第47話 【ACT三】聖母(テオトコス)
この頃、マグダレニャンはどうも体調が優れなくて、疲労が溜まったのだろうかと医者にかかった。
すると医者は目を丸くして、
「おめでたでございます!」
「えっ」と彼女はらしくもなく、固まった。しばし固まっていたが、彼女は、やがて微笑みを浮かべて、「あのう、ヨハンを呼んできてくれません事?」
事情を知っている医者はすぐに快諾して、病室を出て行った。入れ替わりにI・Cが入って来て、
「なーんだ、お嬢様、やーっとヨハン様とやる事やったのか」
「ねえI・C」とマグダレニャンは不意に般若の顔をして、「初めての一度きりで妊娠する、なんて明らかに疑わしくなくって?」
「クリティカルヒットしただけだろ。 別にいーじゃん、デキ婚だろうと。 ぐだぐだと無駄に長ーく婚約関係にあったんだ、どーせ婚姻届を早く出せってどいつもこいつも言うだ」
ろうに、とそこまで言いかけたI・Cは、主からの殺意を感じてぎょっとした。
「私、私の寝室に入れた事のある異性はヨハンとランドルフと貴様だけなのですわ」
「お、俺は無実」最後まで言う事が、I・Cには許されなかった。
彼の顔面にケーブルを引きちぎられた医療モニターがめり込み、体液と血液をぶちまけて彼は倒れた。その彼に上乗りになって、マグダレニャンは折れたモニターの残骸を手に、宣告した。
「今ここで確実に殺しますわ強姦魔。 男が何億人いようが、私が産みたいのは唯一ヨハンの子だけなのですわよ!」
骨肉に金属がぶち当たる恐ろしい音が響いた。
I・Cが身をひっくり返し、悲鳴を後回しに、這いずって逃げようとした、その背骨に次の攻撃が命中した。I・Cが声も無くけいれんした、その時に病室にシャマイムが駆け込んできて、
「ボス、I・Cからの暴言で体調を」余計に悪くしていないか、そんな事を聞く前に、シャマイムは咄嗟にマグダレニャンを背後から羽交い絞めにして、「ボス、I・Cの処刑はランドルフ及び特務員が率先して実行する!」
「あらシャマイム」とマグダレニャンは鬼女の形相で、「医師に胎児の遺伝子鑑定を即刻実施して欲しい、ヨハンと一致しなかった場合は堕胎手術を、と伝えなさいな。 それと」
「?」
「I・Cの能力の中には、眠っている女を強姦する力もありますわよね?」
「……該当する能力の発動現場の目撃体験が自分の記憶域には存在しないが、I・Cの場合は女性の強姦そのものが容易に可能だと判断する」
そしてシャマイムも、もはや液体窒素の方が温かい、そんな目でI・Cを見た。
「シャマイム!」I・Cが触れる事さえ汚らわしいと言いたげなシャマイムらの冷たい眼差しに、「俺は無実だ!」
けれど、彼の場合、無実の反対の悪行しかやっていないので、誰も信じてなどくれないのである。ここにいる、二人もそれは同じで、
「どう考えても嘘ですわね」
「是」
そこで、
『あ、あのう』完全に怯えきっている、そんな声がした。
「「?」」
二人がそっちを見ると、いかにも善人そうな青年が立っていた。
『こ、こ、こんにちは、お母さん。 初めまして、僕が、子供』
次の瞬間、火事場の馬鹿力でぶん投げられたモニターの残骸が宙を舞い、病室の壁に激突して粉砕された。
「貴様か!」マグダレニャンが青年に襲い掛かった。「殺してやりますわ!」
『ち、ちが』逃げて青年は病室のドアを半泣きで叩いた。『助けてお父さん!』
「マグダ!」今度はヨハンが駈け込んで来た。「落ち着くんだ!」
その顔を見た途端にマグダレニャンは泣き出した。
「私、ヨハンの赤ちゃんしか産みたくない! 他の男のなんて死んでも嫌!」
彼女を抱きしめて、ヨハンは言った。
「安心するんだ、彼は紛れも無く僕らの子供だ。 良いから落ち着いて、ベッドに寝て。 興奮すると体に良くないよ」
「お前」I・Cが、唖然としていた。「お前……」
