお仕事をしている。


1ヶ月間海の上で生活し10日間の休暇だけ丘に降りてくるサイクルで一年の半年を過ごし、もう半分はK町に常駐し仕事をしている。


危険が伴う仕事故に給料は一般会社員の年収よりは良い。とは言え、奨学金や車のローンを払っているらしく流石にそこに自分と言う負担はかけたくない。


それでも、家賃や光熱費は払ってくれると言ってるから気持ち的には少しだけ余裕があるんだ。


『そんな顔しないの!あたしもどうにか働くから!』

「ありがとう!俺も出来る限りは本気で頑張るから」


一樹に笑顔が戻ったことで胸を撫で下ろした。


どうにかなる…今までだって、どうにかしてきたんだもん。


この時は、無駄な自信があった。

夜職から昼職にシフトチェンジすると言うことがどれだけ大変なことかも今一考えてなくて、何処か甘く見ていたんだ。

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