第45話 【ACT一】デバンとエリン
現在はアルバイシン王国属領となっているデバン地方には、国家として独立していた時期がある。
かつての亡国クリスタニアの最盛期に、アルバイシン王国とクリスタニア王国の戦争が発生した。その際にクリスタニア王国は長年独立を求めていたデバン地方の独立運動を支援し、ついにデバン公国としてクリスタニア王国への恭順を誓わせる代償に独立させたのである――。もっとも恭順を誓わせたとは言え、あまり政治的服従はさせずに、クリスタニア王国の経済圏に組み込む方を重視した政策をクリスタニア王国は取ったため、事実上デバンは独立国家になった。長年の夢が叶い、感激したデバンの民はクリスタニア王国とアルバイシン王国の戦争に、我先に参戦した。二カ国の挟撃に遭ったアルバイシンは歴史的大敗北を喫し、独立できた上に長年の怨敵相手に大勝利を掴み取ったデバンの民はクリスタニアへ熱狂的好意を持つようになった。特にデバンの公族アブスブル家は当時のクリスタニア国王クレーマンス七世やその忠臣一二勇将に対して、ほとんど信者と言っても過言では無いほどの崇敬の念を抱いていた。
これにはクリスタニア王国側の事情も関与していた。クリスタニア王国では貴族連中と一二勇将が敵対する寸前までお互いにお互いを嫌っているのである。
クリスタニア王国を繁栄させたい一二勇将にとっては不運にも、クリスタニア王国の国土の大半で立地の良い場所は、王家の所有物か貴族の所有物になっていた。つまり民間企業が発展し、立地の良いそこに新たに工場や会社を作りたくても、そう言う場所は大体貴族が所有しているので、土地代が馬鹿にならないのである。クリスタニア王国の貴族と言えば悪名まみれで、賄賂と贅肉にまみれているのが当たり前、であった。『国家のダニ』『寄生虫』などとクリスタニア王国の民からも嫌われている。
しかしデバンは違う。デバンならば貴族も口を挟めない。一二勇将はデバンを経済特区に指定した。民間企業はこの好機を逃がすものかと次々にデバンに進出し、土地を買収して工場や会社を作った。
結果、クリスタニア王国だけでなくデバンにも順調な経済発展がやって来た。着実に利益を積み重ねていく民間企業は、クリスタニア王国の民のみでは人手が間に合わなくなり、その解消のためにデバンの民も雇った。勿論、従業員のためにインフラや公共設備も整備した。デバンではそれまで、アルバイシン王国による重税や弾圧の所為でインフラも公共設備もろくに整えられなかったのだ。おまけにデバンの民は『クリスタニアへの恩返しだ』と勤勉に働くので、クリスタニア王国の企業はデバンの民の雇用を着実に増やしていく。
最後に、デバンがクリスタニア王国とアルバイシン王国の『間』に存在していた事もクリスタニア王国にしてみれば『幸運』であった。敵国アルバイシンとの間に『緩衝地帯』があって、しかもそこが自国に対して熱狂的好意を持っているのだ。クリスタニア王国にとって不利な事は何も無い。決してデバンをぞんざいに扱ったりせずに、この状態を維持していこう。
それで、クリスタニア王国とデバン公国の関係は蜜月そのものであった。
……しかし、国王が代わった。新国王と不仲であったため、クリスタニアの繁栄を維持してきた一二勇将は処刑された。それから一直線にクリスタニアが滅んでいく間、その経済圏に組み込まれていたがゆえに、致命的な経済的打撃を受けたデバン公国は、その隙にアルバイシンに軍事制圧されてしまった。
以降、かつてのような独立を求める運動が、延々とデバンの民の間で続けられていた。だがその独立の仕方によってデバンの民も分裂した。万魔殿と結託する者、聖教機構に力を借りる者、色々といた。だが、最も数多くの民の間で支持されており、かつ現在で最有力な勢力は、アブスブル家の末裔に率いられた、『新デバン公国』であった。
アブスブル家末裔、デバン公国が存続していれば『ペトロニラ女公』と呼ばれたはずの少女は、話を聞いて思わず顔をしかめた。彼女が『新デバン公国』の君主であった。
「ネオ・クリスタニアの結成に当たり、我らの参加も要請する、だと?」
「はい」と新デバン公国きっての外交官ラミロは頷いた。「ネオ・クリスタニア成立のあかつきには、デバンの独立を正式承認する、との事です。 同様の駆け引きがアルビオンとエリンの間でも行われている様子。 いかがいたしましょうか」
少女は祖先からの苦々しい歴史を振り返って、言った。
「信用ならんな。 ヤツらが我らに今まで何をしてきたのかを思えば、とても」
迫害。差別。度重なる弾圧。あまりにも数多く殺されてきた独立運動家や、民。
「同感でございます、ですが……」とラミロは黙る。
「帝国がネオ・クリスタニア成立にあたり、裏で動いていると言う噂か」そう言いつつ少女は考え込む。「今まで帝国を敵に回して無事だった国は存在していない、からな……」
「エリンの動向を見てからでも、遅くは無いでしょう。 エリンとアルビオンが本当に和解したのならば、我らにも可能性はある、と見て良いはずです」首相のセルソが呆れ気味に言った。「ですがあのアルビオンとエリンが真に和解するとは、とても思えませんがね」
エリン公女メイヴは最初はこの青年を人質に取ろう、とすら考えてしまった。
アルビオン王太子エドワード。
人質にすれば、かなりの効力を持った対アルビオン用のカードになる事は間違いない。
だが、ほとんど単身でアルビオンからの使者としてやって来た若者を人質に取るなど、国際的批難を浴びる行いである事も間違いないのだ。
「……それで」と彼女は言った。病気がちの父親の代わりに若い身の上で政務を執っているとは言え、彼女の政治的能力は確かなものであった。「全エリンの独立をアルビオンは、エリンのネオ・クリスタニア参加と言う条件を満たすならば認めると?」
「ええ。 北エリンをも含む全エリンの独立を認めましょう。 どの道ネオ・クリスタニア成立のあかつきには列強諸国間の国境線と言うものが消失しますから」
そうエドワードに言われても、彼女はまだ半信半疑であった。
「では、先に北エリンの治安維持部隊を撤退させて頂きたいのですが」
「それは、」とエドワードが何か言いかけた時、彼の側に付いていた老軍人ハリーが言った。
「北エリンに在住するアルビオン人の生命と財産、そして自由の保証をして頂けるならば、直ちに撤退させましょう」
「……要は治安維持部隊がいた時と同等の権限をアルビオンに残すならば、と言う事ですか。 北エリンの海洋資源問題は、では根本からは解決はしないですね」
アルビオンが北エリンに根深く執着する原因が、それなのである。北エリンに住むアルビオンの民の大半も、北エリンの海洋資源採掘産業に従事している。
「資源を取り扱っているアルビオンの国営企業を廃止させましょう。 ですが新たな企業をそちらが創始する際には、確実に馘首されたアルビオンの民も雇っていただく。 これでこちらの譲歩できるものは全て譲歩しました。 今度はそちらの番です」
エドワードはそう言って、じっとメイヴを見つめた。
「……」彼女は考え込む。確かに、アルビオンが切りうるカードは全て切られた。そのカード以上のものをエリンが求めた場合、この交渉は決裂する。だが、あと一つだけ、エリンには必要な事があった。「謝罪無しでエリンの民がこの全てを受け入れるかどうか、です」
そう言って彼女は、試すかのようにエドワードを見据えた。すると彼は、
「良いでしょう、私で良いなら即刻エリンの公営放送で謝罪しましょう。 それで全てが丸く収まるならお安いものだ。 さ、すぐにでもマスメディアを呼んでくれませんか?」
にっこりと笑って、そう即座に言って返したのである。
何と言う!メイヴは唖然として、度肝を抜かれた。やられた。彼女がアルビオンをへりくだらせるつもりが、逆に彼女がアルビオンに見下ろされたのだ!
