第3話 【ACT三】殺人鬼

 「ダメだあれは」と異国的エキゾチックな美青年が両手を挙げて疲れた顔で『尋問部屋』から出てきた。「拷問じゃあ吐かせられない。 命を捨ててでも守りたいものがあるんだろうな、俺がどれほど拷問したって絶対に吐かないぞ、あれは」

「守りたいもの? ああ、例の噂のガキ共か。 あのソニアとか言う女も連れてくるべきだったなー」I・Cは昼間から床に座り込んで飲んだくれている。「あー……そういやシャマイムとセシルの葬式はいつだ?」

「勝手に殺すな。 俺ならもう大丈夫だ」セシルが現れる。「『核』間近に銃弾を撃ち込まれたんで失神しちまった。 何せ俺みたいな変身種ライカンスロープは『核』が無いと生きていけないんでな。 それと、シャマイムは今、必死になってエステバンが直している。 幸い『核頭脳コア』は破壊されていないそうだから、無事直るそうだ」セシルはそう言ってから、「I・C、どうやってあんな練達者を倒したんだ?」

「どうだって良いだろ。 結果が全てだ。 それより、グゼがアイツをお決まりの拷問にかけたんだが、うんともすんとも言わないらしい。 セシル、お前アイツの手足の一本くらい切り落として来たらどうだ?」

「無駄だ無駄だ」と美青年――グゼが言った。「それなら俺もやった。 もう考えつく限りの拷問はしたんだ。 どうにかして情報を吐かせたいものだな。 何しろ相手は万魔殿の幹部だ。 機密情報を山のように抱えているに違いない」

「ま、じわじわと殺さない程度にいたぶり続ければ、いずれは吐くだろう」セシルはそう言ってから、心底嫌そうな顔をした。「それにしてもあくどい仕事だな。 人道を踏み外しまくっている仕事だ。 ろくでもない稼業だぜ、全く」


 聖教機構と言う組織がある。神と救世主の教えを掲げた、世界的大勢力である。その教義はあまねく広まり、精神的に多くの国々を従えている。この組織は人間が、魔族と言う名の謎の力を振るう異種族を支配するために数百年の昔に設立された。元々は国だったのだが、あまりにも巨大化したために維持が出来なくなり、また、教義が別れたために分裂と分離を幾度か起こして、今の地位に落ち着いている。分離した国々は表向きはこの組織の言いなりになっている。しかし隙あらば精神的独立・国としての単独での確立を実行しようとする動きがあり――更に数十年前にそれを決行した国があったため――その動向に聖教機構はいつも目を光らせていた。

この組織は、だが、現在真っ二つに割れている。教義の違いと、戦争を継続するか否かの意見の対立によって。――数百年前、聖教機構が生まれた頃、万魔殿と言う組織も誕生した。こちらの組織は最初こそ弱小組織であったものの、魔族が人間を支配する体制を確立し、数十年後には聖教機構の宿敵となっていた。人間が支配するか、魔族が支配するか。それは生き残りをかけた戦いだった。何しろ、魔族は人間を捕食する習性があるのだから。それは聖教機構では『悪しき因習』、万魔殿では『衝動』と呼ばれていた。

主に、この聖教機構と万魔殿の戦いを止めるか否かで、聖教機構は割れているのである。


 「今時、人間を食う魔族なんているのか?」とセシルはビルの廊下でぼうっとした顔をしている。「万魔殿は知らんが、こっちなら合成肉食ってりゃわざわざスプラッタな所業をしなくても良いじゃないか。 それに人を食ったら犯罪だ、殺人罪だ。 問答無用で即刻処刑されるじゃないか」

快楽殺人鬼シリアルキラーなら食べそうだな」と拷問に疲れたグゼは柱に寄りかかって言う。「そう言えば『帝国セントラル』の貴族で頭が完璧におかしいのがいて、ソイツは何でも領民を五〇〇人殺したとか。 それで食べたり色々したとか。 それに帝国は激怒して追放したそうだが、個人的には追放なんて生ぬるい仕置きよりも、さっと死刑にして欲しかったな。 もしも聖教機構の領土内にソイツが来て、また同じ事をしたらと思うと……」

