第25話 【ACT二】ウィッカーマン

 俺は、親父に息子として愛された、と言う記憶が無い。

虐待をされた、のだろうか?いや、違う。親父は俺への憎しみすら無かった。親父は俺を徹底的に無視しようとした。俺の事を何も考えまいとしているようだった。俺は、親として最低な人間だとか、色々と親父を責めたが、その原因を親父が死んだ後に周りの人から聞いた時、それがあまりの事だったので、もはや親父は責められなかった。

俺の母親は親父が愛していた女を殺し、更に親父の親友の命まで脅して、無理やりに親父を夫にしたのだ。

親父が俺を徹底的に無視したのは、俺を憎まないためだった。憎い女の血を引く俺を憎みたくなかったから、無視したのだ。ちなみに俺の母親は、親父にいつまでたっても本当の意味で愛されない事を悟って、俺がいたのにほとんど自殺に近い形で死んでいた。

 でも、俺は幸い、俺を代わりに愛してくれる人には大勢恵まれていた。

生意気な小僧だと言いながらも、笑って俺の頭を撫でてくれる人が、大勢いた。

誕生日には両手に余るほどのプレゼントの箱が枕元に置かれていたし、姉さんと呼んでいた人の焼いたクソ不味いケーキを朝飯代わりに無理やりに食べさせられた。食べないと姉さんが情け容赦無しに殴って来るのだ。昼食はシチメンチョウのグリル焼き。これは俺が母さんと呼んでいた人の作成したもので、非常に美味しい。ただ、少しでも行儀が悪いと笑顔を浮かべて爪で思いっきりつねられるので、俺は母さんも恐れていた。夕食は、闇鍋としか形容の仕方のない、謎の肉と謎の物体が煮込まれた、実験シチュー。不味くは無いのだが、正体不明のあのシチューが俺は怖かった。これは婆さんが作ったもので、一度俺が「何の肉なんですか」と聞いたら、気味の悪い笑顔で「そんなに知りたいかい?」と言われて、俺は即座に首を左右に振りたくった記憶がある。俺は孤独では無かっただろうと思うし、さみしいと思う暇すら無かったような記憶がある。暇さえあれば姉さん達のオモチャにされたし、反抗期には俺は一人になりたいんだ、一人にしろと怒鳴った記憶もあるから。

 一度だけ親父が、俺と話をした事があった。親父が死ぬ事になる、ほんの少し前だった。

「お前は、俺が憎いだろうなあ」と親父は苦笑した。「でも、いつか、この俺自身も、その憎しみさえも、強くなったお前が超えてくれる事を、俺は願っている」

「……」俺は無視した。当時反抗期だった俺は、いつも以上に親父を毛嫌いしていたからだ。親父は、そうだよな、と言って――出かけて行った。聖教機構の最高権力者、『聖王』と恒久和平条約を締結するために、行ったのだ。

 そして発生する、『BBブルーブラッド事件』。

親父も聖王も取り巻きも全員が条約の締結現場で行方不明になった、世界を揺るがす一大事件。万魔殿と聖教機構の両最高指導者が、行方不明になり、やがて死んだと認定されたのだ。

俺は悲しいとは思わなかった。ただ、変に思った。親父は強かった。百戦錬磨の強者が挑みかかろうと、暗殺者が不意打ちしようと、一個大隊の軍隊に強襲されようと、返り討ちにできるだけの力を持っていた。

その男が、どうして――。

 否。

親父がいくら強かろうが、殺す方法など手段を問わねばいくらでもある。

俺はそれが許せなかった。親父は強かった、それだけは絶対的な事実なのだ。

それを倒したヤツと倒された親父が、俺にはどうしても許せなかった。

俺は親父が死んだとされてから、戦いの道に身を置いた。

そして闇雲に、戦ってきた……。

 けれど、そんな俺の前に、JDジェラルディーンと言う帝国の高貴な貴族が現れて、俺の友達になった。

JDは俺に問いかけた、何のために戦うのか、と。

俺は何のために戦うのか。

……。

まだ、その答えは、見つかっていない。


 ――だが、今の俺が取るべき行動は一つだ!


