第28話 【ACT五】信頼と背信

 「サンダルフォン、問題が発生した」

「どうしたラファエル」

「神体は完成したのだが、起動エネルギーの『魂』が足りないのだ。 魂の雫を『ヘンゼルとグレーテル』に集めさせていたのだが、何者かにより奴らは殺された。 それに、魂をいくら集めたにせよ、それを保持する器が無ければエネルギーはこぼれてしまう事も判明した。 唯一、この世界でそれの構築が可能な物質は……オリハルコンだ。 それも並大抵の量では足りない。 器には莫大な量のオリハルコンが必要だ。 だが唯一のオリハルコン産出国ビザンティは和平派寄り……どうにかならないだろうか」

「ふうむ。 メタトロンと話し合ってみよう。 ……何、『魂』などは裏切り者のサタンから一気に吸い取ってしまえば良いのだ。 それまでにはオリハルコンを我らが手中に収められるように、動いておこう」

「うん? あのサタンをどうにかする方法が見つかったのかね?」

「ええ。 とても素敵な、致命的な方法が見つかりましたわ、ラファエル」

「ガブリエル、どんな方法だ?」

「ヤツが統合体化現象を起こしたほどの衝撃を受けた、とある出来事。 その出来事の関係者を、ハニエルが洗脳する事に成功しましてよ。 『彼女』を使えば、サタンはほぼ無力なただの化物になる。 うふふふふ、楽しみですわ、サンダルフォン」

「それは楽しみだ。 サンダルフォン、その計画の進展はどうだ?」

「順調そのものだ。 全く心配ない。 バカが一匹いてくれたおかげで、恐ろしいほど順調に進んでしまった」


 小国ビザンティの少年君主レオニノスは、その日も執務で忙しかった。彼は聖教機構和平派幹部ヨハンととても親しく、仲が良かった。

ビザンティはカルバリア共和国の侵略を最近まで受けていたので、主にその後始末でレオニノスは忙しいのだった。

「兄上!」と一七歳になる彼の妹レオナ姫が走ってきた。「またカルバリア軍の残した不発弾が一五発も見つかりましたわ!」

「分かった、すぐに対処する!」

「いえ」と彼女は言った。「私にやらせて下さいまし、兄上! 兄上はどうか民の安寧のために、須臾をも惜しんで働かれるべき。 それに私とて、もう無力で無知なただの姫ではありませんから!」

レオニノスは思わず微笑んだ。彼らの両親が政治紛争で暗殺されてから五年、彼が必死に育ててきた彼の妹は、こんなにも立派になった。

「ああ、分かった、任せる!」

「では!」と妹はまた走って国王の間を出て行った。

「……嬉しいなあ」とレオニノスは、その後ろ姿に、ぽつりと言って、それから顔を引き締めると、また執務に励むのだった。

 まだ、この時の彼らは、ビザンティを襲う残酷で無慈悲な運命を、何も知らない。


 ウトガルド島。この世界の金融の中枢地とも言える、享楽と快楽、そして賭博の治外法権である人工島の王ジョヴァンニは、無数の監視カメラの映像を映すモニターで島のあちこちを観察していたが、ふと立ち上がった。その背後でザクロを手にした女が突然出現し、こう言った。

『ジョニー、またレットの所へ?』

「ああ」とこの青年王は頷いた。「近頃アイツ何か様子がおかしくてさ。 まあ、和平派の動向が気になって仕方ないんだろうけれどね、心配だから、会いに行く」

『もう。 レットと結婚しちゃえば良いのに』

「あのねプロセルピナ。 僕は異性愛者なんだけれど」

『だって私、最近腐女子に目覚めたんですから!』

「……とんでもないものに目覚めてくれたね。 とにかく僕とアイツは親友だ。 結婚とかセックスとか、そう言うのは必要ない関係なんだよ?」

『……』

「なッ、何を目を輝かせて妄想しているんだ!」

『とても、うふふふふ、言えませーん』

この二人の会話は、まるで姉弟のようであった。

「この悪魔め」ジョニーは毒づいたが、

『そりゃ私、れっきとした悪魔ですから』と平然と流された。

 ――そのレットは少女娼婦達の中にいる、と言っても彼の目的はセックスでは無く、情報収集であった。差し入れにケーキなどの甘い甘いスイーツを持っていくと、彼女達は喜んで、閨の中で客が喋った事を話してくれるのだった。