「ありうる話だから困るなあ」とセシルは嫌そうな顔をした。「帝国貴族ってアレだろ、俺らみたいな魔族だろ? 暴れたら普通の人間だと太刀打ち出来ないじゃあないか」

「まあ、あくまでも可能性の話だ」とグゼは言って、くるりと柱の向こうを振り返った。「ああシャマイム、もう大丈夫か?」

白い、無表情な人型兵器が歩いてきていた。

「自分の修理は完了した。 記憶並びに思考演算回路に異常は無い」

「そうか、良かった」とセシルはほっとした顔をした。

「I・Cはどこに所在する?」とシャマイムは訊ねた。

「……」セシルは黙ってグゼを見た。

「……」グゼは黙ってセシルを見た。

「返答が無いと言う事は通常と変わらず街の酒場へと任務放棄して逃亡している、と言う事と認定する」シャマイムはその二人を見て言った。

「人が拷問で困っている時にあの変態は! また酒か!」グゼはお冠だ。

「すまん、気付いたらアイツ、また行方をくらませていたんだ」セシルはため息をついた。

「セシル、謝罪の必要は無い。 既に自分の任務内容の一種に『逃亡したI・Cの捜索』も含有した」

「本当、シャマイムは人間が出来ているなあ……」セシルはしみじみと言った。「普通だったらアレだぜ、見つけ次第射殺してもおかしくは無いんだぜ」

「これで何度目だ、ええと……」グゼは指を折ろうとして、そんなものではとてもカウント出来ない事に気付く。「……あの変態め。 度しがたいアル中め。 シャマイムに一体何回迷惑をかけたら気が済むんだ!」

「それでは自分はI・Cの捜索を開始する」とシャマイムは歩き出した。

「ああ待ってくれ、俺も付いていく。 ヤツを探して酒場から引きずり出すんだ、人手は多い方が良いだろう」

セシルが右手を挙げた。

その時であった。

ピピピピ、と電子音が鳴って、セシルとグゼの顔が引き締まった。セシルとグゼは、懐から通信端末を取り出す。シャマイムは内蔵の通信機をオンにした。

『新たな任務を下します』若い女の声が、そこから響く。『今度の任務はとても愉快な任務ですわ』と皮肉たっぷりに言うのだった。


 『帝国』、と言う国がある。長い歴史を持ち、巨大な大陸一つを支配し、聖教機構、万魔殿に匹敵する大国である。ここの支配層は魔族であった。帝国では魔族はすなわち貴族であった。人間は平民としてその支配を受けている。その彼らが神と崇め信仰して止まないのは、『女帝』と呼ばれる謎の存在だった。常に帝国の首都シャングリラ、そこにある帝宮の奥深くにいる女帝こそが帝国の真の支配者だ、と言えた。もしも自殺志願者がいたならば、帝都で女帝をなじる言葉を大声で吐けば良かった。平民達が寄ってたかって殺してくれるだろうから。この国はただ豊かなだけでなく大変に強力な軍事力を持っていた。有名どころでは、帝国屈指の貿易都市ジュナイナ・ガルダイアの帝国海軍などが挙げられる。この海軍はかつて空前の繁栄を誇った人間の国クリスタニア王国を二度も撃破した。だが、帝国は魔族が人間を支配する組織でありながら聖教機構と万魔殿の争いには関わろうとしなかった。どちらかと言うと政治的には鎖国的で、あまり外に進出しようとはしなかったのだ。

しかし、今回、珍しく帝国は、あくまでも私的にだが、外に出ようとしていた。


 「これが我らが帝国のしきたりでしてね」とその黒い髪の美女は言った。「あまりにも、あまりにもその罪が許しがたい場合、帝国の法律には貴族に死刑を下すと言う条文がありませんから、追放した後にこうやって隠密に処分するのです」

「それを手伝え、と……?」セシルは彼女に気圧されて目をまばたかせながら言った。

「そうなりますね」と美女は見下すような目で一同を見た。「まあ手伝われなくても結構。 ですが少なくとも私の足を引っ張るような真似はしないで頂きたい。 私が聖教機構勢力圏内で殺傷事件を起こす、その許可だけ頂ければ結構なのですから」

「許可が取り消された場合はどうする予定なのか?」シャマイムが訊ねた。

「外交上の問題は発生しません。 これはあくまでも私個人の独断専行、そう言う形式を取っておりますので。 ですが――あの鬼畜が帝国にて最後に殺したのは、現枢密司主席の義理の甥です」と美女はわずかに形相を歪めて言った。

「枢密司主席……帝国の、女帝に次ぐ第二権力者か……」セシルはうめいた。帝国を実質的に支配している、枢密司達の頂点に立つ者の心証を害すれば、いずれ聖教機構と帝国との間で何らかの問題が起きかねない。それだけは何としても避けたかった。

「了解した、可能な限りの戦闘支援並びに行動支援を実行する」シャマイムは頷いて、それから、二丁拳銃サラピス‐Ⅶを取り出し、隣で爆睡していたI・Cの耳元でぶっ放した。

