第48話 【ACT四】輝夜(かぐや)
「
「そうだぜ」と彼の隣にいる洒落た青年も言う。「お前が俺達に大学へ通わせて、政治学だの経済学だの色々学ばせてくれたのは、このためなんだろう? お前が行かなきゃ、みんなだって行かないぜ」
「俺は行けない。 俺には、ここでケリを付けるべき因縁がある」
グゼはそう言って、眼帯の青年を抱擁した。
「なあ宗世。
「……俺達が、暗殺者だった俺達が、未来を担うべき人材をことごとく殺したから、だろ」彼の弟は、答えた。
「そうだ。 だったらお前達が未来を担うべき人材になるしかない。 罪滅ぼしなんて戯言は良い、それはお前達の義務なんだ」
「でも、俺達に出来るのかなあ?」
「馬鹿。 出来る出来ないじゃないといつだって教えただろう。 全てはやるかやらないか、だ」
「……んでも、兄ちゃん、俺達、暗殺者だったのになあ」
「それは昔の話だ。 今のお前達は、そうだな、
「武士?」
「武力を持った、教養ある者達と言う意味だ。 いずれ民衆が力を付けるまで、武士が統治するんだ。 もう王政じゃ駄目だ。 だから、お前達がやるんだ」
「……兄ちゃん。 分かったよ」
グゼは弟から離れると、その頭を撫でた。
「お前が俺の弟で本当に良かったよ。 ナラ・ヤマタイカを頼んだぞ」
「――あん、ちゃん」
弟は俯いて、一度だけ頷いた。
港から船が出て行く、それが太陽と共に水平線の果てに消えるまで見送ってから、グゼは歩き出した。
夕闇の、人気のない港湾倉庫の群れの中に入ると、彼は言った。
「で、俺に何の用だ?」
「……感動の兄弟の別れ、中々堪能させてもらったよ」
妖艶なアルビノの青年が、グゼの前に姿を見せる。
「で、ラファエル様からのご命令だ。 ラファエル様がお前の容姿がお気に入りなのだそうだ。 私をお前の姿に変えたい、とおっしゃった。 と言う事でお前をお持ち帰りしたいんだが」
「お持ち帰りしてどうする。 俺は散々いじくり回された後に遅かれ早かれ廃棄槽行きだろう。 それに」とグゼはあっさりと告げた。「どうせお前もここで死ぬ」
それまで微笑んでいた青年が、不愉快そうに表情を変えた。
「私が『死ぬ』だって?」
「そうだ。
「……たかが
「乗れるだけ調子に乗っているウジ虫が何を言う。 俺は別に、調子になんか乗っていない」
グゼはそう言って、嘲りの表情を浮かべた。なまじ絶世の色男だけあって、背筋が凍えるような凄味があった。
「俺が今乗り潰しているのは、お前の残り少ない寿命なんだよ」
「ほう、じゃあ」とレスタトの姿が消えた。「愚かなお前に私と言うものを思い知らせてやろう!」
レスタトの気配だけが迫って来る。グゼは何もしなかった。考える事すらしなかった。何故なら――、
「!」レスタトが姿を見せて立ち止まったと同時に、爆発が起きた。それは、レスタトの美しい顔面を木端微塵に破壊する。「があ、あ、ぐ!」レスタトは思わず悲鳴を上げた。
「やっぱり、な。 ザフキエルが教えてくれたんだよ、お前の能力について」グゼは蔑みたっぷりに言った。「『他者の敵意に反撃する』、つまりお前は『サトリ』なんだな。 人間の心だの認識だのを読み、それよりも先に反撃する。 だが『サトリにとって最も恐ろしいものは何か』を、お前は忘れているな。 人間の無意識だ。 まあ、俺の場合は無意識にあちこちに地雷を仕掛ける癖なんだが」
「き、さま……!」レスタトは顔面を瞬時に再構築させて、歯ぎしりした。「空中地雷か! ザフキエルめ、よくも、よくも!」
「お前がかつて嘲った者に嘲られる気分はどうだ? 俺は最高に気持ち良い」
グゼは淡々と挑発する。
「黙れ、このA.D.風情が! 罠がいくつ仕掛けられていようと、私には通用しない!」
レスタトがそう吼えて、真正面から突進してきた。これが、実は最も危険の少ない攻撃経路であった。いくら空中地雷などの罠があろうと、同じ空間に仕掛けられる数は限られているからだった。
レスタトは体をボロボロにしつつもグゼに近接した。そして殺そうとする。
「おっと」グゼはひょいひょいと軽くステップさえ踏みながらレスタトの猛攻を躱す。両手をポケットに突っこんで、気楽そのもので。「そうだ。 教えてやろう。 俺の能力は『危険を察知する事』だ。 つまりお前が俺の危険である限り、核ミサイルでも使わないとお前の攻撃なんか当たらないんだぞ?」
「……ふ、ふふふふふふ!」それを聞いた途端、レスタトは笑いだした。「何てまあ、弱っちい能力だ!」
「ああ、弱いのは認める。 だが結構、使いようがある能力でな」
グゼはそこで、はっとした。
「おい、まさか、」
「そのまさかだよ、グゼ君。 君はザフキエルの時に、上手い事『馬鹿』を見せてくれたからねえ!」
レスタトがそう言って己の背後から引きずり出したのは、幼い少女であった。親から無理やりにかどわかされたのだろう、恐怖に顔は真っ青になり、震えている。
グゼがぎりりと歯を食いしばった。
「どうやら俺には、とことん最後まで女運が無いらしいな」
「そう言う事さ!」
グゼは投げられた少女を素早く受け止めて地に降ろし、同時にレスタトの攻撃をもろに受けた。
化物の一撃が、人間の体に直撃した。
「――がッ!」
血反吐とけいれん、激痛。
致命傷だ。
