静電気彼女

笠井ヨキ

スマホと私、どっちが大事なの?

なのはぁーなばたけぇに、いーりぃーひうすれ。みわたぁーす部屋にぃは、ブールゥーウライトぉ。

「いいねー」

「よくない」

声に怒気を含ませても、彼は気にしない。すっかり薄暗い部屋で、彼の横顔は明るく照らされている。

名曲を台無しにした替え歌の後ろでは、効果音が賑やかだ。しゃきーん!ごごごごごご……きんきんきんっ☆ひゃっはー!ちくしょう、なんて音も聞こえる。ちくしょう。それは私のせりふだちくしょう。

「何それ」

「カルシアロムレントだよ。春の国に災いをもたらすゲデオを探して、ラピスラズリを組んだり、セキリオと戦ったり、レーモンドを解いたりして、迷宮を踏破するんだよ。次のバージョンでは、黒幕が春の国にいるってわかるはずだから、大切なことは覚えておかなくちゃいけないんだ」

ふーん。難しいことをいっぱい覚えたんだね。ところで私のこと覚えてる?

「春だね」

「春なんだよ」

「春って貴重だよね」

「さっちゃん分かってるねー!春は貴重だから大切にしなきゃいけないし、狙われやすいんだよ」

ああ狙っていたとも、愛しの彼と過ごす春の休日をな!肝心の彼はスマホゲームの春を謳歌してるけどな!拗ねるぞ。

「研修疲れた」

直球に、かまってアピール。

「さっちゃん偉かったなー。よく頑張ったなー」

彼の目線は画面上を小刻みに動いている。まず目線をこちらに寄越せ。上から目線より惨めじゃないか。

惨めなので、難しい話をしてやることにした。さっきの、カルシ……カルシウムみたいなカタカナより頭を使わせてやる。研修帰りの引き出しを見せてくれるわ。

「日本は晴れが少なすぎて太陽光発電に向かないんだって」

「へー」

「太陽電池のぶんの土地で菜種を栽培したほうが地球に優しいんだって」

「地球は優しくされなくても困らないよ」

何こいつ全然難しいと思ってない。要点押さえてきた。画面しか見てないくせに。

頭のいい彼が好きだ。いつもならこれは惚れ直すところだ。でも今は不満の層が分厚くなるだけだ。頭で抗うのを諦めて、のどかな話をする。

「今日はいい天気だったよ。陽射しがぽかぽか……」

「あっ待って、今だめ、シーラスが濡れちゃうから」

通り雨踏んじゃったよ困るよー、と画面を連打する彼。何なの。ゲームも連携して喧嘩売ってるの?むしろゲームが私に喧嘩売ってるの?


いい天気を無視してシーラスの通り雨に慌てているコイツは、私の彼氏だ。デレデレが通常運転。仲のいいカップルとして評判だ。しかし私は社会人となり、そして社会は無情だった。彼とデレデレする時間を捻出する気力は、仕事初日で霧散した。

疲れて帰って玄関先で座り込んだとき、彼は私に駆け寄ってきて、その場でピザをあーんしてくれた。動きたくないと駄々を捏ねると、ピザの箱とおーいお茶を持ってきて、てりやきうまーとか言って、スマホをいじってた。

ひと月ほど仕事ばかりして、ふと気付いた。彼と全然デレデレしてない。これでは仕事ばかりで家に帰らないサラリーマンのようではないか。

私は反省した。休みの日は家族サービスならぬ彼氏サービスをしようと誓った。今日は休みだ。彼と過ごす休みだ。どう休日を過ごそうかと尋ねたら

「カルロムのイベント走る」

マラソンか?桜並木を駆け抜けるのか?脚のコンディションを心配したあの日の私は、何も分かっていなかった。

昨夜から朝まで、昼から夜まで、彼はひたすらスマホ三昧。戦士の攻撃ボイスで目が覚め、ボス戦のテーマをBGMに朝ごはんを食べ、食べたら寝た彼を跨いで洗濯物を干し、昼を作って声をかけ、カカカカカッと迷宮を駆け抜ける音をBGMに米を口に運び、その間に着々と、スマホに対する殺意は膨らんでいった。そして今、彼氏をスマホに取られた私は、スマホを叩き割りたい衝動と戦っている。

「あー電池ぃーバトル終わるまで待ってぇ」

スマホの電池が尽きそうらしい。しかし私の心は晴れない。なぜなら部屋には既に5台のスマホがあり、彼はそれらをかわるがわる使っているからである。電池が尽きてもローテーションでノープロブレムらしい。私には当然、プロブレムである。

スマホを睨む。スマホから伸びるコードを睨む。コードが繋がるコンセントを睨む。

ちくしょう。滅びよ電気。


ばつん


ブルーライトが消えた。

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