「何て言うか、気持ち悪いのよ」と言ったのはウトガルド島一番の人気娼婦で、少女娼婦の取締役のような立場にいる少女、ダルチナであった。「過激派の連中、何て言うか、操り人形みたいで気持ちが悪いのよ。 口を開けば『ジュリアス様』、『ジュリアス様』……ジュリアスは神かっての。 自爆テロをやらせる神なんか神じゃないのにねー」

「「だよねー」」と娼婦達は次々に賛同する。

「アイツら、自分の意志を持っていない感じがしない? 本当、ダルチナの言う通りにお人形みたいでさ」と言ったのはダルチナの良き『恋敵ライバル』イメルダであった。

「ふんふん。 なるほどねえ」とレットは相槌を打つ。そこにレットの友達であるカジノ・フロアのボーイ、ジョニーがこれまた美味しそうなフルーツ・ジュースを沢山持って登場したので、少女娼婦達はきゃあきゃあと歓声を上げた。

「やあジョニー、カジノ・フロアは良いのかい?」レットが聞くと、

「しーッ。 サボっているんだ、秘密にしてくれ」とジョニーはジュースを配りながら彼に言った。

「きゃあジョニー、結婚して!」と言ったのはダルチナで、先手を取られたが負けるものかとイメルダがジョニーの隣に座り、彼の腕に抱き付いて、胸を押し付けた。

「あ、この泥棒猫! ジョニーは私のよ!」ダルチナがジョニーのもう一本の腕を掴み、引っ張った。

「うるさいわねこの邪魔女! ジョニーは私のものなの!」イメルダも引っ張る。

「あ、あのう、痛いから引っ張らないで?」ジョニーは困った顔をしている。

「モテる男は辛いねえ?」レットはにやにやして言った。「まあ、絶望的なまでにモテる男を僕は知っているけれど」

「絶望的なまでにモテるって?」ジョニーが聞くと、

「うん、あまりにも女にモテすぎたから深刻な女性恐怖症に陥って、いつだったっけ、『同性愛者になりたいんだがどうすれば良い?』とかマジで言っていた男を、僕は知っている」

「うは。 それは壮絶だな……」ジョニーはドン引きした。

「何それ、会ってみたい!」ダルチナがはしゃいで叫んだ。

「……いや、彼はね、娼窟に連れてこられるなんて知ったら本当に自殺しかねないんだ……そのくらいの女性恐怖症なんだよ?」レットは嘆息した。

「余計に会いたいわ!」イメルダが目を輝かせる。

「無理無理。 自殺されるから。 それより、ジョニーを忘れていないかい?」

レットが言うと、二人の少女娼婦はジョニーの引っ張り合いを慌てて再開する。

「ねえ」とレットはうらやましそうに言った。「どっちにするかもう決めたの? それとも両方?」

「……今のところは両方って言ったら君達は怒る?」

遠慮がちにジョニーが言うと、彼女達はふんぞり返って、

「「等分に愛してくれたら怒らない!」」

「善処します……」ジョニーは委縮して答えた。


 レットとジョニーは娼窟を揃って出て、エレベーターに乗る。ジョニーはでたらめにエレベーター・フロアのボタンを押した。するとエレベーターは急速に高層へと昇っていく。

「いやはや。 たぶらかすつもりは無いんだけれどなあ……」

ジョニーが、ぽつりと言った。

「両手に花の何が悪いんだい? しかもその花は条件付きで納得しているじゃないか」

レットはくすくすと笑っている。

「まあな。 俺もそろそろ結婚だのを考えなければいけない年だ。 特に、」

とジョニーが言った直後にザクロを手にした女がエレベーターの天井から逆立ちで出現して、

『ええー? 私はレットとジョニーが結婚して欲しいのに』

そう、のたまった。

「……こう言うのがいるから」ジョニーは落ち込んだ声で言った。

「……これは困るね、うん、凄く困る」レットもジョニーと同じ表情を浮かべた。

『良いじゃないですか、愛ですよ、愛! 性別なんて愛の翼で乗り越えて』女は自分のご高説に夢中である。『いやあん、愛ですよ、愛! もう男同士の愛じゃないと真実の愛じゃ』

