PURIFICATION 聖杯探究

第29話 【ACT〇】とある老人の死


 わたしはおまえをゆるさない。




 彼の名前は、イーサー・ジャックマン。世界経済の中枢地の一つ、享楽と賭博の人工島、ウトガルド島のカジノ・フロア専属の会計士の一人で、恐らくウトガルド島の中では一番優秀な会計士であった。

彼は独身の老人で、身寄りが無い。別にそう言う者はウトガルド島には珍しくないので、彼は特別奇異の目で見られた事は無い。むしろ、優秀な会計士として一目置かれていた。ただ、このジャックマンには悪癖があった。自分からは決して飲まないが、わずかでもアルコールが含まれたものに接触するとアルコール中毒を起こし、人格がろくでなしに変わってしまうのだ。それで幾度か酷い騒動を起こしてきた。彼が優秀なのに、全く出世できなかったのはこれが原因である。結婚も、この所為で出来なかった。とは言え彼は間違いなく会計士としては優秀なので、『処分』されるような事は無かった。

彼はいつもちょっと肩身を狭そうにして生きている。

 そんな彼はある日、異常に気が付いた。それは何と言うか、言葉にはならない異常であった。

ウトガルド島王の最側近であり、カジノ・フロアで最もやり手のディーラーのレット・アーヴィングが異常なのだ。いきなり稼ぎが落ちたとかそう言うのではない、とにかく、雰囲気が異常なのである。

(どうしたんだろう)とジャックマンは思った。(まるで別人みたいだ)

ジャックマンは心配になった。レットは、仕事の出来るジャックマンに対していつも敬意と誠意をもって接してくれた。だからジャックマンもレットに対して悪い感情は全く無い。

心配になって、ジャックマンはいけない事だと思いつつ、レットの行動をそれとなく監視した。監視カメラが島中にある事は、勿論彼も知っている。だが、カメラの死角もいくつか存在している事を、長年ここで働いている彼は知っていた。

その死角で、こっそりとレットの様子を彼は見張ったのである。

「?」

そして、最近レットに独り言が増えた事を知った。自分で自分の言葉に対して反応しているのだ。

ストレスでも溜まっているのだろうか、だとしたら体に良くない。

ジャックマンは、親切心でレットに休暇を取るように進言しに行った。

「ああ、あれを聞いたんですね、お恥ずかしい」

レットははにかんで、その顔はいつものレットの顔だったので、ジャックマンは一安心した。

「どうも最近独り言の癖が出来てしまって。 ご心配をかけたようで、すみません」

「いえいえ、どうかお大事に――」とジャックマンは言い、完全に安心した。

彼のしわだらけの手を握って、レットはいつものポーカーフェイスで言った。

「貴方にも神の安寧がとこしえにありますように」

その声が、いつものレットの声ではないように聞こえたので、ジャックマンは変に思ったが、目の前にいるのはレット一人だったので、きっと自分の耳がどうにかなったのだと思った。レットは、

「それじゃ、さようなら」

と立ち去って行った。ジャックマンは、

(とにかく、良かった……)と思った。


 ――イーサー・ジャックマンはこの三日後に死ぬ。

それも、医者が仰天するような症状を見せて死ぬ。

全身が末端から腐って――正確には新陳代謝が停止して、細胞分裂が起きなくなり、更に免疫細胞が自己を攻撃すると言う滅茶苦茶な症状を見せて死ぬ。

彼は死ぬ直前、こう言った。

「私は神に呪われた」


 凄まじいですねえ、ラファエル様、貴方様のお手は、正に『神の手』だ。

身体への回復再生作用が強すぎると、ああなるんですねえ。

ご心配なく、これ以上のへまはやらかしません。

それにウトガルド島王も愚かにもまだ僕を信じきっている!

ですから、どうか僕に不老不死をお恵み下さい。

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