だが、一切の反撃手段も道義も無かった。先に攻撃したのは彼女であるからだ。
(やれやれ)それらを全て傍らで見ていた老軍人ハリーは思った。(この御方も、間違いなく大物になるな)
ネオ・クリスタニア成立。
だが一つの旗の元に結集した彼らには数多の問題があった。まだデバンの問題が解決していないのと、軍事や政治・経済の中心地をどこに置くか、またそれらの統合問題、また情報の共有や分析に不慣れであった事、そして更に、ウトガルド島から全世界に発信された、最悪の信じがたい情報『偽神の復活と全人類滅亡』にどう対処するか、そして聖教機構や万魔殿といかに協力していくか……、とにかく生まれたての彼らには、解決すべき問題がこれでもかと積まれていたのである。
メディチ財閥当主グラートは、新聞を読みつつ、ふとため息をついた。彼はウトガルド島に並んで世界に経済的影響力のあるメディチ財閥の二代目当主であった。メディチ財閥は、『ユースタス支援基金』と言う機構を設立して、将来有望だと判断した若者に返還不要の全教育費の支援を行っていた。そして、『メディチ賞』と呼ばれる、主に芸能・学問分野でそれぞれ功績を挙げた者へ授与される、世界一名誉な賞の授賞式を毎年ごとに催していた。
『メディチの女に馬鹿はいない』と巷では言われている。『仮に馬鹿がいたとしても、有能な男を連れ合いに選ぶ力を持っている』と。
何故か、メディチ家は女ばかり生まれる家系であった。グラートだって元はメディチ家先代当主のユースタスの娘婿であった。彼は孤児であった。親も兄弟もいなかった。一人で生きていくために孤児院で必死に学問をやっていた一六歳の時に、後に彼の妻となる娘が、親に連れられてその孤児院を訪問してきた。
その出会いは、彼にとって忘れられないものとなった。いかにもお嬢様と言った風情の少女が、執事に手を取られて高級車から降り、親共々、孤児院に入ってきた。院長から誰も彼もが寄付金欲しさに作り物の笑顔で出迎えた、その時、少女が露骨に嫌そうな顔をして言ったのだ。
「ねえパパ、お金はこんな嫌らしい笑顔を人に作らせるのね」
「!」
グラートは驚いた。箱入りの世間知らずのお嬢様だと思っていた、それがこんなにも鋭いとは。少女はうんざりとした顔で、凍りついたその『笑顔』を次々と見ていたが、グラートに目を留めると、目を丸くして言った。
「パパ、この人は違うわ!」
それがきっかけで、グラートはユースタスと話す機会を得た。ユースタスは何故か彼を気に入って、彼の学費を全部支払ってくれた上に就職先――メディチ系列の小さな会社だった――まで斡旋してくれたのである。だが、就職先の斡旋については一つだけ条件があった。
「上の娘を貰ってくれんか。 親の私が言うのも何だが、なかなかの器量良しだ」
実はその娘さんとは今も隠れて交際しています、とは口が裂けても言えなかった彼は、表向きは素直に喜んだ。裏では多少のユースタスに対する罪悪感はあったが、幸いそれはこれからの彼の行いで払拭できるものであった。
メディチ家の女はこれまた性格も気質もそっくりだった。気が強い癖に情が深い。そして異常に勘が鋭い。例えば、ある大企業が右肩上がりだと言うニュースを聞くと、その大企業はもう駄目ね、と突然言い出す。そしてその予言は恐ろしい確率で短期間の内に的中するのであった。逆に融資を求めてやって来た裸一貫に近いようなベンチャー企業の社長で、この人は間違いないと言う者に融資すると、数年後にはとんでもない額のお釣りや社会的貢献が返ってくるのだ。更にユースタス支援金に応募してきた金の無い、しかし未来がある子で非常に親身になって接した場合は、それもほぼ外れずに的中する。泣きながら感謝の言葉を述べたその子は、例外なく数十年後に大成する。
そのメディチ家の女達が口を揃えて言っていたのである。
強硬派と過激派は嫌だ、両方とも言葉にならない嫌悪感がある、と。
そして、この前発生したゲルマニクスでの『史上最低のテロ行為』に女達は皆揃って憤激していた。
