第46話 【ACT二】地球最後の日
「『一二勇将』を復活させてネオ・クリスタニアへ派遣した?」
秘書からの情報に、マグダレニャンが思わず唖然とした。
一二勇将。それはかつて、亡国クリスタニアを世界的大国として隆盛させた、英雄達の事である。そして――彼女の父親の家族であったと言う。
「はい」秘書ランドルフが困った顔をして続ける。「ネオ・クリスタニアの改善のためだそうですが、一体帝国が何を言っているのか私には意味が分かりません。 ただ、現状のネオ・クリスタニアでは積み重なっていた問題が恐ろしい勢いで解決されています。 あれほど厄介だったデバン諸問題ですら、ほぼ解決したと言って良いでしょう。 どうやらそれらを行っているのが、『一二勇将』らしいのです」
「……伝説的な彼らの偉業から推測すれば、不可能では無いのでしょうね、ですが――」
「はい、彼らが帝国の遣わした偽者である可能性も捨てきれません。 明後日の会合、最大限の注意が必要かと思われます」
「多分本物だぞ」と話し込む二人に声をかけたのはI・Cだった。「だって帝国のパシリの偽者だろうが、あれだけ誰もが手を焼いたデバン諸問題をこの短日に解決できるのは、それだけの能力を持ったヤツって事だ。 俺は生憎それほどの能力を持った人間を一二勇将と聖王以外に知らねえ。 それにムールムールちゃんがマルバスが来たって言っていただろう? マルバスってのは一二勇将にこき使われていた気の毒な悪魔の事だ。 一二勇将が銃殺された後、異界に連中を連れて行ったんだ。 だからまず、間違いない。 一二勇将は悪魔になって戻って来たんだ」
「悪魔になっても中身はそのままだ、と言う事かしら?」
マグダレニャンが好奇心を隠して訊ねると、I・Cは頷いて、
「そのまんまだろうな。 ちょっと体力的に増強はされているだろうが、生前からあんな化け物みたいな能力を持った人間に余計な能力付け足してどうすんだって所だ。 帝国君主の女帝の能力は、異界に行った人間や魔族を悪魔に変える力なんだが、今回ばかりはどんな能力をくっ付けるかで迷う必要は無かったんだろう」
「そう……」
父親が彼らについて懐かしそうに語っていた時の思い出が、彼女の中で蘇る。
『私はあの人達の子供なんだよ。 たった一人の、子供なんだ』
「マグダ様」そこでランドルフが時計を見て、声をかけた。「グラッジ名誉教授との面談がもうすぐでございます」
「ああ、そうでしたわね。 いらっしゃったらすぐにここへお通しするように受付へ連絡を。 それとシャマイム」ランドルフが受付に連絡を取り始めたのを見て、彼女はそれまで沈黙していた人形兵器に声をかける。「紅茶を用意なさい。 教授はお砂糖はいけませんが、ミルクはお好みでしてよ」
「了解した、ボス」シャマイムは部屋を出て行った。
「おお、お嬢様、すっかり大きくなって」とその小さな老人は車いすの中で嬉しそうに言った。しわしわの手でティーカップを包み込んで、「ご覧になれば御父君も、きっと喜ばれるだろう! ……いや」と老人は悲しそうな顔をし、「少女のまま止まっていた体の成長が再開したようだね。 聖王が身体だけは存命と聞いて、か……」
「ええ。 教授、一瞬だけ大天使より体を奪い返したお父様は私に『殺してくれ、さもなくば殺してしまう』と言いましたの。 あの声も姿も、間違いなくお父様でしたわ。 大帝の方も同じだそうですの」
老人は、悲しみをこらえて言った。
「ギーは、望んでなどいないのだ、全人類の滅亡など。 あの子は強い子だ。 例え全人類に何千回裏切られようが、それで絶望などしない。 ついにどうしようもなく絶望したとしても、その絶望に他者を巻き込まない強さを持っている。
……偽神について、聖教機構や万魔殿、帝国にあった文献や資料を全て読んだよ。 今日ここにお嬢様が忙しいのに邪魔をしたのは、その内容から推測される『人類滅亡計画』の驚くべき真の目的のためだ。
……かつてこの世界の前の世界には
「ですが、何故、全人類なのでしょうか? 偽神に帰依する人類もいますのに」マグダレニャンが訊ねると、
「きっとこの星を破壊するつもりだからだろう、この星から孵化するように」
老人はそう言って、頭を振った。マグダレニャンの瞠目に共感するように。
「この星に幽閉されたのならば、この星と言う檻を壊してしまえば良いだけの事。 だから私は、人類滅亡計画の正式名称は『