吹っ飛ばされて地べたに転がったグゼは、本能的にそれを悟った。
……何せ、胴体が真っ二つに分断されているのだから。
「――あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
レスタトの甲高い笑い声が、遠くから、近くで、けたたましく聞こえる。
薄れていき、ぼやけて消えていく意識の中で、グゼは、思った。
――やれやれ、これで俺の勝ちだ。
「――何だと?」
レスタトの哄笑が止まった。レスタトがグゼに駆け寄り、その髪の毛を掴んで宙にぶら下げた。でろり、と内臓がこぼれた。
「これで『私』の勝ちだ。 そんな単純な事すら貴様には分からないのか?」
「いや」グゼは切れ切れの声で言った。「これで、お前は、死ぬ」
「気の毒に生意気なその口を、引き裂いてやるとするか」
レスタトがグゼの顔に手を伸ばした。
「なるほどなあ。 この前も『敵意』に反応されたのか。 じゃあ、『好奇心』ならどうだ?」
レスタトは驚く事が出来なかった。
一瞬で彼の体が混沌の闇に飲み込まれて、消えたからだった。
……落下したグゼの体を、シャマイムが受け止める。
「グゼ!」
シャマイムの呼びかけに、グゼは浅い呼吸をして、答えた。
「……シャマイム、見ろ。 親父が、迎えに、来てくれた」
グゼの視線の先には、雲間にぽっかりと輝く、望月がある。
「グゼ、応急処置を行う」
シャマイムは急いで彼を助けようとしたのだが、
「いや、いや、シャマイム、手遅れだってのは、分かって、いるさ」グゼの目には、光り輝く満月だけがある。
「やーっと死ぬのか、この女の敵」I・Cがスッキリしたように言った。「ざまあ見ろだぜ」
「まあ、な」グゼは微笑んだ。女だったら見た途端に心臓を止めてしまいそうなほど、魅力的な笑みだった。「……なあ、この世界を、滅ぼさないで、くれ」
「そんなのお前に言われて決める事じゃねえよ。 俺がもう決めているんだ」I・Cはそう言って、「ったく、ウゼーから早く死ねったら死ねよ馬鹿」
「ああ、言われなく、ても……今夜は、死ぬには、良い、夜、だ」
グゼは二、三度軽くけいれんし――そして、絶命した。
……通信端末の向こうから聞こえて来た内容は、
レスタトを喰い殺すには余りあるほどの情報だった。
グゼが暴露したレスタトの能力、そして、
レスタトの弱点。
だが圧倒的優位にあったグゼの、致命的なまでの女運の悪さが、
ヤツを死に至らしめた。
……畜生め、笑って死にやがって。
お前なんか絶望と苦痛のどん底で死ねば良かったのに。
あばよ、グゼ。
あの世でも精々女に苦労して泣き叫ぶんだな。
「……グゼの死、彼の弟に伝えましょうか?」
ランドルフは沈痛な顔をして言った。グゼは女関係こそ滅茶苦茶だったが、同性相手には至極まともな男だったのだ。
「いいえ」だがマグダレニャンは否と言った。「ナラ・ヤマタイカが再興した時に、伝えるべきですわ。 それこそが彼の最期の望み、弟や朋輩に託した願いだったのでしょう? 今伝えたならば、人として誠実ではあるでしょうが、彼の願いを破綻させかねません。 いくら人として不誠実であろうと、今は伝えるべきではありませんわ。 幸いにも私は政治家ですから、汚名を被り怨みを買うのは慣れていましてよ」
「お嬢様……」ランドルフはそのまま沈黙した。
彼の主と同様に、言葉にならない思いを、胸の中に抱え込んで。
「うっうっ」ローズマリーが嗚咽を漏らして泣いている。「そんな、グゼさんまで……!」
「……戦争が本格的になったら、もっと死ぬんだろうな」エッボが呟いた。
「そうだね、死ぬね」ニナが頷いて、そのまま顔を上げなかった。
「……姉さん」フィオナが姉に寄り添ったが、彼女も俯いている。
「グゼは……女さえ絡まなければ、良いヤツだったな」ベルトランが、悔しそうに言った。「せめて……異界では、女に悩まされていない事を祈る」
「何故私を呼ばなかった!」I・Cを怒鳴りつけているのはイリヤであった。「私ならば彼を癒せた!」
「あのな、ヤツはな、かつて義理の姉を騙し殺したんだとさ。 だから自分も、まともには死ねないってのを知っていたらしい。 なあ、重荷背負って生きるのと笑って死ぬのと、どっちが救いなんだとお前は思っているんだ、イリヤ?」
「それは!」
「笑って、ヤツは月へ行ったのさ。 それがヤツの望みだった。 だからお前もぎゃあぎゃあ言うな」
「……ッ!」イリヤは無念そうな形相で歯ぎしりした。
「……珍しく、ぐ、グゼさんの悪口言わないんですね、I・Cさん」アズチェーナが不思議そうに言った。「じ、地獄に堕ちろー、とかい、言いそうなのに」
「だってこれで俺がモテるようになるからな」I・Cは物凄く嬉しそうに、「ありがたい限りだぜ」
だが、その瞬間、それまで沈み込んでいた特務員達がいっせいに顔を上げて、
「「いやそれだけは絶対にありえない」」
「無理だろ」
「不可能でしょ」
「奇跡が起きても、なあ」
「それこそ死んだって、じゃないの?」
「無茶と無駄の極みだろうな」
キレたI・Cが、一番間近にいたエッボに酒瓶を投げつけて、だが避けられた。
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