『ああ、うん、随分と久しぶりになっちゃったね、魔王』青年はI・Cを見て、穏やかに微笑んだ。『お母さんが君の上に馬乗りになって暴行しているのを見たから、これは……と思って先にお父さんの方に助けを求めに行ったんだ』
「おい、いつもの自己犠牲で俺を先に助けろよ」
『うん、ごめん。 いやあ前のお母さんも凄かったけれど今度のお母さんはもっと凄いねえ』
「そりゃそうだぞ、だってこの女は自ら修羅の道を歩くと決めた女だ」
『うん、知っている。 だから私のお母さんになってもらった。 ただ、その、体の成長が止まっちゃったから私も来るに来られなくてね。 成長が再開したから、こうしてやっと来られたんだけれど』
「お前、俺が何千年待ったと思っているんだ。 俺は絶望しきっていたんだぞ」
『ごめんね、もっと早く来るべきだった、けれど中々聖杯の適合者が出てこなくて。 前もそうだったけれど、人間の遺伝子は、必要性を感じないと適合者を生み出さない事が多くて、おまけに聖杯は女性だけしか適合しないから、もっと確率が減ってしまったんだ』
「言い訳うぜえ。 死ね馬鹿」
『まだ産まれてもいないのに死ねって言わないで。 本当ごめん』
「……確か、先代文明の遺物の遺伝子認証者がいわゆる適合者になるんだったな。 お前も遺物の一種だったのか?」
『正確に言うと……先代文明を自己犠牲で救った第一救世主バルベーローや女帝ピスティス・ソフィアが人間に知恵を与えた。 その知恵を継承した人間達が先代文明の遺物を次々と作り上げた。 何兆回もの過ちと進歩を繰り返し、そして文明の最高峰にたどり着いた。 その技術の中には人間の遺伝子の中にすら遺物レベルの代物を埋め込もう、と言うものもあってね。 その名残が、君達の呼称するA.D.だ。 けれど中には隔世遺伝で遺物同様の遺伝子、つまり遺伝子認証能力を持つ人間が出てくる事もあった。 けれど認証できても動力が無ければ遺物の起動はさせられない。 それが可能な精神動力をも併せ持った人間、それが適合者だ。 つまり、遺物や先代文明のそもそもの
「……そうか。 さっき偽神が聖釘を使った、とお前は言っていたな。 聖釘の本当の適合者は誰だったんだ?」
『イリヤだ。 彼の祈りは私の所まで届いた。 驚いたよ、今のこの世界でこんなに純粋で一途な、本当の祈りを知る人間がいただなんて。 彼ならね、きっと聖釘の本来の力を、己の意志では無く私達の意志に適って使ってくれただろう』
「不老不死のか?」
『いいや。 あれはただの副作用でね。 本来の聖釘の力は、己の命を人に分け与える、癒しと慈悲の力だよ。 ただ、人間の命は、人に分け与えるにはあまりにも短く儚い。 それで、副作用として本人が望む間は寿命を延ばそう、と言うものだったんだ』
「あー、あのイノシシバカはある意味じゃそうだろうな。 折角の出世街道を蹴飛ばして、己の信仰の道を歩くとか世迷言をほざいていた」
『口が悪いのは数千年経っても変わらないんだねえ、魔王……』
「魔王が美辞麗句をのたまう善人だったら気持ち悪いだろうが」
『そんな事は無いと思うんだけれど。 君の世界をそうやって限定したのは君自身なのだから、突破口も君自身なんだよ』
「うぜえ。 黙れ。 俺は数千年間広い世界に延々と傷ついて、今や小さな狭い世界に引きこもっていたんだぞ。 お前がいつ来るんだ、そればっかり考えて」
『ごめんね、ごめんね、何とか、今、来られたんだよ』
そこで青年は、落ち着いたマグダレニャンの方を向いて、言った。
『お母さん、私は神の子、
イリヤは激怒していた。彼にしてみれば未婚の女が妊娠する、などと言う事態は、のうのうと見過ごせるものでは無かったのである。
しかも、彼の初恋の相手が。
(彼女はこんなにふしだらな女だったのか!)
彼は傷心を抱えつつ、それを隠すためにも怒っていた。
『一〇年以上も婚約状態が続いていて、忙しくて届を出していなかっただけ、だと思うんだけれど……とにかく、私はお母さんの味方をするよ』
いきなりの、背後からの声。イリヤははっとした。何故ならその声は――!