「ぐえッ!」酒臭いI・Cは飛び起きた。そのI・Cにシャマイムは、

「I・C、端的に説明する、彼女の邪魔をするな」

「……何ですかその薄汚い男は」女は、汚らわしいものでも見るようにI・Cを見ている。「こんな男が聖教機構特務員? 冗談も大概にしたらどうです」

「……」I・Cは、ただ舌打ちをした。


 名前をイクティニアスと言う。帝国史上、最悪の殺人鬼であった。被害者数、遺体が発見されただけで五〇〇を下らない。その大半は地方の平民であった。真面目に法律を守り、のどかでささやかな幸せを求めて誠実に暮らしていた人々であった。だが、その幸せはイクティニアスがその地方の領主となった時に一瞬で砕け散る。それまで帝都にいたイクティニアスだったが、地方に飛ばされるような大失態をしでかしたのだ。完全に自分が原因の失態だった。不正横領をしておきながら、帝国追放されなかっただけマシだとすら言えた。なのに、理不尽な怒りとうっ憤が最悪の方向へ爆発したのだ。次々とさらわれる女や子供達。姿を消す男達。たまりかねて逃げ出そうとした一家が、皆殺しにされた。それでも一人の少年が逃げ延びて、隣の地方にこの惨劇を伝えた。仰天した隣の地方の領主は、自ら確かめに行って――見てしまったがために殺された。それでやっと、帝国の検非違使がやっと動いた。だが、その時にはイクティニアスは既に逃げだした後だった。逃げ出したついでに、まるで「ざまあみろ」と言いたげに、捕縛しようとした検非違使だった青年の貴族を殺して行った。そのままイクティニアスは帝国を脱出し、聖教機構勢力圏内に逃げ込んだ。

そのイクティニアスを殺害する援助をしろ、と言う任務なのである。

 「つまり」とセシルは要約する。「今回の任務は極悪非道なクソッタレをぶっ殺せ、そう言う内容か。 なるほど、ボスが『愉快な任務』っておっしゃったのが分かるぜ。 ――今度の相手は敵とは言え信条や信念を持ったヤツでなしに、ただのゴミだもんな。 殺したって良心が何ら痛まない。 むしろした方が人のためだ」

「イクティニアスの所在は?」シャマイムがモニターに映る人物へ訊ねた。その人物こそが彼らのボスであった。主は言う。

『アインヘイヘ街のスラム街だそうですわ。 そこのマフィア「ジキルとハイド」に大量の金を渡して匿うよう頼んだものと思われます。 ちょうど良い機会ですわ。 マフィアごと殲滅なさい。 情け容赦などくれてやるだけ無駄な事。 帝国との良好な関係のためにもおやりなさい、皆殺しを』

「ボス」とI・Cは面倒臭そうに言った。「イクティニアスはどんな種族で、どんな能力を持っているんだ?」

『種族は吸血鬼ヴァンパイア。 能力は不明です。 帝国からの密使――ジャスミン・レーに聞けば教えてくれるでしょうが……貴方達はむしろマフィアの殲滅に力を入れなさい。 彼女の邪魔者を排除すればそれで結構。 後は彼女が己の手で仕留めるでしょう。 復讐に燃える女の恐ろしさをたっぷりと思い知らせながら……』

「復讐に、燃える?」セシルは妙な顔をした。「ボス、それはまさか――」

『帝国で最後に殺された青年貴族……ゲオルギオスとか言いましたが……それは彼女の婚約者だったそうですわ』

「それであの女、妙に目をギラつかせていたのか」I・Cは相変わらずどうでも良さそうである。「変に暴走されると困るなあ」

『それを抑えるのも貴方達の役目でしてよ』


 殺してやる。ジャスミンはそればかり考えている。殺してやる。ヤツが彼女から奪ったものがいかに高額であったか、その身に思い知らせてやる。ただでは教えてやらない。血と痛みと絶望を以って、教育してやる。軍人貴族の彼女は己を抑える術をわきまえていたが、それでも今は血がふつふつとたぎった。

「ええと」とセシルが、燃える目をしている彼女に、遠慮がちに訊ねた。「イクティニアスの能力は何なんだ?」

「抗体能力だ」彼女はぶっきらぼうに言った。もはや今の彼女はイクティニアスを殺す事以外の全てがどうでも良かった。己から不当に奪われたものが高値であればあるほど、彼女は残酷に復讐を強く望む性格であった。「吸血鬼は日光に致命的に弱い。 だがイクティニアスはそれに耐性がある」

「ふうむ」とまだ酒臭いI・Cが呟いた。「『デイ・ウォーカー』か。 稀に、ごく稀に吸血鬼の中で出るんだよな、そう言うのが。 弱点を持たない吸血鬼ってのが」

『では、吸血鬼に有効とされる銀の銃弾も効果は無いのか?』

彼女達を乗せた、車になっているシャマイムが聞いた。

「無いな。 普通の銃弾で十分だ」I・Cはそこで、シャマイムに取り上げられた酒瓶を恨めし気に見た。シャマイムは勿論返さない。

「だが、これならば有効だ」ジャスミンは懐から、鉛筆ほどの太さと長さの銀の棒を取り出した。「この『ブリューナク』ならば、いかなる敵をも貫き滅ぼす!」

「それは……帝国の開発した兵器か?」セシルが目を丸くする。

「そうだ。 追尾能力があって、敵に命中するまで追い掛け回す」

「……凄く嫌な性能だな」セシルはそれ以上は聞かなかった。ぎッと彼女に睨まれたからだ。きっとこれ以上は機密事項と言うヤツなんだろう、と彼は思った。

「えーと」とI・Cが言う。「俺が外で見張りをして、三人が裏と表から分かれて突入する。 これで良いんだな?」

「貴様なんかが来ても足手まといだ」とジャスミンは言い切った。「私と私の力とこのブリューナクがあれば、ヤツを殺してみせる!」

「へいへい、じゃあ行ってらっしゃい、だ」

車が止まった。三人が降りると、人型に変形したシャマイムがマフィアの潜むビルの裏方から、セシルとジャスミンが真正面から突入した。

「だ、誰だ貴様らは!」と門番が叫んだ。

「イクティニアスを出せ!」ジャスミンは怒鳴って、ブリューナクを取り出した。それは彼女の手の中で巨大化し、槍先が輝く一本の白銀槍となる。

「えーっと、俺達は」セシルは巨大な化物になり、無数の触手をふるいながら言った。「皆殺し屋だ。 悪いが全員死んでくれ」

同時に銃声が聞こえてきた。

ブリューナクの威力は凄まじかった。追跡、命中した先の対象を、蒸発させたのである。これに彼女の、魔族の身体能力が加算されるともう滅茶苦茶だった。ブリューナクを放っている間に、彼女は素手で何人ものマフィアを殺している。

(凄まじいなあ)とセシルはマフィアを殺しながら頭のどこかで考える。(復讐する女ってのは、本当に強いんだなあ。 ……俺とは大違いだ)

そこでシャマイムが出てきた。硝煙の上がっているサラピスを手にして。

ちょうど廊下と階段の前の交差する場所で、彼らは出会った。

「こちらの階下は殲滅が完了した。 そちらは?」シャマイムは言った。

「こちらも殲滅済みだ。 残るは――」とセシルが階段を見上げた時だった。

けたけたとつんざくような、甲高い、耳障りな笑い声が響いたのは。

「なるほど、聖教機構が加勢したか」

美少年が手を鳴らしつつ、階段を下りてきた。

「イクティニアス!」ジャスミンが怒鳴って、ブリューナクを構えた。その瞳孔は開ききっている。「貴様の血が流されない限り、私は二度と帝国の地を踏まないと決めた!」

「では二度と踏めないな」美少年――イクティニアスは唇を、真紅のそれの端をV字型に吊り上げる。吸血鬼特有の牙が覗いた。「ここで貴様は、そうゲオルギオスのように死ぬのだから」

「貴様がその名を口にするな!」

その時である。いきなり電子音が鳴って、セシルが化物の体のどこに隠していたのか、通信端末を取り出した。シャマイムも内蔵の通信機で同じ命令を聞いている。セシルがいきなり人型に戻った。

「待て!」シャマイムが、ジャスミンの前に立ちはだかった。「攻撃してはならない!」

「何故だ! ここに来て邪魔するか! 退け!」

「否、イクティニアスの所持品に――」

だがジャスミンはもう聞いてなどいなかった。シャマイムを突き飛ばし止めようとしたセシルを振り切って雄たけびを上げながら、ブリューナクを振りかざし、空を飛んで一瞬でイクティニアスに迫る。魔族の持つ人間ならざる特殊能力の中の一つ、『風妖精シルフ』だった。ブリューナクの先端から破壊の光がほとばしる。それを受け止めたのは――。

「――鏡、ッ!?」ジャスミンはぎょっとした。

「否、盾だよ!」イクティニアスはにやりと笑った。丸い銀の円盤状の盾が、いくつも、まるで魚の鱗のように彼の前に展開されていた。「マフィアが金で買った兵器でね! ありとあらゆる物理攻撃を弾き返すんだ! 名前は――そうだ、『無敵の盾アイギス』としよう!」