「人類も、人類を包含する全てのこの星の生命も、この星そのものも。 ……教授、私達の抵抗策は何があるとお考えかしら?」
老人は、目をつぶって、開けてから、じっとマグダレニャンを見て、告げた。
「……あまり言いたくは無いのだが、全面戦争、しか無いだろうね。 だが、勝ったとしてもだ、偽神がこの星の支配者であり、かつ――その存在性がこの世界を維持していたのだとしたら、どの道、世界は滅び、私達に未来は無いのだよ。 だが、何も抗わぬまま滅ぼされるのは私だってご免だ。 もしかすると、抗う内に何かが見つかるかも知れない。 ……希望的観測だがね」
「全人類が滅ぶ、この終末布告のおかげで世界中の治安は最悪らしいな」
「……」
「まあ気持ちは分からないでも無い。 俺だって明日いきなり全人類が死ぬとか言われたら、ショックで寝込むだろうから」
「……」
「だが俺がどうしてショックを受けるかと言うと、お前達とこうやって美味いものをまったりと食えなくなるのが悲しいからだ」
「……」
「暴徒と化して暴れるとかそんなのはやりたくない。 暴れたって、それは恐怖の誤魔化しのためであって、結局は恐怖そのものは変わらないから。 それよりも盛大にお前達と最後の晩餐を楽しんだ方が、なあ?」
「……」
「俺の親父は死んだ後、月に行った。 多分そこでウサギと遊んでいる。 きっとそこなら女なんていないだろうから、俺も死んだらそこに行きたい」
「……」
そこで男の声で喋る美女は、相手二人の沈黙に不思議そうに、
「どうした? まさかここのスイーツが不味いのか? それとも大学の講義が難しかったのか?」
「
「大丈夫か、食中毒か!?」美女(?)はおろおろする。「あんまりだぞ、すぐに病院に行って、後でこの店を訴えてやる!」
「いや、そうじゃなくて」青年の目には、山のように積まれた皿が見えている。「兄ちゃんがさっきからスイーツを凄い量食べているのを見たら、何か胸焼けが、こう、さ……」
「うん、俺もだ」向かい側に座っていた洒落た青年が、辛うじて水だけ飲んで、言った。「グゼ、オメエよぅ、食いすぎって言葉を知らねえのか!」
「いや、俺はスイーツに飢え死にしかけていたからまだ全然食べ足りない」
そう言うなり美女は七個目のレアチーズケーキを口に運んで、
「大体俺がスイーツにどうしてここまで飢えていたかと言うと、俺がだ、こういう店に女装したりデブのハゲに偽装してやって来たのに、何故かいつの間にか女の大軍に囲まれていて、恐怖のあまりに逃亡する、これがいつもだったからだ。 だがお前達と一緒で俺が女装していれば流石に女も寄っては来ない。 俺は今とても安心している」
「代わりに俺達が女共から『ぶっ殺すぞ』って目で見られてンのが分からねェのか!」洒落た青年が眉をひそめて小声で言って、「俺ァ生まれて初めてこんなとんでもねェ量の殺気を感じているんだぞ!」
「心配するな、ここの店主は男だからスイーツに毒は入っていないはずだ」
少しこの美女(?)は感覚がずれている。
「兄ちゃん、俺、殺意の視線で背中に穴が空きそうだよ!」美女の弟らしき青年は涙目である。「兄ちゃんが女性恐怖症な訳が分かった気がするよ……」
「そうだ、女は怖い生き物だ。 化物だ。 俺は女と世界に二人きりなんて事態に陥ったら火山口に間違いなく身投げする」
「――うわッ!」いきなり彼女(?)の弟が震え上がって小さな悲鳴を上げた。「俺の背中に女がフォークとか投げて来た! 兄ちゃん助けて!」
「何だとぉ!?」美女(?)は怒った。スプーンを掴んだまま席を立ちあがり、フォークを投げた女のいる席に近づいて、「私の可愛い弟に何か御用!?」
そう言うなり、スプーンを振り下ろし、固い木製のテーブルを下まで貫通させた。
けれど、女達の目にあるのはハートマークだけである。
「あらやだ! 弟さんだったの! ごめんなさーい! ところで貴女……お名前を伺って良いかしら、いやーん、だってとっても素敵で魅力的で」
美女が血相を変えて逃げ出した。会計係に財布を投げつけてカフェから逃げた。
「……行くぞ、宗世」と洒落た青年がため息をついて立ち上がった。
「うん……啓世さん」
二人は会計係のところで財布を回収して支払いを済ませると、そのホテルのカフェを出て、男子用トイレに向かった。