「貴方は、まさか!?」
振り返れば、青年が立っていて、その青年は微笑んで頷いた。
『君の祈りはちゃんと私まで届いたよ。 君は、お母さんを愛しているんだね。 でもその愛は、お父さんの愛とは違う。 私の愛に酷似している。 君は、今でこそ頑なだけれど、本当はもっと寛容で穏やかな人間なんだよ。 ただね、君は自分を苦しめてまで私達を信じようとしていないかい? 私達が本当に君の苦しみを望むと君が思っているのならば、それは違う。 苦しみは、次なる苦しみへ連鎖してしまう。 君に、だから私は、もうこれ以上苦しまないように、本当の愛を伝えに来たよ』
「……貴方、は、」イリヤは言葉を発そうとして、止めた。全て彼には分かっているのだと、悟ったからだ。
『そうだ』と青年は言った。『私はまだ洗礼を受けていないんだった。 君の手で、私に洗礼を施してくれないかな?』
「……」そんな畏れ多い事を、と言いかけたイリヤは、青年の微笑にまた何も言えなくなる。
『畏れ多いも何も、もう必要ないんだよ。 私は君達と同じ場所に立つ。 同じ思いを分かち合う。 苦しんでいるのならばこの手を差し出し、痛みには癒しを、憎悪には慈悲を与える。 同じものを食べ、飲み、そして私は今度こそこの世界を救う。 ああ、救うなんて言葉が、上から目線の偉そうな印象で良くないねえ。 この世界の言語形態だとどうも私は勘違いされやすい。 でも、イリヤ、君だけは分かっている。 だから私は君の前にも姿を見せた。 君は私達の本質を、認識しているから。 だから、ね、お願いだ。 私に洗礼を。 この世界に落ちて来た私に、ヨハネが祝福したこの世界の祝福を、君の手で施してくれないかな?』
洗礼を受けた後、青年は、右の手の平を上に向けた。そこに一本の小さな鉄の棒が浮かび上がる。
『ありがとう、イリヤ。 君は、本来のこれの適合者なんだ。 聖釘は一本きりじゃない。 二本は――「ロンバルディアの王冠」は、あの哀れな神の基体となったけれど、この最後の一本は幸いにして私が持っていた。 この、「
「謹んで、お受けします」イリヤはそれを受け取った。それは彼にとある情報と、そして望む限りの永遠を与えた。その情報は、何と――。イリヤは目を見張る。
『ありがとう、イリヤ。 幾年、幾千年かかるけれど、いずれ全人類が君の命を共有する日がやって来る。 その日、人類は、初めて、闘争や競争を用いないもう一つの手段を使って、新たなる可能性への進化の道を歩み出す事が出来るんだ』
「なあ」I・Cは、公園のベンチでぼうっとしつつ、誰もいない空間に語りかけている。「この星の終わらせ方なんだが、偽神は一体どうやっているんだ?」
『偽神が聖釘を無理やり自分の器の再建に使って復活したために、この星は滅びへと向かいつつある。 物質で出来たものは物質で壊せる。 物質の支配者たる彼は、この星の内部に「アバドン」を生成して、この星を根こそぎ「アバドン」に食べさせるつもりだよ』穏やかに風が吹いて、I・Cの前にあの青年が姿を見せる。『彼の認識は世界の認識そのもの。 彼が願えば何でも、この星の中でなら実行できるんだ』
「んな事は俺だって知っている。 だが『アバドン』だと?」
『彼はそう呼称している。 先代文明では、「ブラックホール」と呼ばれたものだ』
「ふーん……なあ、俺は考えたんだが、この星を滅ぼしたが最後、聖王だの大帝だのに受肉中の大天使達も全滅じゃねえのか? なのに何でヤツらはあんな馬鹿にまだ従っているんだ?」
『「アバドン」の事を彼は大天使達に何一つ教えていない。 人類滅亡計画は、表向きは「シボレテ」により行われる事になっているんだ。 バベル・タワーは大天使達の最終避難場所だと思われている。 けれど実際は、「アバドン」の胎盤なんだよ』
「アイツらしいな。 世界一の自己中野郎なんだ。 否。 だからこそヤツは自称した、我こそが神である、我の他に神は無し、と」
『……魔王。 君は、そうするつもりなんだね。 君はこの物質世界を……』
「そうさ、俺はこうする。 だってな、俺の側には、未来永劫、ヘレナがいるんだぜ。 アイツの居場所だけは、何が何でも確保しておかないとな」
