呪いとスマホ、どっちが大事なの?

ばつん。


はぜるような音に、息が止まった。

薄暗い部屋に目を走らせる。炊飯器の保温ランプが、オレンジ色に我慢強く光り続けている。窓の外は薄暗く、夕焼けを通り越して藤色をしている。

「うっそーん」

呑気な悲鳴。彼だ。

「電源入らないよー助けてさっちゃーん」

「そんな無茶な」

こちらは、何かが爆発したかと気を張っていたというのに……毒気を抜かれたついでに気が抜ける。再びあたりを見渡すも、煙もなければ焦げも見当たらない。部屋が暗くて見えないだけかもしれないが。電気をつけて確かめよう。

「ブレーカー上げてくるね」

「え?」

立ち上がろうとした私に、彼が首をかしげる。何それあざとい。

「ブレーカー、落ちてないんじゃない?」

「え、でも……あ」

炊飯器に目をやる。保温ランプの光は、さっきより目立っていた。外がまた暗くなったのだろう。

炊飯器に電気が来ているということは、部屋の電気そのものは落ちていないということ。私の彼氏かしこい。スマホしか見てなかったくせに。

「どこかショートしたのかな……電気つけるね」

立ち上がって紐を引く。点滅ののち、部屋が明るく照らし出された。急な光がまぶしくて、目を細める。彼の目はブルーライトに晒されっぱなしだったからか、まぶしそうな様子はなかった。

壁に顔を寄せて、コンセントを確認する。焦げていないか、煙はないか。見ただけでは異常が分からない。においもかいでみたが、焦げくさくはない。

「なんともないみたい。不気味だなぁ」

「なんともなくないよ」

彼は異変を見つけたようだ。振り向くと、充電器を引きずったスマホたちを、真剣な目で調べていた。

「これもだめ。スマホ、ひとつも電源入らない」

「まじか」

それなら、さっきの「ばつん」は、スマホの何かが力尽きた音かもしれない。

身代わり地蔵を思い出した。部屋の電源に何かあったら大変だけど、末端のスマホたちに何かあったくらいなら、私は困らない。スマホが友達だった彼には悪いけれど、この機にスマホ離れをしてくれたら万々歳だ。身代わりスマホ、ありがとう。心なし顔が青ざめている彼のために、好物の照り焼きチキンでも作ってあげようかと、冷蔵庫を開ける。庫内は明るい。冷えた鶏肉を取り出し、台所に立つ。

「さっちゃん……」

「うん。残念だったね」

「うん……いや、残念なんだけど、それよりこれ」

見て、と彼がスマホを差し出す。私の手は鶏の脂で汚れているので、受け取ることなく目をやる。……何か変だ。

「ん?んんん?」

首をかたむけて、スマホを観察する。

画面には何もうつっていない。正面の私がうつることもない。にもかかわらず、なんだか白い。白い画面というわけではなく、こう、すりガラスのように白い。

「どうなってるの?」

「画面にヒビが入ってるんだよ。びっしり」

言われた瞬間、脳が理解して、びっしり入ったヒビが見えた。何これこわい。粉々じゃないですか。やだ。

「ひえっ」

「それにね」

ホラー案件を理解して引く私の目の前で、彼は粉々の画面に触れる。えっ、大丈夫なの。刺さったりしないの。

「見て」

「うわっ」

白い画面をなぞったはずの彼の指は、黒く染まっていた。

「何これ呪い?呪いのスマホなの?」

「ヒビの内側が煤けてるみたい。熱くないけど、たぶん炭になってる」

まごうことなきホラー案件に、自分の血が引くのを感じた。手が震える。彼は悲しげに呪いのスマホ(仮)を見つめて、ぽつりとつぶやいた。

「カルロム……」

あほくさ。

怯えていた心が、あほくささに負けて、現実に戻る。呪いよりカルロムか。火事になるかと思ったのに、カルロムか。

腹が立ったので、照り焼きチキンは、あまり美味しくならなかった。下ごしらえをすっ飛ばし、じゃっと調味料で焼いただけなので、当然である。

当然である、のだが。

「生焼けになるのは解せぬ」

いつも通りに加熱したはずの鶏肉は、中まで火が通っていなかった。

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