よって、その過激派と強硬派が崇める神が人類を滅ぼすと言う布告にも、女達は異口同音に、『お前を信じる方が嫌に決まっているじゃない!』
この大金持ちの癖に正義感が強いと言う、愛すべき一族の事を思う都度、グラートは己はいくら泥をかぶっても良いから皆を守りたいと言う強い思いと、だが皆の思いを踏みつける事も出来ないと言うジレンマに苦しむのであった。
当主がグラートに代わってもメディチ財閥は栄えていた。彼らは手広く商いをしていたが、『死の商人』にだけは決してならなかった。何故なら、メディチ家の成祖にして初代財閥当主のユースタスが、生前、しょっちゅう、あざとたんこぶまみれになって帰宅したからである。そしていつも、
『オリエル(全戦無敗を誇った軍人である)の馬鹿がまた軍事費を寄こせと襲ってきた!』と喚いたのであった。
それで、彼らは軍事関連の企業だけは嫌がって作らなかったのだ。
(ネオ・クリスタニア成立自体はありがたい事だ。 こちらとしては関税問題だの紛争問題だのが解決するめどが立ったも同じだからな。 だが……)
ふと、グラートは、昔を思い出して、泣きそうになった。
(かつての亡国クリスタニアを支えた、義理父さんが生きていてくれたら)
彼の義理母カロリーナは、今、お庭で日向ぼっこをしている。オーディオ・セットで古い音楽を聴きながら、だ。彼女はいつもにこにこしている。何とも可愛いおばあちゃんだ。だが、酷い認知症にかかっていた。
別に徘徊するとか暴力とか排泄がどうとか食事が取れないとか、介護が必要なものでは無いのだ。いや、そちらの方がどれだけ精神的にマシかと、メディチ一族に痛感させるほどの悲しい認知症であった。
彼女は認識できていないのだ。
自らの伴侶ユースタスが数十年も昔に殺されて死んだ事を。
だからいつもにこにこしていて、誰に対しても親切で、一見すれば『本当に可愛いおばあちゃんだ!』なのである。
ひ孫も出来て、勿論そちらも可愛がるのだけれど、でも彼女はいつも思い込んでいる。
自分の夫は、また仕事が忙しくて帰って来ないだけなのだと。
「あ、貴方!」その時、グラートの妻が、真っ青になって部屋に飛び込んで来た。「大変よ!!!!!!!!!! 大変なのよ!!!!!!!!!」
「どうした!? 何があった!? しっかりしろ!」
グラートは新聞を捨てて、へたり込んだ妻に駆け寄って、抱き起す。
「あ、あ、ああ、ああああ!」だが妻は青くなって、部屋の外を何度も震える指先で指すきりでもう言葉が出ない。部屋の外には、人の気配がする。
「何だ!? 誰だ!」
グラートは叫んで、拳銃を手に部屋から飛び出した。
そして、廊下で声も無く白目をむいて昏倒している彼の義理弟夫妻と、てきぱきと彼らを介抱する男、それとは別の男女十数名、その中に懐かしい顔を見つけた。その顔に記憶が思い当たった途端に、彼も、驚きすぎて意識が飛んでしまったが、倒れる前に運よく拳銃が手から床に滑り落ちたはずみで暴発、銃弾が窓ガラスを直撃したので、その音で我に返った。
「ああ」と彼は己の死すら悟った。「お、お迎えに来て下さったとは……」
『いや落ち着け、グラート。 お前もまだ生きているのだよ。 事情はコイツらが話すから、カロリーナはどこにいる?』
……と、確かに数十年前に殺されて死んで埋葬されたはずの義父ユースタス張本人が、とても困った顔をして言った。
『カロリーナ』
と彼が呼んでも、彼女はぷいっとそっぽを向いたきりで、こちらを見てくれない。
「まあ酷いわねユースタス! 数十年も私を一人ぼっちにして! おかげ様で私はすっかり認知症のおばあちゃん扱いよ!」
『ごめんなさい。 ……でも、どうして私達がこの世に戻って来る事が分かっていたんだ?』
「絶対に教えてなんかあげないんだから! ……あえて言うなら、女の勘よ。 この世界はきっとまだ貴方達を必要としている、そんな気がずっとしていたのよ」
『……事実、そうだ。 今、それで、私達はこの世に戻って来た』
「偽者の神様が全人類を滅ぼそうとしている、そうね。 それをさせないために貴方も、戻って来たんでしょ?」
『……ああ。 ごめんな、カロリーナ、一人ぼっちにしてしまって』
「許してほしかったらキスを頂戴! ハグして愛しているって言ってくれなきゃ、こっちの怒りは治まらないの!」
……その名は、もはや伝説と化して、列強諸国に刻印されている。
一二勇将。
人類最強にして最高の、円卓を囲んだクリスタニアの一二人の騎士達。
ネオ・クリスタニア上層部はメディチ財閥から丁重に飛空船で送られてきたその面々を目撃して、絶句する者、黄色い悲鳴を上げる者、そして、握手をしようと進み出て来た者、様々であった。
「オリエル、久しいな」ハリーは、そう言って、固く『常勝将軍』オリエルの手を握った。老いぼれてしなびた彼のまぶたに浮かぶのは、かつての宿敵の相も変わらぬその姿だ。それが、目の前の男の姿と重なり、少しだけぼやけた。「どうやらお前達は、あの時終わっても、まだこの世界に必要とされているようだ」
『まあそうだな!』デリカシーの欠落した、いつものあの大声でオリエルは言った。『神が全人類を滅亡させようとしているなら、全人類が結集して神に立ち向かうのも、まあ手段としてはアリだ!』
「お前ならネオ・クリスタニア総軍の指揮を執れる。 いや、いずれは聖教機構や帝国、万魔殿軍も加わるだろう。 それらと連携しつつ、軍紀を維持し、総指揮を取れるのはお前だけだ。 お前が率いた軍は最強の軍隊だからな」
『最強の軍隊の構築と維持なんぞ簡単だぞ! 軍紀違反者はいかなる理由があれ斟酌すべき事情があれ、その場で銃殺する、これだけだぞ!』
「ははははははは!」ハリーは心底から笑った。コイツはいつもこうだった。いつだって、こうだったのだ!「そうだ、それだからお前はお前なのだ!」
『デバンがまだ問題として残っているとか』早速仕事をしようとしているのは、アナベラである。『詳しい事情をお聞かせ願えませんか、イグナティウス八世?』
「御助力いただけますか、ありがたい」アルバイシン国王イグナティウス八世はほっとした顔をした。彼も、デバンの民でクリスタニア、特に一二勇将へ悪感情など抱いている者などいないと知っていたのだ。そしてこのアナベラは『カミソリ』と言われた名外交官である。「実はデバンのレジスタンス達の間で対立が起きているのです。 主にネオ・クリスタニア成立に賛同する新デバン公国側と、それに反対するデバン解放前線側とが、内戦状態で激突していると言っても過言では無い有様でして。 何故デバン解放前線があそこまで強硬に反対しているか調査させたのですが、理由は単純明快、金なのです。 彼らは万魔殿過激派や聖教機構強硬派と金で癒着していて、ヤツらの言いなりなのです。 かと言って我々アルバイシンが介入すれば、事態は余計に悪化します。 ゆえにどうしたものやら、本当に弱っていたところなのです」
『なるほど。 ではあちらの部屋で、具体的な対策の検討を始めましょう』
アナベラはそう言って、会議室を示した。
彼らが来た途端に、恐ろしい勢いで問題が解決され始めた。具体的な内政はアンデルセンが、法律関係はランディーが、官憲の運用はクロードが、医療福祉問題はDr.シザーハンドが、情報収集と分析はマダム・マクレーンとゲッタが、経済関係はユースタスが、そしてアルトゥールは研究室を(強奪に等しい手口で)貰うなり、そこに引きこもって時折背筋が凍るような奇声を上げ、イヴァンはそんな彼らの護衛をした。
そして、グレゴワールは、険しい顔をして、そんな彼らを統率していた。
『ギー坊やが大天使に乗っ取られた』
忌々しき事態であった。彼らが大事に慈しみ育て、命がけで生かした若者が、世界を滅ぼそうとする者の一員になっているのだ。しかもそれは坊やが望んだ事では無く、無理やりに体を乗っ取られた結果なのである。
(誰も彼もこの世界の滅びなど望んでなどおらぬ。 だが坊や、それはお前も同じだったはずだ。 ……大天使よ)グレゴワールは静かに、だが極限まで腸が煮えくりかえるのを感じた。(よくも可愛い坊やを!)