I・Cの側にはいつの間にかシャマイムがいた。ごくごく自然に、まるでそれが朝が来たから明るくなるような当たり前の事であるかのように、彼の隣に座っていた。
「I・C」とシャマイムは言った。「誰と会話している?」
「
「……。 お前は、この星をどうしたい?」
「救世主が来たんだ。 俺が数千年待ちくたびれたヤツが来たんだ。 なのにやっと来た今、この星を滅ぼさせてなんかたまるかよ。 それにさー」
「?」
「俺はやっと気付けたんだ。 俺達、いや人類にとっての本当の救済が何なのか、を。 それは滅びでも無く死でも無く、絶望でも無ければ諦念でも無い。 地獄も要らないし、天国も邪魔だ。 神も悪魔も何もかも不必要だ」
「では、最後に、何が残る?」
「それを俺はこれから見つめる。 お前も、一緒に、側で見ていてくれ」
「ああ。 ……結局、お前は独りが怖いんだな」
「怖いさ。 お前の温もりを知ったから」
「そうか。 お前はどうしようもない、馬鹿な男だ」
二人は、見た。この宇宙の始まりから、地球と言う星の誕生、そして生命の進化、最後に人類の歴史を全て見た。そしてそれを認識した。不完全な世界の中で、物質であるがゆえの死と生が入り乱れ、そして不完全ゆえの未知数である可能性へと挑戦し、砕け散って行くのを見た。そうして無限に等しい年月の間、可能性が進化していくのを見た。あまりにも多すぎる犠牲を払い、耐えがたい痛みに耐え、極限の苦しみにあえぎ、それでも、不完全であったがゆえに自らの可能性を捨てきれなかった生命体を、見た。その生命体がやがて人類と後に呼ばれるのを、見た。
理解できない。
人類に対する偽神の認識はそれであった。
理解できない。どうしてただの人形として生きないのか、理解できない。安寧な幸せは己の木偶人形になった時に初めて訪れる。なのに、コイツらと来たら。
だから彼は、大天使を生み出した。そして大天使に、彼の認識を分け与えた。
同時に彼は、『アブラクサス』への凄まじいまでの憎悪を延々と抱き続けている。魔術師『アブラクサス』により、彼はこの星に封じ込められたのだ。
それまでは全知全能、全宇宙全域の支配者だった彼が、この小さな星に幽閉された。
輝かしい、偉大なる過去があればあるほど、惨めな現状に耐えられないのは、彼も人と似ていた。
似ていて当然なのだ。
彼は己の姿に似せて人類を創造したのだから。
小さな惑星が実験の舞台だった。そこで彼は、人類を哺乳類の一種から時を加速させて人類へ進化させたのだ。進化のやり方は知っていた。彼もピスティス・ソフィアより生成されてしまった『アカモート』より進化した存在だからだ。
だが。
彼の被創造物たるその人類が、文明が進歩すればするほど、彼に牙を剥いた。
そもそも彼は文明の火種たる『知恵』などと言う代物を人類に与えはしなかった。本能と欲望だけの物質の体に放り込んで、本能のままに殺し合い争い合うのを観察しているはずだった。彼は知らなかったのである。『アカモート』を生成した母体ピスティス・ソフィアが、密かに人類に知恵を与えたと言う事を。
彼の意図とは裏腹に、人類は『火』を見つけ、挙句の果てに文明を構築した。神に至る文明をも築こうとした。彼は激怒して、人類を何度となく滅ぼそうとした。
なのに、第一救世主として堕ちて来たバルベーローが自己犠牲で、幾度とも行われた人類滅亡を未然に防いだ。バルベーローは幾度もの滅亡を自己犠牲で防いだため、力尽きて滅んだ。
偽神はうんざりして、しばらく眠った。ふて寝であった。彼の夢からは天国と地獄、そして原始的な天使と悪魔が産まれた。彼は夢の中でそれを人類の上に置いた。天使と悪魔は良い働きをしてくれた。人類を苦しめてくれたのである。
しかし、一人の天使、いや、堕天使の謀反によって人類の滅亡はまた妨げられる。彼の名を、ルシフェル。好奇心あふれる彼は歴史を調べ、バルベーローの存在を知った。その自己犠牲に非常な感銘を受けたために、同志を集めて人類と結託し、天使や悪魔の侵略から人類を守ったのだ。
この間、偽神は悪夢を見ているのだと思っていた。悪夢はいずれ覚める。それに、どうせ天使や悪魔ごとき、彼には敵いはしないのだと。
だが、彼は無理やり目覚めさせられる。
