ホウレンソウがだいじなの

生焼けの照り焼きチキンを、箸で刺してかぶりつく。

「わぁ豪快」

「ぐぐぐぬぬ、ぐっ」

ぶちぃっと、生焼けゆえに柔らかい肉が切れる感触が、前歯に響く。糸切り歯とは、よく言ったものだ。筋繊維は糸に含むことにしよう。奥歯に肉を任せ、顎を動かしていると、彼が私を呼んだ。

「さっちゃん」

「ん?」

「ごめんね」

返事に窮した。肉が生焼けだったことに感謝した。よく噛んでいるふりをして、返事を後回しにする。

「さっちゃん、さみしかったね」

もぐもぐもぐもぐ。後回しにしても無駄だった。返す言葉がない。確かにさみしかった。しかし、正面から謝られては、恥ずかしさが勝る。

目を合わせていられなくなって、食卓に視線を落とせば、そこには私に食いちぎられた鶏肉と、手付かずの鶏肉があった。もぐもぐしながら、彼の鶏肉を私の皿に移して、電子レンジに入れる。

「鶏、生でごめんね」

「お料理ありがとー」

仲直り成立。電子レンジで中から熱された鶏肉は、付け焼き刃にもかかわらず、とても美味しかった。

食後のお茶を飲みながら、今日じゅうにすべきことを考える。とりあえず、アパートの管理会社に連絡したほうがいいかもしれない。被害があったのはスマホだけだが、部屋に原因がないとも限らない。仕事用のカバンから自分のスマホを取り出すと、充電していない私のスマホだけは無事だった。その代わり、電池残量が赤表示になっているけれど。

電池がんばれ。心の中でエールを送りつつ、管理会社の問い合わせ番号にかける。オペレーターのお姉さんに、アパート名と部屋番号、充電中に起きたことを話す。途中胡散臭げな対応になりかけたお姉さんは、部屋のコンセントに繋いでいなかったスマホだけが無事だと知ると、自社の案件だと認めたようだった。即日確認に来てくれるらしい。すごい対応早い。最後に時間と名前を復唱する。

「1時間以内ですね。わかりました。夜分ありがとうございます。ええ、201号室のカサイです。漢字は花に西です。はい。お待ちしています。よろしくお願いします」

電話を切る。

「充電もってよかったねー」

彼が言うまで、充電がピンチだと忘れていた。画面を見て、何かの間違いかと思い、しばしかたまる。

「さっちゃん?」

「あ、うん。充電あったみたい」

電池残量は、たっぷり充電された緑色を示していた。赤だと思ったのが見間違いだったのだろうか。

彼はひとこと、ふーん、と首をかしげると、手を伸ばして私の頭をなでた。

「さっちゃん電話できてえらいなー」

「そだよー」

ほめる基準がおかしいのは、いつものこと。頭を撫でられる感触が気持ちよくて目を細める。

手を引っ込める彼が、何やら目を丸くしていたが、一瞬のことだった。

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