「……しくしくしくしくしくしくしくしくしくしく」
最奥の個室からすすり泣きが聞こえる。
「女なんて女なんて女なんて」
呪詛も聞こえる。
「兄ちゃん、あのね、もう泣いている暇すら無いんだよ」
と宗世は言った。
「もう分かっているだろうがよォ、何か知らんがこの男子トイレをちらちら見ている女が結構いるんだぜ」啓世はそう言って、「ったく、お前は女の誘蛾灯かよォ!」
「俺は女なんて嫌いだ……」
がちゃり、ドアが開いて、ありとあらゆる女を一目で虜にしそうな、魔性の美青年が姿を見せる。女装を止めたのだ。ただし、この男、気の毒なほどに泣きじゃくっている。
「なあ、どうしたら同性愛者になれるんだ? 性転換手術を俺は受けるべきなのか? 去勢すればもう女は寄って来なく」
錯乱しているのか、言っている事も滅茶苦茶である。
「兄ちゃん、落ち着いて。 とにかく、帰ろう」
宗世はそう言って、地上二〇階のトイレの小窓を蹴り破った。
「さ、行こう、兄ちゃん、啓世さん!」
聖教機構和平派拠点エルニノ・ビルに戻って来た三人は、いつになく珍しい光景を目にした。
筋金入りの狂科学者でいつも跳ねまわっている、『躁状態が通常』の青年エステバンが、何とすすり泣きながら落ち込んでいるのだ。
「エステバン、どうした?」グゼは声をかけた。「何か失敗でもあったのか?」
「……いや、失敗はね、『その方法じゃ駄目だ』って言う発見だから、いつもなら僕ぁここまで落ち込まないのさ。 僕がこんなに陰気なのは、ほら、レットの……」そこまで言いかけて、エステバンはうな垂れた。
「……ああ」グゼは合点が行った。「エステバンはウトガルド島王直々の懇願で、あっちに行ってきたんだな。 レットは、どうだった?」
ウトガルド島にて、彼らの仲間レットが、身体組織の崩壊により死にかけていて、それを助けられるのはエステバンだけだったのだ。
「僕だもの、成功はしたさ」だがエステバンはちっとも嬉しそうでは無い。「でもねえ、これでレットは人間じゃなくなっちゃった。 何となくなんだけれど、良い気分じゃなくってね……」
「それは、無理も無いな……」グゼは無念そうに言う、「だってレットは俺達全員を裏切っていたが、それは大天使達から『全人類滅亡計画』の情報を引き出すためだったんだろう? アイツは裏切り癖はあっても、性根は悪くない男だからな」
「そうさ!」エステバンは目に涙を浮かべて、「レット、大天使をやり込めた結果、どうなっていたと思う!? もうベッドじゃ駄目で培養槽の中じゃないと生命体として存続できないくらい体がぐちゃぐちゃで、臓器の大半がもう駄目で、頭蓋骨の中だけが辛うじて無事だったんだ……!」
「……そう、か」
「なのに死ぬなってウトガルド島王が泣くんだ! レット、頼むから死ぬなって泣くんだ! お願いだから死ぬなって、俺の命令だから死ぬなって、お前は俺の命令をいつも忠実に聞いただろうって培養槽にしがみついて泣き叫ぶんだ! ……見ているこっちが泣きたかったよ!」
「……それは、辛かったな」
「辛かったよ! ボスから言われた通りにしたけれど、辛かったよ!」
ついにエステバンはわあわあと泣き出した。グゼはこの青年が泣き止むまで待とうとしたが、そこに、
「全く、エステバンらしくないねえ」とシャマイムに瓜二つの白い人形兵器が出て来た。「結果的に僕は生きている、じゃなかった、存在しているんだから良いじゃないか」
「レット、か!?」グゼが目を見張る。
「うん、もうレット・アーヴィングじゃなくて、レット・『アーレツ』だけれどね」
兵器は、グゼも見慣れた情報屋の、いつものポーカーフェイスを浮かべた。
「ったく誰も彼も。 僕は全員を裏切ったのに、その裏切った全員がお人好し過ぎるんだよ。 裏切り者は当然死ぬべきなのに、口を揃えて『死ぬな』『死んじゃ駄目』『死なないで』だってさ。 呆れたものだよ、本当にさ。 どいつもこいつも大馬鹿ばっかりでどうしようもないよ」
「そうか? まあそうだな。 でも、大馬鹿な連中だから悪くないんだろう?」
グゼはそう言って、女が見たらこの男に殺されたいと思わず願うほどの魅力的な笑みを浮かべた。しかし相手が良かったので、恋情沙汰は一切起きず、
「まあね、仕方ないよね」と兵器がポーカーフェイスのまま頷いただけで済んだ。「僕だってそんな大馬鹿共が嫌いじゃないんだからさ」