目が覚めた瞬間、機械仕掛けの体に閉じ込められていたと言う最悪のおまけつきで。
彼の目の前には『アブラクサス』がいた。そして彼を嘲った。
『お前はもう神じゃない。 ただの化物だ。 バルベーロー様を殺した罪、その惨めなザマで贖え、贖えるものならな。 地球文明が滅んでしまったのは残念だが、もうこれで貴様は神でなくなった。 私も地球文明の敵として間もなく滅ぼされるだろうが、貴様に復讐できた事で私は心残りなく終われる。 這いつくばって泥水をすすれ、偽神! そして呪え、己がこの世に誕生した事を!』
彼は激怒した。だが、彼の所持していた力の殆どが奪われていた。彼はもう一度人類を支配しようとした、だが、もはや以前のようには行かなかった。
またしても人類はすぐに彼に牙を剥き、反旗を翻すのだ。
彼は人類のメスとオスを一匹ずつさらってきて、交尾させた。胎児の遺伝子を改造していたら、ちょうど双子のメスとオスが産まれたので、彼はその双子を
なのに、である。
新人類が、かつての人類と全く同じ罪過を犯し、かつての人類と全く同じ釈明をし、かつての人類と全く同じ『知への飽くなき追求』を始めたのだ!
彼は新人類に呪いをかけて楽園から追放した。それは、旧人類を捕食すると言うものだった。これできっと、人類同士が殺しあって絶滅するだろう。彼はそう思った。
――彼の思惑はことごとく外れた。
新人類が、旧人類と手を組み、彼に叛逆したのだ!
激怒した彼は、炎より精神体である大天使を生み出した。そして人類へと猛攻撃をかけた。
途中で色々とあったものの、それが結果的には上手く行き、彼が、ご機嫌になりつつあった時だった。彼はもう一度、唯一神に戻る事が出来そうであったのだ。
第二救世主ソーテールがやって来た。
そして唯一神の教義では無く、愛を説いた。
当然、唯一神は彼を、己に最も忠実であった大天使に殺させた。
まさかその大天使が、ソーテールに感化されて己を殺すとも知らずに。
殺した、とその大天使は思っていたし、実際彼は殺されたも同然の状態だった。
魂の断片だけが、別の大天使の中に保管されていなければ、殺されていただろう。
それだって偶然だった。その大天使が偶然、失態を犯し、罰として重荷を背負わせるために彼は密かに己の魂の断片を背負わせた、それだけだったのだ。
それから、数千年。
彼は、今や己の牢獄となった惑星を破壊し、もう一度、全宇宙の支配者になる事のみを夢見ている。
「まるでお前だな」とヘレナは呟いた。「死ぬ事だけを夢見ているお前と、そっくりだ」
「実際俺なんだろうよ」I・Cは言った。「俺は色々喰ってきた。 そして喰ってきたものに知らぬ間に感化されてきた。 挙句の果てには神を喰ったから、神にも似たんだろう」
「可哀相な奴だ。 何が幸せか、何が愛なのか、何が満足なのか、何が救済なのか、何一つ理解できていない。 そして教えたって、かつてのお前のように認識を拒絶するんだろう。 哀れだ。 本当に、あれが一度は神と呼ばれた存在なのか」
「神じゃなかったらな、きっとアイツだって幸せに至れたんだろう。 この世に生れ落ちた事すら呪わしい存在、リリス・ソフィアの罪過の子。 『アカモート』の成れの果て。 本当は『神々』に認識が至ればヤツだって神になれたのに、ヤツはそこへ至る認識の一切合財を否定した」
「お前と極限まで同じだ。 だが致命的に違う。 ヤツの隣には誰もいない」
「……何でなんだろうな、何でお前は側にいてくれるんだろうな、お前の最高の復讐が『何なのか』をお前は俺より知っているのに」
「いい加減に理解しろ。 あの子の声を聞け。 あの子が、終われなかった私達に何を言っているのか、ちゃんと聞け」
「……。 歌っているな。 幸せそうに、満ち足りて……」
「あれは私が教えた歌だ。 あの子は、私の腕の中にいる。 腕の中で眠っている。 子守唄を聞きながら。 子守唄を口ずさみながら。 死を与える私の腕の中で、あの子はお前を優しく見つめている」
「……」I・Cは、声を押し殺して泣いている。
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