第30話 【ACT一】過去、原罪
『聖王』と世界中から尊称され、
「どうにも私には納得がいかないのだよ、
「……何がだよ」
魔王と呼ばれたその男は、全体的に小汚い格好をしていて、黒の蓬髪が風も無いのに揺らいだ。彼はどんよりとした不気味な黒い目で聖王を睨んだ。だが聖王は怯みもせず、
「彼女は善人だ。 言っては悪いが、気の毒なほどの善人だ。 この残酷な世界で彼女が生きてくるには悲惨な経験を何度もしただろう、と簡単に推測できるほどの善人だ。 その彼女の中にある、お前への憎悪……それも桁違いの、おぞましいほどの憎悪。 果たしてそれを、彼女がただお前に殺された、たったそれだけで抱くのだろうか? 彼女ならば間違いなく許してしまう。 お前に殺されても、お前を許してしまう。 だが、その彼女が『許せない』とお前を憎むほどの『何か』。 お前は彼女に何をした?」
「思い出したくないんだ!」男はいきなり頭を抱えて絶叫した。「思い出したくないんだ! 俺は、ヘレナを!」
「思い出せ!」聖王は厳しく怒鳴りつけた。「彼女の受けた『何か』は、お前のその苦しみなど凌駕しているのだぞ!」
「嫌だ! 俺は、ヘレナを……!」
男は頭を抱えたまま膝をつき、前のめりに倒れこんだ……。
「起きたまえ」
「……んあ?」ぐうがあといびきをかいていた不気味な男、
「いつも酒場にいる貴様が、映画館にいるとは一体どう言う風の吹き回しだ?」
と訊ねてきた。
「いや何となく。 懐かしい女優の映画をやっていたんで、見たくなった」
「ふむ」とランドルフは納得した顔をして、「貴様はジュリア・ノースのファンなのか」
「違うよ。 ただな、このジュリア・ノースは若かりし頃の『聖王』と『大帝』の物語に出てくるんだよ。 亡国クリスタニアがまだ滅んでいなくて、最盛期だった頃の。 ヤツらは前途有望な若造どもだった。 俺だってまさかヤツらがあそこまで出世するとは思わなかったが」
「それは凄いな」
そう言ったランドルフに、I・Cは面倒臭そうに訊ねた。
「で、ランドルフ、テメエが俺を探すほどの何が起きたんだ?」
「小国ビザンティに対して、
「強制執行部隊を喰えっての? 面倒くせー。 別に良いじゃん、ビザンティごとき。 弱肉強食って言葉を知らないのかよ、どいつもこいつも!」
嫌がるI・Cの襟首をひっつかみ、引きずりながらランドルフは言った。
「四の五の言わずに来てもらおうか!」
『逃げて!』
モニターの向こうの青年は、モニターにかじりつくような有様で、半泣きで、必死に叫ぶ。
『い、今すぐこっちに逃げてきて、レオニノス! 君も、き、君もレオナちゃんみたいに亡命してよ!』
「それは出来ないよ、ヨハン」
ビザンティの少年君主レオニノスは、苦笑して言った。
「国王が国民を見捨てるなんて、とんでもない話だ。 レオナにはオリハルコンが採掘できる唯一の鉱山メギドの封印を解くカギを持たせてあるから、もし強制執行部隊がビザンティから撤退したら、レオナを次のビザンティ女王にして下さい。 レオナは僕の妹で、第一王位継承者だ。 女王としての資質も資格もあるから、どうかよろしく、ね?」
『あ、強制執行部隊は、カギが無くたって、無理矢理にオリハルコンを採取するよ! お願いだ、お、お願いだ、君は無駄死にしちゃ、だ、だ、ダメなんだ!』