「ねえ」レットがふとつぶやいた。

「何だ」ジョニーは耳をふさぎたい気分であった。

「プロセルピナ、殴っても良い?」

「偶然だな、僕も同感だ」

今、二人は同一の意思と意見を共有していた。

「でも殴っても彼女、悪魔だから大して堪えないんだよね……」とレット。

「それでも黙らせたい」ジョニー。

「何だっけ」

「何だったかな」

「そうだ、聖水だ! 聖水、手に入れる方法って今もあったっけ?」

「聖教機構になら残存していそうだな。 金で買ってくるか」

「銀の十字架と白木の杭と聖餅とニンニクと」

「それは古典的吸血鬼退治方法だ」

「聖なる御言葉で……」

「悪魔だって聖典くらい利用する」

ずっとその間、プロセルピナは、

『男同士で見つめあってどきりとして君の瞳に恋をして、きゃあ!』

「……腐女子って、何でこうなの?」レットが嘆いた。

「知るか!」ジョニーは頭をついに抱えた。


 エレベーターが、最上階で止まった。

二人は分厚い絨毯の敷かれた廊下を歩き、突き当りの豪奢な部屋に入る。

そこには無数のモニターと、贅沢な調度品の置かれた、非常に見晴らしの良い一室であった。

ジョニーが『意識する』とカーテンが降りて部屋の灯りが点き、モニターが輝き、ウトガルド島のあちこちを映し始める。ジョニーはソファに座り、レットに向かいのソファに座るよう目で言った。レットが座るや否や、彼は言った。

「なあレット、最近お前おかしくないか?」

「そりゃ、おかしいよ。 和平派がどう動くかが気になってね、神経がちっとも休まらないから」レットはメイド・アンドロイドが運んできたティーカップの紅茶を口にして、言った。

「いや、それだけじゃないように思えるんだ。 お前は最近、何か変わった。 何と言うか、変なものに取りつかれたみたいに……大丈夫か、何があった?」

「……」レットは黙って紅茶の液面を見つめた。「色々とね、あったんだ。 でも、僕は大丈夫だ。 僕は全世界だって裏切れるけれど、君だけは裏切らない」

「……」ジョニーは黙っている。黙って、レットを見つめていたが、ややあって、「そうだな。 お前はいつだって俺の味方だった。 何があろうと何をされようと。 分かった。 俺はお前を信じる」

「……ありがとう、ジョニー」


 ……部屋から出た途端、監視カメラの死角の方を向いて、レットはにやりと嗤った。

『ヤツも殺すべき存在です』

「ええ、でも、まだその時じゃあありませんよ、ラファエル様」

レットは誰かと会話している。だが監視カメラには彼一人の姿しか映っていない。

「今ヤツを殺すと後継ぎ問題がね……幸いご覧の通り、ヤツには女が二人もいる。 その腐れ腹の中にガキが一匹でも出来たら、殺しましょう。 そうすれば次期ウトガルド王は僕の完全な操り人形、つまりは貴方がたの従順な傀儡でもある」

『恐ろしい男ですね。 あれだけ忠誠を誓った主君への背信行為を全く何とも思っていないとは』

「だって僕は死にたくないんです、ラファエル様。 僕は死にたくない。 だからお願いします、僕をどうか――」

『お前には利用価値が恐ろしいほどあります。 安心なさい。 このラファエルがお前に憑いている限り、お前は決して死ぬ事は無い』

「助かった。 ありがとうございます」

レットは歩き出した。その顔は、いつものポーカーフェイスを浮かべていた。


 「?」いつものように酒を買いに、街をうろついていたI・Cは、ふと小さな映画館の前で足を止めた。国際的大女優ジュリア・ノース、老いたからこそ美しさを増したレディの、昔撮影した映画をリバイバル放映しているのだった。I・Cは珍しく常識を守ってチケットを買い、映画館の中に入った。席に座ると間もなく照明が落ちて暗くなり、いくつか予告が流れた後、ジュリア・ノースの映画が始まった。ジュリア・ノースの半生を描いた映画であった。駆け落ちしてまで一緒になった夫が、たったの五年で死んでしまい、嘆き悲しむ彼女。一度は女優を辞めかけて、家に引きこもった。けれどそれでも彼女は、己の足で立ち上がり、女優として復活した。そんなストーリーである。

 I・Cは寝ていた。ぐうがあとうるさくいびきをかきながら、映画館の中で寝ていた。

だが、他の客がいなかったため、咎める者もおらず、彼は延々と眠り続けるのだった……。


 ころしてなどやらない。

おまえだけはかんたんにころしてなどやらない。

くるしめてくるしめて、いためつけて、きりきざんで、そうだ、それでもころしてなどやらない。

わたしをころしたおまえを、わたしはゆるさない。

じごくにおちてもゆるさない。

ころしてなどやらない。

おまえはくるしんでくるしんで、それでもくるしむのがおにあいだ。

ぞうおはなにもかもをほろぼす。

ほろびてしまえ、すべて。

だがおまえだけはそれでも、ゆるさない!

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