あと、さっちゃん。それからさっちゃん。
凛とした佇まいの母上。
長い髪をきっちりとまとめ、背筋をぴんと伸ばした、財下の嫁。
母上が凛としているときは、僕も一緒に、おすまししていた。母上からは「マネキン……デパートのお人形さんの、まねっこをしましょう」って聞いていたから、僕はじょうずに真似っこして、結果的に大人しい良い子に見せていた。
真似っこということは、本性はもちろん別にある。僕はお人形さんをしながら、母上とふたりっきりになるのを楽しみにしていた。ふたりっきりになると母上は、お人形さんの真似っこをやめる。僕の頭を撫でて、僕を抱きしめて、一緒に床を転がったりして、顔いっぱいにシワを作って笑うんだ。
「ゆーくん、じょうずにできました!はなまる!」
「ははうえも、はなまる!」
お人形さんの後はいつも、お互いに花丸をつけた。指でほっぺに、くるくるくる。
猫のように伸びをしたり、床でバタ足をしたり、でんぐり返りをしたり。僕の母上は、愉快な人なんだ。
母上は、父上のいるところでは、可愛い人になっていた。お人形さんの真似っことも違う、本当に可愛い人。それが不思議だったのかな、僕は母上に、父上とのことを聞いてみたんだ。
母上は、内緒だと何度も何度も約束して、話してくれた。
僕がまだ母上のおなかの中にいる頃に、父上が母上を助けてくれたのだと。
僕と母上を守ると約束してくれたのだと。
母上は父上が大好きなのだと。
僕は嬉しかった。話す母上が幸せそうで、可愛かったから。
大きくなった僕は、サラリと明かされた、のっけから母上が妊婦だったあたりが内緒の理由なんだと悟った。さっちゃんの御両親が子宝に恵まれなかったと耳にして、僕らの年齢差がないことを考えて、父上のしたことに思い至ったときは、その機転に感心した。
立場の上下ができやすい、花西と財下。花西の娘が大きくなる前に財下の子供が産まれなければ、当然のように主従になってしまう。財下の妻となる女性を探して、結婚して、子をなしている間にも、財下の子供は弱くなる。
だから父上は、父親のいない子を身籠っていた母上を、自分の妻にした。そして、自分の子ではない僕を、自分の子として育てたんだ。財下の子が花西の子と肩を並べられるように。
僕は父上を誇りに思う。頭が柔らかくて、みんなの立場を考えられる父上。困ってた母上を助けて、祖父母の立場も守って、僕のことも守ってくれた、賢く優しい自慢の父上。
自慢だけど、内緒の話だから、僕は母上とふたりで父上ファンクラブを結成して、父上の自慢話で盛り上がった。母上としか、この話はしなかったんだ。
さっちゃん。
花西の娘ってだけで、自分自身に怯えてる、優しいさっちゃん。いつも自分を置いといて、僕を大切にしてくれる、かっこいいさっちゃん。
がんばって、がんばって、ぼろぼろになった、さっちゃん。
母上、もう内緒にしなくていいよね。
父上、僕もさっちゃんを守りたいんだ。
目が覚めたら話すね。
僕は財下幸丸だけど、財下の血なんて引いてないってこと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます