ガスもヤカンもだいじなの

「さっちゃん」


んー……


「さっちゃん、スマホ借りるよー」


すー……


「……はいもしもし。……はい、花西美佐の番号です。本人は電話をとれない状態で……はい、ちょっと原因は分からないのですが……はい……はい、そうしていただけると助かります」


わー……仕事の電話みたいだー……すごーい……

……仕事の電話?


「では失礼いたします」

「待って待って待って!」

「あーさっちゃん。ごめん、切っちゃった」


今日はお仕事おやすみだよー。さっちゃんは休んでいいよー。のほほんと笑う彼の右手は私の頭をなでていて、左手は私のスマホを握っている。


「いま、なんじですか」

「9時5分だよー」

「遅刻!」

「お休みって伝えたよー」


なぜ。なぜ私が休む。頭が混乱している。考えろ私。思い出せ私。何が起きたんだっけ?

何が……起きた……いやいやそんなまさか。夢だよね?


「さっちゃんはピカチュウになったから、目覚まし時計がスパークしちゃったんだよ。ねむかったんだねー」


夢じゃなかった。しかも時計まで壊してた。


「さっちゃんのスマホまでスパークしたら困るかなーって思ったから、電話は僕がとったよー」

「ありがとう!助かった!」

「えっへん」


私の彼氏まじ有能!


「ブレーカーを落としておいたから、ピカチュウしてもたぶん大丈夫だよー」

「ピッカー!」

「えっへん」


なんかピカチュウ語が通じているようだ。まあこの流れで感謝以外の言葉は出るはずがないけれど。


「さっちゃんは、これからのことを心配しそうだけど、電気のない場所で一緒に暮らせば心配ないからねー」

「なんと、そこまで考えてくれてたとは」

「でも、外に行ったら信号とか電車とか動かしちゃうかもしれないから、今日はおうちにいようねー」

「ピカ。ピカ」


なんて頼れる彼氏だ。一生ついていきます。

ひとまず、カセットコンロでお湯を沸かすことにした。炊飯器の保温は切れているけれど、中身はまだほんのりあたたかい。お味噌汁と緑茶を並べれば、立派な朝ごはんの完成だ。


「さっちゃんお料理ありがとなー」

「ピカピッカー」

「えらいなー」


頭をなでられ、えへへと頬を緩ませていると、目の端で何かが光った。

私のスマホの、着信画面。

ぶわりと毛が逆立つのを感じた。


「大丈夫だよー」


毛が逆立つやいなや、私の視界は彼の胸でいっぱいになった。ちゃぶ台ごしに、頭を抱きしめてくれている。あたたかい腕に、逆立った髪が、静かに降りていく。

そうか。私は安心したら電気ネズミにならないのか。ぼんやりと悟る耳に響く着信音は、他人事のように気にならなかった。

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