「無駄死に、じゃないよ、ヨハン。 国王は、たとえ何があろうと国民を守らねばならない。 国民のために生きて死なねばならない。 だから、これは僕の宿命さ」
銃撃音、砲撃音、爆破音が近づきつつある中、レオニノスは穏やかに笑った。
「……あのね、ヨハン。 僕は最初、君を利用するつもりで近づいたんだ。 和平派一無能で臆病な君なら、きっと僕でも操れると思ってね。 でも君はどこまでも誠実で正直だったから、段々こっちは罪悪感が芽生えてきてしまってさ。 友達だって言う都度、君は本当に嬉しそうにするんだ。 だから僕は、」
そこまで言いかけた時、レオニノスは一瞬だけ泣きそうな顔をした。だが奥歯を食いしばって微笑み、
「……さようならヨハン。 どうかレオナを、ビザンティ女王にして下さい」
彼のいる国王の間に、爆音と同時に強制執行部隊隊員がなだれ込んできたのは次の瞬間だった。
レオニノスはモニターの電源を切り、彼らを見渡して堂々と言った。
「僕こそがビザンティ国王レオニノスだ」
……数日後、彼は処刑台の上にいる。それを取り囲んで泣きじゃくるビザンティの国民と、その光景を全世界に中継するカメラなどの報道機器の群があった。
レオニノスはギロチン台に乗せられていた。だがその顔には恐怖や後悔と言った表情は無くて、代わりに、彼は叫んだ。
「みんな! どうか生き延びて、レオナをビザンティ女王に――!」
ひときわ大きな群衆の号泣が返事であった。
「おい、やれ」
強制執行部隊の一人が部下に命じた。
「あ、ああ」ヨハンは真っ青な顔でモニターを見つめている。目をそらしたい。顔を背けたい。だができない。まるで魔性のものに魅惑されたように視線はモニターから微動も外せないでいる。「あ、ああああ!」
『ザシュッ』
彼は卒倒する事すら出来ず、友達の処刑される様をただ見つめていた。
その傍では、少女が唇をかみしめて兄の殺される様を睨んでいる。彼女の名はレオナ、レオニノスの実妹であった。彼女はビザンティから兄の遺志に従い、聖教機構和平派に亡命したのだった。
そこに和平派幹部にしてヨハンの婚約者のマグダレニャンがやってきた。
「ま、マグダ、マグダ!! うわあああん!」
途端に泣き出したヨハンの顔に、マグダレニャンはいきなり平手打ちをくらわせた。
「!?」
驚きのあまり涙も止まった彼に、マグダレニャンは言った。
「泣いている暇もありませんわよ、ヨハン。 レオナ姫を次なるビザンティ君主にするには、レオニノス君の死を哀しんでいる時間すら惜しいのです。 彼が天国で喜ぶのは、貴方が彼のために悲嘆するより、ビザンティより強制執行部隊を全て駆逐し、レオナ姫がビザンティの玉座に座った時ですわ」
「……」ヨハンは、しばし呆気にとられていたが、すぐに我に返り、しっかりと頷いた。「そ、そうだ、そうだ。 僕には、泣いている時間すら、な、無いんだ!」
「ヨハン殿、マグダレニャン殿」レオナがかみしめていた唇を開いて、毅然と言った。「ご助力をどうかお願いします。 民のために、そして兄の無念を晴らすためにも!」
「ビザンティが陥落したか……」
特務員会議は、国王レオニノス処刑の瞬間を見てしまったためもあり、通夜のようであった。ランドルフがぽつりと呟いた。
「んー、弱肉強食だから仕方ねーんじゃねーの?」I・Cだけが場違いにのんびりと酒を飲みつつ、嬉々として言う。「しかしビザンティも災難だなー、オリハルコンが出るからって、あっちこっちから侵略されまくりだ。 世界屈指の古国なのに、まあご苦労様だ」