「グレゴワールよ」その時、懐かしい声がして、彼は振り返った。電動車いすに乗った、本当に小さいしわくちゃな老人が、部屋に入って来た。「ギー坊やを解放する手段について、聖教機構にいる彼の娘が言っていたよ。 どうあっても殺すしか無いらしい、と」
『サミュエルか』グレゴワールは、ふと顔をほころばせた。『お前も本当に長生きだな』
老人は、頷いた。小さな、けれど叡智に溢れた目でじっとグレゴワールを見て、
「……クリスタニアが滅んだ後、坊やが私を拾ってくれたのだよ。 そして聖教機構管轄下の大学の教授の椅子を一つ、くれた。 だから衣食住には困らなかったし、家族も養えた。 持病のぜんそくは死ぬまで治らないだろうが、おかげさまで一病息災だったのだろう」
『そうか。 ……坊やは、殺すしか無いのだな』
「坊や本人が大天使を一時的に乗っ取り返した時に叫んだそうだ、殺してくれ、さもなくば殺してしまうと。 万魔殿からも似たような情報が来ているそうだ。 大帝も、同じだと」
『ふむ。 では第一の問題は、いかにしてネオ・クリスタニアを坊やの聖槍の猛威から庇うか、だな。 世界を滅ぼすまでは行かなくとも、あれには成立間もないネオ・クリスタニアを崩壊させるだけの破壊力がある。 こちらの主要都市を全撃破されたら、それは免れない。 どうしたものか』
『あーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!』けたたましい奇声と共に部屋に入って来たのはアルトゥールであった。『グレゴワール、その言葉を私は待っていた。 今さっき研究が成功した。 アルビオンからかっぱらった……ゲフンゲフン、貸してもらった「
「もう化物だ」サミュエルが思わず言った。ほとんど嘆くように、けれど少しだけ笑うように。「唯一、聖槍の直撃にも耐えた『盾』の機能を拡張させる事に成功するなど、人間とは思えない」
『賛辞と受け取っておく! ひゃーっはっはっはっはっはっはっはっは!』
『次の問題は、ではデバンだな』とグレゴワールが言った瞬間、ユースタスとアナベラが部屋に入って来て、
『片付いた』と言う旨の言葉を異口同音に言った。
『新デバン公国をデバン統治政府として正式承認し、様々な経済支援を行った結果、デバンの民はこちらになびいた。 そりゃあインフラをただで整備してくれる、食料にも困らない、就職先だってある、となれば誰だって安定志向に走るものだ』ユースタスはそう言ってから、『要は大衆の正当性をこちらが所持すれば勝ったも同じ、だろうアナベラ?』
彼女は、ええ、と頷いて、
『デバンの民に全ての事実を公開し、どちらに付けば利があるか明確にすれば、簡単に解決する問題でした』
『そうか』グレゴワールは頷いた。『では聖教機構、万魔殿、帝国との連携が次の課題だな』
『疲れました……』
そこにヘロヘロになりつつ出てきたのが涙もろい悪魔のマルバスであった。早速にさめざめと泣きながら、
『本当、悪魔が過労死するって、どんな酷い冗談ですかシクシク。 ええと、とにかく、報告を。 万魔殿、聖教機構、帝国それぞれの幹部が明日に聖地エルサーレムで会合を開くので、それに来ていただきたい、との事でした。 ったくアスモデウスさんもムールムールちゃんも、私をいじくり回すんですよ! 最近のオムツは臭いが漏れないとか高機能だとか! 私が好きで漏らしているとでも思っているんですか!』
『よし、ネオ・クリスタニア代表各位と私達も行こう』グレゴワールは言った。
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