 瞬間転移して背後を取り、双子の首筋に長刀を突きつける。

「貴様らは誰で、何が目的だ」俺は問い詰めた。

「あっちゃー、しまったね、お兄ちゃん!」

双子の妹……は何ら怯えていない様子で言った。兄も、

「そうだね、グレーテル、どうしようか」

俺は刃をぐいと肉に少し食い込ませて言った。

「俺の質問に答えろ」

「分かったよ、お兄さん。 僕達の名前はヘンゼルとグレーテル、目的はね、お金と魂の雫を集める事だよ」双子の兄は答える。だが、それは双子の知る真実を隠す『蓋』のようなものだと俺にも分かる。

「魂の雫? それは何だ!」

「えーっとね、命のエネルギーって言えば良いの? とにかくね、お金とそれをいっぱい集めてきなさいってラファエル様がおっしゃったんだ。 別に良いでしょ? ここは万魔殿の捕虜収容所、捕虜なんか何人死んでもお兄さん達は悲しくなんかならないんだし」兄のヘンゼルは言った。

「ラファエル……あの、大天使ラファエルか!?」

それは今の俺達万魔殿穏健派の宿敵、万魔殿過激派と癒着していると噂の世界最悪の暗殺組織『デュナミス』、その統率者である化物の名前だった。俺は驚く。

「様を付けてよ、呼び捨てなんて最低!」妹のグレーテルはむくれたが、場違いにも程がある。

「金とそれを集めて、貴様らは何をするつもりだ!」

「分かんない。 いや、本当にね、知らされていないんだ。 でも僕らは、ドクター・ラファエルのために、そうするだけさ」

「そうか」俺は長刀を一閃させた。グレーテルの首が飛び、体が倒れる。「では聞く。 貴様らはどうやって魂の雫とやらを集めた?」

「お兄さんって残酷だね……」ヘンゼルは動揺すらしていなかった。「まあいいや、じゃあ、魂の雫の集め方を実演してあげるよ! グレーテル、連れてきて!」

「はーい、お兄ちゃん!」首なし死体が起き上がると、首を掴んで切断面に乗せた。そしてとことこと歩いていき、部屋のドアの向こうから、鎖で縛られた若い女を引きずり出した。俺はぞっとした。その、気絶している女は、

「オデット!」俺は思わず叫んだが、遅かった!

「「それじゃあ!」」

俺の背後に燃える大きな人形が登場した。オデットはその中に吸い込まれた!