「しかしジュリアスはオリハルコンを使って何を作るつもりだ?」セシルが言った。
「分からない、が……分からないが……どうせろくでもないものさ」I・Cは嗤っている。
「だけど、あ、あんまりですよ、処刑の瞬間を、全世界に、ほ、報道するなんて!」閉鎖監獄ヘルヘイムから出されたばかりのアズチェーナが半泣きで叫ぶ。「いくら見せしめだからって、あ、あ、あんまりですよ! しかも、し、しかも仮にも国王を、ギロチンだなんて!」
「それが強制執行部隊、と言うものだよ、アズチェーナ。 血も涙も捨てた戦士達だ」ランドルフが険しい顔をして言う。「これは……恐らくこちらへの
「うぜー。 マジでうぜー。 犬っころがキャンキャン吠えてもうるせーだけだってのに。 見せしめに全滅させて来ても良いよなー、別に強制執行部隊を丸かじりしたって、反対するヤツはこの中にはいないだろ?」I・Cは余裕たっぷりに言う。
『いや』とそこに情報屋の青年レットが姿を見せて、首を横に振った。立体映像で登場したのだ。『今はマズい。 仮に強制執行部隊から解放しても、今だと強硬派がビザンティを次に支配してしまう。 和平派は今、過激派への総攻撃の決議とその準備でビザンティに構っている余裕が無いんだ。 ……ヨハン様だけが必死にビザンティ解放を訴えているけれど、ご存じの通り、あの人ってろくに相手にされていないからね……』
「強硬派もオリハルコンが狙いか?」セシルが言った。
『うん。 逆に言えばオリハルコンさえ手に入れられるなら……強硬派はどんな手段でも使いかねない。 下手をすればレオナ姫だって殺すだろうよ。 まあ、過激派とつるむなんて事だけはありえないけれどね』
「ややこしいなー面倒だなー」I・Cはまだ飲んでいる。
「I・C、現在は会議中だ」シャマイムが酒瓶を取り上げようとして、足蹴にされた。
「ぶっ殺すぞ!」とI・Cは怒鳴った。
「貴様ァ!」激高したのはシャマイムではなくてイリヤであった。「同僚に対してその態度は何だ!」
「うるせー小便小僧、俺に説教ぶちかますってんなら、テメエの過去の恥ずかしい話をここでぶちまけるぞ!」
「誰とて過去には消したい記憶があるものだッ! 大体貴様はッ!」
「I・C、イリヤ、止めろ」シャマイムが彼らを止めた。「自分は問題ない。 同僚同士で問題を発生させる方が重大な懸案だ」
「シャマイム! それで良いのかッ!」イリヤが怒鳴ったが、シャマイムは是と言った。
「自分はI・Cのこの行動には慣れている」
「シャマイムさんは、何があろうと相変わらず善い人ねえ……」ローズマリーが呟いた。
死ぬと言う事は絶対的な救済だ。自覚する自我の、自己の存在の消失とは、終わりである。終わりとは本来幸福なものなのだ。
この汚れた物質世界から唯一脱出できる方法なのだから。
俺にはもう何も無い。
死すら無い。
何と泣ける喜劇、何と笑える悲劇。
そうだ、この世界は所詮は劇場の舞台の上なのだ。
どいつもこいつも役者として運命と言う名の台本に操られ縛られる傀儡なのだ。
そう。
例外なく、この俺さえも。
だが俺には死は訪れない。
他の連中が次々と舞台裏へ引っ込んでいく、
だが俺は延々と操られ続ける。
終わらない、と言う事がどれほど恐ろしい事か俺は知っている。
どれほど望んでも、終われない、のだ。
俺はいつまで俺であり続けねばならないのだ?
