第16話 【ACT八】出港

 「もう少しここにおれば良いものを――」

名残惜しそうにエンヴェルは言った。帝国で大騒ぎとなった女帝暗殺未遂事件の後処理の合間をぬって、彼らは港に来ていた。

「いや――そろそろ帰らねば、家族が心配する」

オットーは言った。

「家族か。 ――ケッ、ろくでもない連中ばっかりだ。 勝手に死ぬは、逃亡するわ。 俺の気持ちなんか何も考えてねえ。 クソッタレばっかりだ」

「これ! 失礼だぞ」

毒舌を吐いたセルゲイの背中を、エンヴェルはどついた。

「うごッ、げほ、げほ! ――怪我人には優しくしろよ!」

「十分優しくしておるわ!」

この主従は、こうして永遠にどつきあって行くのだろうな、とオットーは思い、我知らず笑みを浮かべた。

「それじゃあ、これで」

そう言ってオットーが船のタラップに足をかけた時、

「あ!」

とエンヴェルが大声を出した。

「叔父上が亡くなられる時――『あの男が生きている』とおっしゃったのじゃが、『あの男』とやら――そちは知らぬか?」

誰だろう。オットーは考えたが、思いいたらなかった。

「いや、済まないが、見当も付かない。 誰だろうな?」

「そうか」エンヴェルは気落ちしたものの、すぐに笑顔を浮かべる。「――それでは、息災でな!」

「ああ。 お前達も――な」


 船は、白い跡を引きながら、ジュナイナ・ガルダイアの港から去っていった。

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