第31話 【ACT二】Der Walkürenritt

 和平派幹部は我先に逃げ出した。ヨハンもその中にいる。

これで良いのか。

しかし、とヨハンは思う。

これで本当に良いのか?

この世界にはこれを仕方ない、良しとする理由が腐るほどあるだろう。

 だが――これを良しとする理由がほざけ!馬鹿野郎!


 『さようならヨハン』

無残にギロチンで殺されたレオニノスの顔が思い浮かぶ。

僕はまた失うのか!

僕が無力なために、また?

僕が無力であると諦める事でまた失うのか?

『守って、やりなさい』

『どうか無事で!』

次々と失ってきた者を思い浮かべた彼の脳内が、一瞬意識を失うほど強い思念に囚われた。

彼は彼自身が傷つけられるのは構わなかったが、彼の大事な者が傷つけられる事には断じて、これ以上は耐えたくも耐えるつもりもなかったのだ。

僕は僕が弱い所為でまた失うのか?

嫌だ!

嫌だ!

絶対に、嫌だ!

諦める事も耐える事も僕は拒絶する!

僕はもう誰も失いたくないんだ!

否、誰も僕から失わせはしない!

 その瞬間、であった。声が聞こえた。懐かしい友達の声だった。

『マスター』と言うのだ、その声は。『マスター、参りましょう!』

「ああ」ヨハンはもう恐れてはいなかった。もう泣く事は止めていた。もう怯えてはいなかった。彼の眼には揺るぎない決意と悪魔のような決心と、そして己が死への恐怖すら超克した果てに生まれた覚悟があった。「行こう!」


 『――ヨハン・ヴィルヘルム・ヴァレンシュタインの精神認証完了。 「戦女神」起動、成功』


 彼の温めていた卵が、ついに孵化した。

 ――辺りが一瞬、まばゆい光に覆われた。

その光が消えた後、誰もが括目した。

天馬に乗った、巨大な白銀の戦女神達がそこに君臨していたのだ。

『KOUROROROROROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHN!』

それは、高らかに吼えた。

そして飛翔し、上空から、和平派を追撃している強制執行部隊に猛然と襲い掛かった。


 マグダレニャンは逃げていた。ランドルフに手を引かれて逃げていた。

だが、ランドルフはいきなりその手を放し、両手で大鎌デスサイズを握って、彼女に叫んだ。

「私がここで時間を稼ぎます、お嬢様、お逃げ下さい!」

「ランドルフ」マグダレニャンは唇を噛みしめた。それから、言った。「今までありがとう、礼を言いますわ」

「はは、感謝の至極!」ランドルフは快活に笑った。そして視界に入って来た強制執行部隊員を睨みつける。「この『死神』ランドルフ、容易く殺せるなどと思うなよ!」

逃げていくマグダレニャンの後ろ姿を眼の端で確認して、ランドルフは強制執行部隊員に襲い掛かった。大鎌の一閃が、漆黒の剣に受け止められる。ランドルフはぎり、と歯を食いしばった。