ブリューナクの槍先よりほとばしる破壊光線が、乱反射されて――。

「危ない!」セシルの絶叫が響いた。


 ――倒壊したビルのがれきのてっぺんに立ちながら、イクティニアスはけたけたと笑う。

「馬鹿な女だ! 馬鹿すぎる女だ! 馬鹿は罪だ、死ね!」

「ふーん」と実にどうでも良さそうな声が聞こえた。イクティニアスはぎょっとして振り返る。だがその顔にはすぐに嘲りが浮かんだ。

「何だ、貴様は。 私に敵対する者か?」

「いいや。 俺はかつて神にすら敵対した。 お前なんか敵にすらならないさ」

I・Cが、酷くどうでも良さそうにがれきの上を歩いてくる。イクティニアスは急に喉の渇きを覚えた。そう言えば帝国を逃げ出してから、何も食べていなかった。ここで食べても、良いだろう。

「何をたわ言を。 私の餌になれ!」

イクティニアスは、襲い掛かった。だがI・Cは怯える所か――。

「うぜえ。 ――『サタン』発動、Ver.『盲目なる魔神』」

I・Cの姿が変貌した。目も覚めるような鮮やかに赤い衣をまとい、一枚の布で顔を隠した男へと変わる。

『私はサマエル。 私のローマ滅びたりと言えど我が矜持は不滅なり! ――BIGBANG!』

何が起こったのか、イクティニアスには良く分からなかった。だが、己の右腕が吹っ飛んで後方に転がったのを見て、絶叫を上げた。

「何故だ!?」

アイギスは自動発動型である。ありとあらゆる物理攻撃を弾き返すはずである。それが、発動しなかった!?

『私の攻撃は』男は言った。『長距離空間爆裂爆散能力カミノアクイ。 我が攻撃はありとあらゆる障壁を突き通し、空間ごと破壊する! 対象が三次元に存在する限り、私の攻撃は命中する!』

その姿は、あまりにも恐ろしかった。

「ひ」

イクティニアスは逃げようとし、その両足が吹き飛ばされた。

「ぎゃあ、ああ、痛い! 痛い!」

悲鳴なんかどうでも良いとばかりに、もがこうと伸ばした最後の腕が、奪われる。

I・Cが近づいてきて、イクティニアスの懐に腕を突っ込み、アイギスの基本体を奪った。

「これが例の兵器か」I・Cはそれから足元を見て言った。「おーい、セシルにシャマイム、生きているかー? ……流石に死んだか、ゴシュウショウサマデース」

「……おい、勝手に殺すな」がしゃりとがれきが崩れて、そこからは巨大な化け物が姿を見せる。「何とか……庇えたが、俺の体の半分が持って行かれた。 まあ、『核』を傷つけられなきゃ俺みたいな変身種は大丈夫なんだが」

その化け物はぞるりと動いた。動いた下では、シャマイムとジャスミンが倒れている。

「うう、う――」ジャスミンは気が付いた。「イクティニアス、は――!?」

「ここにいるぜ」とI・Cがイクティニアスの髪の毛を掴んで引きずった。「ほら、早く殺せよ。 俺としちゃとっとと酒場に逃げ込みたくてたまらないんだ。 それにしても何でビルがぶっ壊れたんだ? そんなに激しく暴れたのか? 激しいのは夜中のベッドの上だけで十分だろうによ」

「……私のミスだ」ジャスミンはぎりりと歯を食いしばり、ブリューナクを握りしめた。「礼を言うぞ」

「嫌だ、死にたく――」イクティニアスはまだ言っている。

「死ね!」その胸に、心臓に、ブリューナクが突き刺さった。


 「それは重畳」と聖教機構幹部マグダレニャンはモニターに向けて言った。彼女の異名は『鋼鉄の乙女アイアンメイデン』であるが、外見は愛くるしい少女であった。彼女こそがI・C達の主である。「多少の失態はあったようですが、成果はきちんと挙げられた。 これで良しとしましょう」

『ボス』とセシルが言う。『彼女は、これからどうするんでしょうね? 復讐が終わってしまったからには――』

「女と言うのは強かな生き物ですから」マグダレニャンは不敵に笑った。それからいきなり形相を変えて、「I・Cはどこですか? 報告に来ないと言う事は――」

セシルはうなだれた。うなだれるしか、無かった。

『……止めるシャマイムを引きずって……酒場に』

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