「「行くよ、『供犠焼殺人形ウィッカーマン』!」」双子は声を揃える。

「あ、ああ!?」オデットの戸惑いの声がした。「こ、ここは!? あ、熱い! 熱い! きゃああああ!」

「オデット!」

俺は瞬間転移して、燃える人形の中に飛び込んだ、そしてオデットを抱きかかえて脱出する。

「あれ?」とヘンゼルが怪訝そうな顔をしていた。「お兄さん、やり方を知りたいんじゃなかったの?」

「あれ? その女と知り合いなの?」グレーテルは呆れたように、「危険を冒してまで女の人を助けちゃうなんて、まるで白馬の騎士気取りだね!」

そして双子は申し合せたように、

「「つまんなーい!」」と言った。

「オデット!」俺は酷い火傷を負っているオデットに呼びかける。だが、目は閉じられたままで、呼吸も浅い。俺はそっとオデットを寝かせると、双子に向き合った。

「あ、ちなみにお金はね、所長に不老不死をあげる事と引き換えにもらう事にしたんだよ!」ヘンゼルは俺の眼光にも全くひるまずに、むしろ余裕たっぷりに言った。

「お兄さんも不老不死になりたくないの?」グレーテルは甘い声を出したが、それを聞いた俺は反吐が出そうになった。

「断る。 俺は、そんな化物に落ちぶれたくは無い!」

長刀を構えて、俺は双子と対峙する。

「そっかー」ヘンゼルとグレーテルは、交互に言った。

「じゃあ」

「焼き殺しちゃおう!」

「お兄さんの魂の雫」

「もらっちゃおうっと!」

俺は、燃える人形の中に吸い込まれた。だがこの程度で俺が殺られるものか。俺が瞬間転移しようとした、その時、だった。

「え」

双子の驚きの声と、何者かが動く気配がした。

「消えた!?」

ザシュッ。

「きゃあ、お兄ちゃ――」

グシャッ。

そして物音がしなくなり、直後、俺は元の部屋にいた。燃える人形が消えていた。

「ああ」あのオデットが、あの火傷で、恐らくは動くのもやっとだっただろうと思うのに、うずくまっていた。その両隣には、絶命したヘンゼルとグレーテルの死体が転がっている。「無事で、良かった、オットー……!」

「どうして助けた!」

「違うわ、『ウィッカーマン』を作動させて、いる時のみ、この双子から、不老不死性が失われる、みたいだったの。 今しか、無かったのよ。 ……みんな、次々、私達の、目の前で、焼き殺されて、いったわ……でも、恐慌状態に、陥った、一人が、双子に、襲い掛かって、怪我を、負わせたの……すぐに彼も、焼き殺された、けれど」

「……何故それが俺に伝わらなかった!」

「看守に、いくら訴えても、囚人の妄想として、相手になんか、されなかったわ」

「オデット、それ以上喋るな! すぐに医者に――!」

気配。だが銃弾が俺の体に当たるより早く、俺は振り返りざまに長刀を一閃させていた。銃声。この捕虜収容所の所長ヘルベルトが胴体を斜めに切られて倒れる。だが、まだ、生きていた。すぐに傷は塞がり、立ち上がる。ただの吸血鬼にあるまじき生命力、再生能力だった。ヘルベルトは薄笑いを浮かべて、

「……オットー君、君もとんでもない男だね。 流石はかの大帝の息子だな。 まさか『ヘンゼルとグレーテル』を倒してしまうなど……驚きだ」

「貴様はこの捕虜収容所の囚人が焼き殺されるのを歓迎していた上に、金まで流していたのか」

「だって、私は不老不死になりたかったんだ、その代償には仕方が無いだろう?」

「そうか」俺は、ぶん、と腕を大きく振った。

「ぐあッ!?」ヘルベルトが長刀で壁に縫い留められる。否、壁に固定された。心臓は貫いたのだが、まだ生きていた。余裕の笑みを浮かべて、「む、無駄な事をするね、オットー君、やはり君は、評価こそ高いものの、まだまだ若輩だな!」

「いや」と俺は部屋の隅のコンセントをちょっと細工して、そこから銅線を引っ張った。ヘルベルトの顔が強ばる。「ちょっとやそっとではと言うのは、実にありがたい事だ、何せ、ちょっとやそっとではのだからな!」

俺は長刀の鋼の刃に銅線をつなげ、瞬間転移した。

「!!!!」通常ならば感電死出来ているが、出来ないヘルベルトが全身から青い火花を散らし、煙を上げて痙攣する。どうやら悲鳴すら出ないようだ。

俺はそれを尻目に、オデットを抱きかかえて部屋から転移した。

 俺は、俺にこの調査を命じた万魔殿穏健派幹部マルクスさんに一切合財を無音通信で報告すると、医療室に戻った。オデットが火傷の再生治療を受けている。

医者は一週間ほどで回復するでしょうと言ったので、俺は安心した。

安心してからその俺自身に驚愕する。

このオデットは、元『帝国』の貴族でありながら、己の父親も帝国の唯一絶対君主の「女帝」をも裏切り、ジュナイナ・ガルダイアを無差別空爆させようとし、そして数多くの犠牲者を出した『ジュナイナ・ガルダイア空爆未遂事件』の首謀者の一人だ!俺の友達だったJDだってこの女達の所為で死んだも同然なんだぞ!

 「何でだ……」俺は思わず頭を抱えて呟いた。

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