いっそ精神に異常を来たしたい、正気を捨てたい、だが出来ない。
何故なら俺は不老不死だからだ。
……これは俺への罰なのか、と時々思う。
偽神が俺へ与えた罰なのだろうかと思う。
俺はかつて救世主を殺した。
だがヤツは殺したのに復活しやがった。
そして俺に、『愛している』だなんて気持ちの悪い発言をぶちかまして、消えた。
その後で、それまで信じ切っていた唯一絶対神が、
俺は唯一無二の絶対神を信じていたから、偽物が本物の面をしている事に耐えられなかったんだ。
だが、偽神は強大な力を持った存在だった。
その存在が俺の中にある限り、俺は絶対に死ぬ事は出来ない、のだろう。
あの女は言った。
『愛を理解した時に貴方はすくわれる』
俺にとっての救済は、ただ一つの救いは、それだけなのだ。
俺はだから愛を知りたがった。
――そう、彼女を喰った時だって、俺は本当は『この女を喰えば愛が分かる』と思い込んでいた。
だって、俺が本当に愛したのは彼女だけだったから。世界を滅亡させたって世界が滅亡したって、彼女が側にいればそれが幸せ、それこそが俺の愛だった。だが俺は行動を誤った。認識を間違えた。世界で一番大事なものは金だと思ったのだ。
あの時。
俺の所属していた軍隊が戦争に敗北し、敵の虐殺宣言、逃げ惑う俺もついに捕まって、目をえぐられ耳鼻を削がれ口を引き裂かれ舌を切断され皮を剥がされ手足を一本ずつ切り落とされて腸を引きずり出された、あの時。
俺はそのまま死んでいれば良かったのだ。
あの時死んでいれば良かったのだ!
あの時に悪魔の誘惑が俺に来なければなんて言っても仕方ないが、人として死ぬ事が許されていた
『死にたくないだろう? お前の世界で一番大事なものを俺に喰わせればお前に絶大な力をやる』
本当か!?
俺は、生きて、帰りたい!
俺は金だと信じ込んでいた。
悪魔はこの男の女への愛だと信じ込んでいた。
つまりこの男は女よりも金の方が己にとっては大事だと勘違いしていて、悪魔は男にとって何よりも大事なのは女の愛だと見抜いてはいたが、その愛が男の所為で不完全で不可解なものである事を知らなかった。
この両者の錯誤が『第一次統合体化現象』と言う、通常ならば俺には起こりえないはずの異常事態を招いた。俺は俺が喰ってきたものは全て認識し俺の支配下に置けた。だが、この男の勘違いが俺の認識を不完全なものにしたため、第一次体であり全生命統合体の支配者である「俺」の自我に、『俺』が喰い込み、分離不能なまでに俺達は混ざり合ってしまったのだ。
その悪夢のような融合は、俺達の絶望がきっかけだった。
俺は今度こそ愛が分かるはずだったのに、と絶望し、
俺は、と言えば愛しい女が喰われた絶望に狂っていた。
ごくりごくりと嚥下する甘くて旨い血肉の味も、愛しい女が喰われていく悲しみも絶望も、全部俺達の所持する記憶であるし、感情である。
そして、俺達に残ったのは、虚しく無意味な未来と絶望すら許されない大罪だった。
彼女は俺の帰りを待っていた。
いつものように下手くそな鼻歌を歌いつつ、俺のための夕飯を作って。掃除して。窓を磨いて、壁に俺と並んで撮った写真を大喜びで貼って、それから……。
もしも彼女に罪があるとしたら、俺みたいなゴミ屑野郎なんかとくっ付いちまった事くらいだ。
俺達はいつも恐れている。
終わらない事を恐れている。
終われない事を恐れている。
彼女が全ての記憶を取り戻す事を恐れている。
全ての記憶を取り戻した時、彼女は、きっと、
俺達を終わらせてはくれないだろう。
未来永劫、彼女の憎悪の劫火で、俺達を焼いて、焼いて、
だが、焼き尽くしてはくれないだろう。
彼女の復讐は永遠に終わらない。
だって俺達は、彼女の、×××を、
喰い殺したんだから。
『僕は無力だ』
ヨハンは、暴力的なほどに己の無力感を味わう事になる。
