第42話 【ACT六】裏切りの裏切りの、真意
天国へ至る門は狭い。そんな言葉を、ふと思い出した。狭き門より入れ。滅びに至る門は広く大きい。
レット・アーヴィングは微笑みながらウトガルド島王に近づいていく。「どうしたんだい、ジョニー、そんなに警戒してさ?」
「レット、俺は……!」ウトガルド島王は、悲鳴を上げるように彼の名を呼んだ。「もう止めてくれレット、そうしたら俺達も、」
『駄目です!』女悪魔のプロセルピナが絶叫した。『あれはもうレットであってレットじゃありません!』
ウトガルド島のカジノ・フロアに詰め寄せている警備兵達、そしてその大半が床に転がっている。逃げおおせた客達、間もなく傭兵都市ヴァナヘイムからもこの惨劇を解決するべく増援がやって来る。
『そうだ、プロセルピナよ、私の真の名は大天使ラファエル! 貴様ら背教の輩を絶滅させるべく使わされたのだ!』
レットの口がそう動き、そしてレットの背中から、青い翼が生えた……。
『く、くっ! ジョニー、良いですね、私がヤツを殺します。 レットは魂を大天使に売ったのです。 もはや取り戻す手段はありません、貴方の死を与える以外には!』
プロセルピナはそう言って、手中のザクロを握りつぶした。
「止めてくれ! レットは俺だけは裏切らないんだ! いつだってそうだった! いつだって、いつだって!」だがジョニーが、必死に彼女にすがった。
『ジョニー、駄目です、相手はレットじゃない、大天使なんですよ!』
「でも、俺が耐えられないんだ! レットの姿をしたものに銃弾ぶち込んで、しかも今度は臓器を握りつぶすなんて、もう!」
『相手は癒しの大天使、臓器を握りつぶしたところで殺せるかどうかは五分五分なのですよ!?』
「ジョニー、だから、何に怯えているんだい?」
一歩。微笑みを浮かべつつ、レットはジョニーに近づいていく。一歩。ジョニーの絶叫と無数の銃声が響いた。だがレットは全身がハチの巣のようになっても、まだ立っていて、しかも体は人間にあるまじき速度で再生回復を始めた。
「うーん、くすぐったいけれど、邪魔だね」レットの体が、視界から消えた。警備兵の最後の一人が倒れた時になって、彼はようやく姿を見せる。
ジョニーの、眼前に。
「さあジョニー、何を怯えているんだい?」そう言ってレットは、ジョニーの顔を両手で固定し、じっと覗き込んだ。
『させるかッ!』プロセルピナの右手がいきなり消えた。同時に、レットの心臓がその手により握りつぶされる。
『無駄だ無駄だ』だが、レットの口が動いて、嘲った。『私はこの者に不老不死を与えてやった。 心臓を潰されるくらい、どうと言う事は無い』
『そんなッ!』プロセルピナは真っ青になって、後ずさる。『止めて、それだけは! それだけは、お願いよ!』
『どこの世界に悪魔のお願いなんぞを聞かねばならない大天使がいるのかね?』
ジョニーの瞳がレットの瞳を映す。ジョニーの、怯えてなどいない強い目を映す。
「俺はお前になら何千回裏切られたって良いんだ。 だってお前の裏切りは、いつだって俺のためだったから」
そう、ジョニーは、断言した。
「ふうん、相変わらず君は呆れるほどのお人好しだねえ」
レットはにやりと笑って、彼のA.D.としての能力を発動させた。
絶叫が上がった。それは獣の断末魔に近い、ぞっとするような叫びだった。
『――あああああああああ!』思わずプロセルピナが覆った口から悲鳴を上げる。
『キサマ、オレヲウラギッタナ!』
青い翼が、無残に散った。
『キサマ、コノオレノココロノトビラヲタタイタナ!!!!!!!!!』
ラファエルだった。ラファエルが、レットの背後で、苦悶に顔を歪めていた。
『ヤツノメニウツッタオレノメヲ、ミタナ! オレノココロヲミヤガッタナ!』
「その通り。 最初から僕はそのつもりだったんだけれどね。 まあ」とレットはいつものポーカーフェイスを浮かべて言った。「貴様ら大天使ごときには絶対に永遠に理解できないだろうな、人間には己の命を捨てたって貫きたいものがあるって事を!」
『ク、クソ! ヨクモオレヲウラギッタナ! キサマニハ、シンバツヲブチアテテヤル!』
ラファエルの手がレットに触れた。レットの目が見開かれ、そして――唇の端から一筋、血が流れた。
「レット!」ジョニーが咄嗟に抱き留めた時には、レットはもはや自力では立てないほど、身体組織を破壊されていた。げば、と彼は大量の血を吐いた。あまりにも、大量の。
『カクナルウエハ、レイノケイカクヲ、ソッコクハツドウサセテヤル!!!!』
そう言い捨てて、ラファエルの気配が消えた。
「レット、おいレット、しっかりしろ! プロセルピナ、すぐにDr.ゴースタンを!」
必死にジョニーはレットを抱きかかえる。だが、女悪魔は首を横に振った。
『……手遅れですよ。 もう、いかなる延命処置をもレットを苦しめるだけ……「不老不死の体」の代償は、ラファエルの外道じみた超高度回復再生技術の反動で……生きながら体の末端から細胞組織が腐って、死んで行くんです……ああ、イーサー・ジャックマンもこれをされたんだわ。 レットも、数日で……』
「嫌だ! 俺はレットが死ぬなんて嫌だ!」
「じょ、にー」はっとレットを見つめたジョニーに、レットは苦笑まじりに言った。「らふぁえるから、うばった、このじょうほう、ぜんせかいに、ひろめて、くれ……」
「どんな情報だ!?」
レットは目を閉じて、こう言った。
「
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