そして、兵器は兵器特有の無表情になって、次のように言った、
「――あ、そうだ、聞いているだろうけれど、万魔殿からの使者が今日ここに来るんだって。 ネオ・クリスタニア、成立したは良いけれどまだ揉めている事も多いだろう? あのままじゃ正直、総力戦の足手まといだ。 でも何か帝国には策があるみたいなんだ。 けれど、それが公表されていないから変だって、それで来るみたいだ」
「へえ」グゼは首を傾げて、「帝国は何を考えているんだろうな。 いくら帝国だとは言え、あれだけ山積みの問題を快刀乱麻に解決できるとは俺にも思えないんだが」
「万魔殿も同じ疑惑を持っているらしいよ。 それで来るって――あ」
レットの言葉の途中で、グゼの血相がいきなり変わった、後ろの方で大人しくしていた弟の宗世にいきなり体当たりしたのだ。
「「!?」」
誰もが目を見張る、宗世がいた場所に青髪の青年が出現して、そしてその青年は大剣を構えていた。
「……外したか」とだけ青年は言った。
「逃げろ宗世! コイツはお前の危険だ!」グゼは背中に宗世を庇い、両手にナイフを握り、そう叫んだ。いつでも攻撃できるよう身構えて、「コイツはお前に害意を持っている!」
「待つんだグゼ、彼は万魔殿の――!」レットが止めようとしたが、
「兄ちゃん、良いんだ」
穏やかに、宗世が兄を止めた。そして殺気立つ兄を抑えて、前に出た。
「オットーさん」宗世は穏やかに、まるで全てを甘受するように言った。「俺はあの人の殺害依頼を受けた時はどうって事無かったんだ。 いつもの事だから。 でもね、あの人の側にい続ければい続けるほど、辛くなった。 あの人だけは、せめて寝台の中で眠るように殺してあげたい、と思ったよ。 出来ればあの人の寿命の方が先に、とも思ったよ。 そしてそれはオットーさん、貴方が主戦派に味方していれば可能だったんだ。 でも貴方もさ、あの人大好きだったんでしょ。 とてもあの人と敵対するなんて出来なかったんでしょ。 俺も暗殺者じゃなかったら、出来なかった。 けど俺は暗殺者だから、出来る出来ないじゃなくて、やれるやれないの問題がいつも目の前にあるんだ。 だから、やった。 それだけなんだ。 この因果の報いがいつか来る事は、何となく分かっていたよ。 それが今なんだね」
「そうだ」とオットーは短く言った。
一閃。
グゼの絶叫が響いた。
「ぐ、う――!」
両目を潰された宗世がよろめいた。
「どう、して――!?」まるで涙のように血が流れる。
「JDは最期に、青い、と言った。 お前にもう青を見る資格は無い」
それだけ宣告して、オットーは大剣をしまった。
「そう、か。 そうか……」宗世は頷いた。そして、兄グゼの腕の中に倒れた。「へへへ、兄ちゃん、俺の皮膚にゃ一切の刃物が通用しないって思っていたけれど、目だけは違うんだねえ……」
「和平派と話し合っても、何ら帝国の思惑は見えず、か……」
万魔殿穏健派幹部ロットバルドはそう言って、首を傾げた。
「オットー、どうした。 聖教機構で何があった?」
「過去の因縁の一つを切った」とオットーは無感情に言ってから、「蛇足として、ナラ・ヤマタイカが過激派からも見捨てられたらしい、と言う情報を得た。 過激派のナラ・ヤマタイカ駐屯兵団が撤退したらしい。 あの島国は、もう、終わりだろう」
「確かに、な。 目ぼしい資源も無く、利用価値のある場所でも無い。 おまけにまともな指導者が皆暗殺されている。 奇跡が起こらない限り、滅びゆくだけだろう」
オットーの言葉に、ロットバルドは頷いてから、椅子から立ち上がった。
そして、こう告げた。
「では、大帝を殺す計画を立てよう」
「この剣では殺せないのか」オットーが殺気立ち、大剣ノートゥングを手にした。
「ああ」だがいつものように、冷静に辛辣にロットバルドは言う、「君では剣の技量で大帝に負けている」
「だったらどうすれば殺せる?」
「勝つ手段は二つある。 相手より強くなるか、勝利の条件を変えてしまうか、だ。 だが君が大帝より強くなるには、現状では時間が足りない」
「ならばどうしろと?」
「簡単だ」ロットバルドは淡々と言った。「君が大帝と戦っても、必ず大帝が死に、必ず君が生き残る作戦が私にはある」
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