「貴様は、イザベル・アグレラ!」

美しくも恐ろしい女は、鼻でランドルフを笑った。

「久しいなランドルフ。 そしてさらばだ、永遠に!」

「そう言う訳には行かないのだよ。 今や私は一秒でも長生きせねばならないのだ!」

「それは出来ない相談だ、ランドルフ。 お前は今ここで死ぬのだからな」

ランドルフは強制執行部隊隊員に囲まれた。それでも彼は、言った。

「ならば精々悪あがきさせてもらおう――『永眠への誘い』!」

強制執行部隊隊員が次々と意識を失い、倒れた。

「構うな! ヤツの能力は『ヒュプノス&タナトス』、『死に至る夢と眠り』だ。 射程距離外から狙撃しろ」

イザベル・アグレラ――強制執行部隊総長は、そう命じた。

「!」ランドルフは歯を食いしばる。

銃声が無数に響く。

ランドルフが、倒れた。


 「追え」

「追え」

「マグダレニャンは単身だ」

「単身だ」

「首を取れ!」

「一番槍を上げろ!」

ついにマグダレニャンは包囲された。彼女は怯えもせず、むしろ怒りのまなざしで強制執行部隊員を睨みつけた。

「一体どうやって――何者が!」

「誰だって良いだろう。 貴様はここでくたばるんだからな」

そう言って強制執行部隊員らが銃や刃を構えた時であった。

 ――私もいよいよ、終わりですわね。

マグダレニャンはそう思った。ランドルフと離れたマグダレニャン自身に戦闘能力は皆無だ。

彼女を包囲する強制執行部隊に勝てる要因も、生き残れる理由も、何一つ無い。

彼女はここで確実に殺される。

だが、とマグダレニャンは不敵にも笑みを浮かべる。

時間稼ぎには成功した。和平派幹部の一人でも多くを逃がすことに成功した。

ヨハンも、と彼女は願う。どうか無事で。いつまでも祈っていますわ。

「何を笑っている、女狐!」

強制執行部隊総長イザベル・アグレラが一喝した。だがマグダレニャンは逆に大喝して返す、

「女狐? 人に対する口のきき方すらどうやら無知な貴様らは知らぬようですわね。 私はマリア・マグダレニャン・ド・クロワズノワ。 聖教機構和平派一三幹部の一人ですわ!」

イザベルの顔が不快さに歪んだ。

「うるさい女だな。 れ!」

武器の全てがマグダレニャンに迫った、次の瞬間であった。

白銀色のものが、どこかで、きらりと輝いた。

そして――、

もはや奇声なのか雄たけびなのか怒号なのか咆哮なのか訳の分からない大絶叫を上げて、ヴァルキュリーズ・ブリュンヒルデに搭乗したヨハンが突撃してきた。まっしぐらに突撃してきた。

天空からまるで矢が降って来るかのように銀槍を手に、天馬に乗った女神が襲ってきた!

強制執行部隊は咄嗟に彼らを攻撃した。しかし彼らは天馬の蹄の下敷きになり、あるいは銀槍の餌食になっている。

女神の強襲は止まらない。強制執行部隊隊員は次から次へと殺されていく。

「何だこれは!?」

イザベル・アグレラは能力『神の死眼サリエル』を使った、そして愕然とした。

敵わない……!?

彼ら強制執行部隊全軍の総力をもってしても、この女神には敵わない!

『神の死眼』の予測する通りに、女神の行動は、動きは、読める。

だが、それは今まさに落ちてくる雪崩の真下にいる人間が雪崩の動きを悟るのと同義であった。あるいは津波に今まさに呑まれんとする人間が津波の動きを知る事と同等であった。全ては、その時にはもう手遅れなのだ。

行動速度が速すぎる。攻撃力がけた違いだ。防御力は、彼らが紙装甲だとしたら鉄壁である。近づかれただけで火傷を負いそうなほどの壮絶な闘志は、彼女らがたとえこの女神の手足の二、三本をもぎ取ることに成功したとしても、奪えない。そして、おそらくだが、再生能力も凄まじいのだろう。行動速度に応じきれず、攻撃力は段違い。しかもそれがただの単騎ならばまだ彼女らにも勝機はあったかも知れないが――、

そこに、ヴァルトラウテ、オルトリンデが我先に加勢してきたため、彼女は真っ青になった。

敵総数、未知。

そこに他の和平派幹部らを追撃していた他部隊からの緊急通信が入った。

『増援を!』

副長ヴィクター・エイムズの悲鳴であった。

『謎の新兵器を和平派が発動させた模様! 全戦力で迎撃中、しかし戦況は圧倒的に我々が不利です!』

「!」イザベル・アグレラは唇を噛んだ。何と言う予想外の事態だ!

すぐそこに和平派幹部共の命があって、彼女達の爪牙が、あぎとがやっと届くと言うのに、それが皮一枚で阻止された!