彼には何の権力も無かった。
何の発言力も無かった。
ビザンティを助けたいと他の幹部に訴えても、鼻で笑われた。
『和平派一無能で無力な男』
彼の肩書はそれであった。
その彼がどうしようと、何もできるはずが無いのだった。
力が無いと言う事はこう言う事だ。
無力な者は前を見て生きる価値さえ無いのだ。
だから人は力を欲する。弱ければ弱いほど力を欲する。
ヨハンもそうだった。だが彼には力を獲得するための何の手段も無かった。
ヴァレンシュタイン家当主『ヴィルヘルム・ヴァレンシュタイン』には彼の従兄のアロンの方が相応しいとほとんどの人間が思っているし、臆病で泣き虫の彼の性格は何をするにしても彼の足を引っ張り、ことごとく阻害した。
『ビザンティのレジスタンスがまた強制執行部隊に公開処刑されたぞ』
『メギド鉱山からオリハルコンを強制採取するために、強制執行部隊はビザンティの民を相当酷使しているみたい』
『レオニノス国王の死体は野ざらしで鳥につつかれているとさ。 仮にも国王の亡骸を葬ってすらやらないとは、酷いものだ』
ヨハンは泣いている。トイレに引きこもって泣いている。強くなりたい、力が欲しい、でもどうしたら良いの。彼は悲しくて悔しくて泣いていた。友達を助けられなかった。友達は無残に殺されて、埋葬すら許されていない。なのに友達の遺志を叶える力すら僕には無い。欲しい。欲しい。力が欲しい!
『ます、たー、わたし、たちが……』
彼が温めている銀色の卵から声がした、けれどヨハンは泣き続けた。
彼は無力さに徹底的に打ちのめされて、それで終わるかに見えた。
だが、彼はふと、亡父アマデウスの最期の言葉を思い出す。『聖王』の盟友にして、『聖王』が行方不明になった直後に病に倒れ、間もなく死んだ父の言葉を。
『お前は、お前にすら、気付けていない、力が、ある。 どうか、マグダ嬢も、守って、やりなさい、お前は、お前だけが、「ヴィルヘルム・ヴァレンシュタイン」に、相応しいのだから』
彼の祖父は『覇王』イザークと呼ばれた名軍人であった。彼の父は『獅子心王』と呼ばれた勇敢な軍人だった。彼の家系は正真正銘の『名門』であった、歴代必ず優秀な軍人を、武人を輩出してきた、なのに。
なのに、僕は!
僕は!
力が欲しい!
僕には力が無ければならない!
だが今の彼は、『和平派一無力で無能な男』だった。
……それなのに、だ。彼は己の無力さに完膚なきまでに打ちのめされても、まだ、心のどこかで、くすぶっている何かを抱いていた。それは彼に内在する『ヴィルヘルム・ヴァレンシュタイン』の遺伝子の名残であったかも知れないし、どれほど打ちひしがれても折れる事が出来ない、彼の『強さ』であったのかも知れない。
それが彼を、ある日、ついに『噴火』させる。
聖地エルサーレムに、聖教機構和平派幹部が総集結した。この聖地エルサーレムは『遺物』の数多く眠る地であった。聖教機構の中でも最高幹部である一三幹部のみが構造を知る高度な防衛システムに守られた、鉄壁の要塞にして、オーバーテクノロジーの宝庫であった。
ここで、彼らは、対過激派への総攻撃を決議するべく、これから過激派を被告とした異端審問弾劾裁判を開くのだ。
壮麗な、だが厳粛でもある異端審問弾劾裁判の判事席に次々と和平派幹部が座っていく。裁判長は和平派幹部最高齢の老婆、アナスタシアだ。決まりきっている事ではあったが、審理の末に、異端審問弾劾裁判の判決が下された。
『過激派を殲滅せよ』
和平派特務員達は、厳粛な雰囲気に圧倒されつつ、それを見守り、警護の役目を果たしていた――。
爆音、震動、絶叫。
それらの地獄のような音が聞こえてきたのは、正に判決が下されたその時だった。
「危険だ!」グゼが青くなる。「危険が、い、いきなり来た!?」
「何が起きた!?」和平派幹部ジャクセンが血相を変えて怒鳴った。
