3
好きになっちゃったなぁ。
毎週の金曜日が楽しみで仕方がない。
あゆみちゃんがたまたま休みのときは落胆する。
逆に隣の男子生徒が休みのときは二人きりだと喜ぶ。
ずっと、ずっと……教えていたいと願ってしまう。
お気に入りの生徒というのは今までもいた。こいつには、この子にはたくさんのことを教えてあげたい。もっと授業をしたい。でも、こうまで心が傾くのは初めてだった。
バレンタインに何か貰えないかなって期待するって……つまりそういうことじゃないか。
最後の別れのときに、メールアドレスが書かれた手紙を貰えないかなって期待するって……つまりそういうことじゃないか。
つまり、僕は十五歳の少女に――あゆみちゃんに恋をしてしまったのだ。
でも、この想いは胸の内に秘めておかなければならない。あゆみちゃんは生徒だ。例え告白したとしても断られるのだろうが、そもそもそんなことをしてはいけない。一先生として、一生徒とお別れをするのだ。ただ、それだけでなければいけない。
「今日が最後だね」
「そうですね……」
最後の授業が終わった。来週は高校入試で、中三生の多くはこの最後の一週で退塾となる。二月の最終週。あゆみちゃんと出会ってから十一ヶ月が経っていた。
「なんかもう卒業なんだなぁって感じなんですよね。入学したのもつい最近な気がするのに」
「僕は大学の入学も随分前みたいに感じるなぁ」
「先生は中学の卒業式って覚えてます?」
「友達がすっごく泣いてたのは覚えてる。でも僕は大して悲しくなかったんだよ。なんか中学のときから人と別れるのがあまり悲しくなくなったんだよね」
え……と、あゆみちゃんが声を漏らした。
「高校の卒業式もそうだった。大学の卒業式も。きっと大学院の卒業式でも同じように感じるだろうね」
僕は一体何を言っているのだろう。
こんなこと、誰にも話したことないのに。
なぜ、今、話そうと思ったのだろう。話しているのだろう。
「多くの人と、もう一生会わないんだろうけど、悲しくないんだよ」
「そう……ですか」
あゆみちゃんのその顔は、少し悲しげに見えた。
少し、空気が重くなっちゃったな……。
僕は口の端を持ち上げて、からかうように言った。
「なに? 僕に泣いて欲しかった?」
「別に……そうじゃないですけど――」
あゆみちゃんの拗ねたような顔。見慣れたあゆみちゃんの顔。
でもね。
「でも、君と別れるのは寂しいよ。これは本当」
それは、ひょっとしたら、聞きようによっては告白にも聞こえかねないなと、僕は心の片隅で感じながら、それでも口に出していた。
授業が終わったのに、あまり長く生徒を引き留めるべきじゃない。
「さてと、それじゃあ試験頑張ってね」
「はい……」
僕の恋が、急激に終わりへと走って行くのを感じた。
「朝寝坊とかしちゃ駄目だよ」
「しませんってー」
終わりはすぐそこだ。
「一教科失敗したからって引きずんなよ?」
「分かってます」
もう目の前に見えている。
「それならよし。じゃあ――」
それじゃあ、これで終わりだ。
「さようなら、あゆみちゃん」
「さよなら……先生」
その瞬間、僕の目が少し潤んだのを感じた。
あゆみちゃんが教室から出て行く。僕はそれを見届けて、ようやく息を吐くことができた。
「これで……終わり」
瞼が熱い。目が潤む。喉が渇く。
それでも、僕は泣かなかった。
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