『増援を、ぞうえ』

通信が途切れた。

……我らが主、ジュリアス様への忠義に誓って、この女狐だけは殺さねば。

イザベル・アグレラは己の得物、漆黒の剣『ストームブリンガー』を手に、歯ぎしりしつつ三体の女神を見据えた。

「私に続け!」

強制執行部隊員らは、応!と叫んだ。

この状況下ですら、最精兵である彼らは戦意を喪失していなかったのだ。

そして彼女が突撃するのに従い、女神達に襲い掛かった。

 ……彼女らはその結果を知らない。

あの世界を恐れさせた強制執行部隊全部隊がなど、この時には全く予想すらしていない。


 終わった。

 終わった。

 戦いは、終わった。

 彼が勝って終わった!


 ヨハンはもうまともに思考が出来ないほど疲弊していた。ほとんど落ちる形で、ブリュンヒルデから降りた。時は、もう、黄昏であった。世界が闇に沈み込む一歩手前の、辛うじて昼の光の名残が残っている、狭間の時であった。

今の彼には現状がろくに分からなかったが、ただ、『護れた』と言う事だけは分かっていた。叫びすぎてとうの昔に喉は枯れはて、視力もほぼ無い、耳だってぼやけた音の残響しか拾ってこない。右腕はちぎれかけてオリハルコンで補強されている。五カ所ほど骨折しているが、全身が痛い上に痛すぎて痛覚がおかしくなっているのでどこが折れているのか彼には全く分からない。

正に、満身創痍であった。

「ヨハン!」

叫んで駆け寄ってくるマグダレニャンの前で、彼はへなへなとへたり込み、大小漏らした上に嘔吐した。無茶苦茶な機体変動に加えてあまりにも激しい長い戦いは、彼の体を精神的にも肉体的にも疲弊させきっていたのである。オリハルコンは人の精神に呼応する。そしてヴァルキュリーズは、ヨハンの精神力を動力源としていた。ヴァルキュリーズはあの強制執行部隊と渡り合い、勝った。今のヨハンは自身の全ての力を完全に使い果たしていた。

「きゃあ!」マグダレニャンは悲鳴を上げて、ハンカチでヨハンの口元をぬぐった。「頭を打ちましたのね!? しっかり、ヨハン!」

「マグダ……」ヨハンは、声なき声で呟いた。「ぶじで、よかった」

 彼はついに、気絶した。


 マスター、よくぞ戦われました。マスターはもはや、無能でもなければ無力でもありません。

マスター、お見事でした。貴方は臆病ではありましたが卑怯では無かったのです。

マスター、貴方は世界情勢を変える事にすら成功しました。もはや貴方は紛れも無く『ヴィルヘルム・ヴァレンシュタイン』です。

マスター、どうぞ今はお休み下さい。貴方は栄光をその手に掴んだのです。

マスター、おめでとうございます。

マスター、貴方は、ちゃんと守れたのですよ。

マスター、私達も、貴方にお仕え出来る事を、何よりも誇らしく思います。


 目が覚めた。全身が痛くて目が覚めた。けれど気分はすっきりとしていて、今までずっと溜め込んでいた苦しみもうっ憤も何もかもが、凄まじい台風で吹っ飛んだ後のようだった。その猛烈な台風は今や過ぎ去り、呆れるほど真っ青な空が天を覆い尽くしている、そんな気分であった。

古いものの破壊の後に来訪するのはいつだって新たなる『何か』の創造なのだ。

まぶたを開ける。ランドルフが、全身包帯まみれで立っていたが、尊崇の目でヨハンを見て、呟いた。

「貴方様こそが正真正銘に『ヴィルヘルム・ヴァレンシュタイン』であらせられる」

「マグダ、は?」ヨハンは全身の激痛に耐えつつ、体をゆっくりと起こした。

彼の唯一にして最愛の理解者が、彼のベッドに突っ伏して眠っていた。

「貴方が起きるまで一週間、ずっと付き添っていらっしゃったのです」

ランドルフは、そう言ってから、彼に銀色の卵を手渡した。

「彼女達も、貴方様を褒め称えていました」

『マスター、お疲れ様でした』卵からは、はっきりと声が聞こえた。

「みんなは……?」

「皆、生きております。 全て、全員、貴方様が救われたのですよ」

「ランドルフ、大丈夫なのか」

「あちこちがまだ痛いですが致命傷では。 ――おや」

うう、と呻いてマグダレニャンが目を覚ました。覚ますなり彼女はヨハンに気がついて、抱き付いた。

「ああ! 貴方は今や最高と最強の誉れをその手にしたのですわ!」

「誰が」とゆっくりとヨハンは喋った。今までは聞いてもらうために必死に喋ろうと焦って早口になっていたので、どもったのだ。だが今では、彼の言葉は『聞いてもらう』ために発せられるのでは無い。『聞かせる』ために彼は言うのだ。「エルサーレムに、強制執行部隊を招き入れたのか、分かったのかい?」

マグダレニャンの顔が険しいものへと変わった。

「ええ、分かりましたわ。 ですが、その前に」

「?」

マグダレニャンは微笑んだ。

「貴方は栄誉を受ける場へ、行かなければなりませんわよ」


 『雷帝』


 それが今のヨハンに付けられた尊称であった。

単身で強制執行部隊全部隊を撃滅して和平派の危機を救った男。

今や誰もが彼を畏怖と尊敬のまなざしで見て、もはや誰もが彼を『和平派一無能で無力な男』だなんて微塵たりとも思いもしなかった。

それまでアロンを後押ししていた和平派幹部はことごとく手の平を返した。誰が、責任ある立場でありながら真っ先に逃げ出した腰抜けの卑怯者を、あの名門ヴァレンシュタイン家の当主と認めるだろうか。対してヨハンは戦った。勇猛果敢に戦い、敵勢力を撃滅した。それも強制執行部隊を、だ。

これで評価をひっくり返さないほど幹部らの目は節穴では無かった。

「いやはや、私共の目が節穴だった事をお詫び申し上げます、ヨハン様」

アナスタシアがそう言って、他の幹部ともども、姿を見せたヨハンの前でひれ伏した。

それは今までのヨハンの有様を根幹から変える光景であった。

今までは『力を』と、ただただねだるだけの側であったヨハンが、ねだられる側に変わったのだ!

彼は力ある者になったのだ。名高き祖父のように、気高き父のように、聖教機構の本物の重鎮となったのだ。己の力で彼は変わったのだ。

エルサーレムで発生した混乱を収拾するため、和平派幹部は聖教機構の重要拠点アンティオキアの大聖堂に集い、会合を開いていたのだが、ヨハンの登場で次々とひれ伏していく……。

アロンはわななきつつ、真っ青な顔でその光景を見つめている。アロンは今や犯罪者となっていた。『腰抜けの卑怯者』、『敗北主義者の脱走兵』が今の彼の肩書であった。いずれ、彼のための異端審問裁判が開かれるだろう。

 「ああ」とヨハンは己にへりくだる者には目もくれず一三幹部の席に着いて、彼をただ一人、以前から理解して後押ししてくれていたマグダレニャンに言った。

「それで、誰だったんだ、僕達を危機にさらしたのは」

「今からその男の異端審問弾劾裁判が開かれますわ」

びくりとアロンが震えたが、逃げられなかった。ご自慢のエリンヘリヤルはラボに取り上げられ、そして彼の背後にはイリヤがいて、彼を厳重に見張っていた。

 ……大きなモニターがある男の顔を映す。その男は冷たい薄笑いを浮かべていて、隣には、青い翼の大天使が立っていた。

『折角、貴様らの神に殉教死する機会を与えてやったのに、己の手で破棄するとは、やはり貴様らは愚かな生き物だな』

男はそう言って、くくく、と嘲った。

「シーザー・エリヤ」ヨハンは静かな声で問い詰めた。「何故貴様が、強硬派の貴様が過激派とつるんでいた?」

『こう言う事だからですよ』

青い翼の大天使が、そう言って、シーザーの顔に触れた。


 「「!!!」」


 和平派幹部らが、否、その場にいた誰もが驚愕に目を限界まで見開いた。

その顔は、例えるならば――天使のようだった。野性的な光をも秘めた美しい目、凛々しい眉、女性には甘い毒に、同性にすら魅惑的に聞こえる声を発するであろう口、ただ優美なだけでなく実力をも所持し、誰も彼もをそのカリスマ性で虜にしたその顔は――。


 「お父、様?」

マグダレニャンが思わず漏らした声は、小さくて、けれど、はっきりと響いた。


 『そうだよマグダ』

と、『聖王』『一二勇将の申し子』『聖教機構最高指導者』とかつては呼ばれ、尊敬された男ギー・ド・クロワズノワは、老齢であったにも関わらず、今や青年の顔と声でそう言った。

『私の真の名はサンダルフォン。 大天使の一人だ。 大天使に庇護されて、私は不老不死、永遠の命を得た! さあ、こっちにおいでマグダ。 一人ぼっちにしてすまなかったね、また一緒にあの重力車でドライブに行こう?』

ここにもしI・Cがいたならば、顔をしかめ吐き捨てるようにこう言っただろう。

「聖王、アンタ化物より醜くなったな……。 ジジイだった昔のアンタも若造だったかつてのアンタも、今のアンタよりは那由他の差で美しかったぜ」と。

「お父様は、死んだ、はず、じゃ」

マグダレニャンは震えて言う。もう己でもどうして良いのか分からないのだ。

『生きているよ、この通り。 さあこっちにおいでマグダ、私と一緒に永遠に生きよう、我らが神に祝福されし新世界で!』

だが、次の瞬間、美青年の右腕が自らの顔を鷲掴みにした。老いた男の顔が手が離れた途端に現れ、叫んだ。

『来るんじゃないマグダ! コイツらはお前達を皆殺しにする! 私は体をあの時乗っ取られた! 私を殺せ、でなければ私はお前達を殺してしまう!』

『はい、そこまで』青い翼の大天使が顔に触れると、老いた顔が若々しい顔に戻る。

『こっちにおいで、マグダ』とその青年は甘い声で囁くのだ。

「あ、ああ……!」マグダレニャンはがたがたと震え、顔を手で覆った。「いや……お父様は……あの時……!」

『生きているよ、マグダ。 ほら、ちゃんと手足だってある、だからこっちにおいで』

一人ぼっちになったあの時。一緒に出掛けたあの日。絶対に泣くものかと決めた夜。甘えてだだをこねる、そんな私を優しく、困った顔で見ていた。魔王を調伏し、たった一人で戦ってきた。最大の理解者であり最高の保護者。恋しさも悲しさも潰し殺してきた。

……もう駄目だ。

何も考えられない、何も考えたくない!

帰りたい。

あの頃へ帰りたい!

「お父様……」

ふらりとマグダレニャンは立ち上がった。

そして、モニターへと近づいていく……。

『そうだよマグダ。 こっちへおいで』

モニターの向こうでは、懐かしくも愛おしい慈父が優しい顔をしている……。


 「行くな!」


 マグダレニャンは我に返った。ヨハンに腕を掴まれ、抱き寄せられて我に返った。

「あれはもう君のお父様でも何でも無い! 君のお父様はあんな邪悪な笑みを君に向けて浮かべたりはしなかった! あれは君のお父様の体を乗っ取った憎むべき寄生虫だ! 何が大天使だ、何が神だ! あれは君から君のお父様を奪った怨敵だ!」

「あ、あ……」マグダレニャンは我に返ったものの、思考する事がまだ出来ない。

「……とにかくギー殿、貴方がかつての貴方では無い事、そして強制執行部隊を使って我らを皆殺しにしようとした事、更に以前から過激派とも手を組んでいたらしい事……等々から考察するに、ギー殿、貴方にもジュリアスにも何らかの同一の目的があるようだ。 それは何ですかな?」アナスタシアが言った。

『貴様らごときに教える義理は無い。 貴様らは今や滅ぼすべき敵だからな。 ……そうだ。 これだけは教えてやろう。 貴様らの中に裏切り者が、通敵者がいる。 精々頑張って見つけたまえ。 それでは』

モニターが切られた。

 恐ろしいほどの沈黙の中、マグダレニャンのか弱いすすり泣きだけが流れた。

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