モニターに警備兵が真っ青になって映る。
『強制執行部隊の強襲です!』
「何ですって!? 何故強制執行部隊が、この聖地エルサーレムへ攻撃をかける事が出来るのです!?」
思わず取り乱して叫んでしまったほど、アナスタシアは混乱していた。この聖地エルサーレムは聖教機構にとって最も重要な拠点の一つであり、周辺一帯にも常に厳重な警備が敷かれている。仮に強制執行部隊が攻めて来たとしても、そこで撃退されてしまうだろう。しかしそれを何らかの方法で出し抜いて、攻め込んで来たのだ。
「どうせ暗殺部隊だろう、全戦力で撃退しろ! アロン、特務員を――!」
同じく幹部であるカイアファがそう叫び、特務員達の上司であるアロンの方を向いて、唖然とした。
いなかったのである。
『アロン様は今まさに逃げました! 強制執行部隊と聞いて、エインヘリヤルに乗って我先に逃げました!』警備兵が泣き叫ぶ。『それに、強制執行部隊は暗殺部隊ではありません!』
「どう言う事だね!?」
ジャクセンが問い詰めると、警備兵は、この世の終わりが来たように、
『強制執行部隊全部隊の強襲です。 我々の全戦力を以てしても、撃退は、不可能です!』
「「!」」
幹部達も、特務員も、真っ青になった。
強制執行部隊全部隊。
それは、過激派の所有する戦力の中で最も強大で強力無比、精鋭中の精鋭、負けた事など数えるくらいしか無い、過激派首領ジュリアスの
それが全力で攻めて来た。
何らかの方法を取って、聖地エルサーレムを陥落させ、そして和平派幹部を全滅させるべく総掛かりで進軍してきたのだ!
『もう間に合いません、もう、逃げ』
そこでモニターはぷつりと切れた。
地獄の音色がその間も激震と共に迫って来る。
「I・C!」とマグダレニャンがI・Cに命令を下そうとした時だった。
「分かったよお嬢様。 全滅させて――」とI・Cも答えた時だった。
「わたしはおまえをゆるさない」
I・Cめがけて、冷凍弾が発射された。それはI・Cを凍り付かせて、動けなくしてしまう。
「シャマイム……?」マグダレニャンですら、目の前の光景が理解不能で、ぽかんとした。
シャマイムが、あの気の毒なくらいに善人だったシャマイムが、凄まじい憎悪の顔をして、I・Cを睨んでいたのだ。所持する拳銃サラピスで、I・Cめがけて、冷凍弾を撃ったのだ。
「わたしはおまえをゆるさない」
そう発言した直後にシャマイムは戦闘機形態に変形、I・Cを回収し、天井を破壊して、その穴からあっと言う間に飛び去った。
「「シャマイム……?」」
マグダレニャンだけでは無い。誰も彼もが、己の目や頭の方を疑った。だってシャマイムは正真正銘の善人で誠実で真面目で親切で――本当に、良いヤツで、だから、
その時、鼓膜が破れんばかりの爆音が響き、別のモニターにランドルフが真っ青になって映った。
『お嬢様! 空中戦艦が全艦撃沈されました、もはや我々に逃げる手段は存在しません! I・Cに――あ、あれ、I・Cは!? I・Cまでいないのですか!?』
「……一つだけありますわ」マグダレニャンは、冷静に言った。「私に付いてきなさいランドルフ! 他の者はその隙に少しでも、一人でも逃げるのです!」
『了解いたしました、お嬢様』微笑んだ後、モニターからランドルフが消えた。
「だ、駄目だよマグダ!」泣き出しそうな顔をしたのは、ヨハンだった。「そ、それじゃマグダが――!」
「人にはこうしてでも守りたいものがあるのですわ、ヨハン」マグダレニャンはにっこりと笑って、やって来たランドルフに手を引かれるがままに、去って行った。「さようならヨハン、どうか無事で!」
「――ああッ!」歯を食いしばるイリヤに、ほとんど拉致される形で、ヨハンも逃げ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます