19秒だけ勇者

おもちさん

19秒だけ勇者 

かつて人類は絶滅の危機に貧していた。


大陸を支配する魔王と、その手下である魔族。

魔王に支配はされずに、群れ単位で生きる魔獣たち。

その両者の脅威に晒され続け、正に滅びる寸前にまで追い詰められた。


だが一人の英雄の出現に、人類は希望の光を垣間見る事となる。

彼の剣技は凶悪な魔獣を、大魔法は狡猾な魔族を、放つ言葉は人々を大いに奮い立たせた。

そしていつしか、大陸の過半部分を取り戻し、未曾有の危機より人々は救われたのだ。


だが、英雄もあくまで人の子。

天命にだけは逆らえなかった。

勇者と称えられた英雄もやがて老い、代替わりをし、また老いていく。

そして500年の時が過ぎた頃には9代目となっていた。

大陸の勢力図は初代のものそのままに……。




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大陸北部に『眠らずの森』と恐れられる森がある。

魔獣が多数生息し、昼も夜も気を抜けない事が由来だ。

その危険地帯の真っ只中に若い男女の二人が居た。

噂に違わぬ程に魔獣は多く、彼らは連戦を強いられているのであった。



「ドラゴンブロー……ぅ」



寝ぼけ半分の声で魔法が唱えられた。

魔術師リーザのものである。

その声色とは裏腹に、数多の魔獣が瞬時に粉微塵となる。

こんな芸当が出来る人物は、大陸中探し回っても極少数だ。

一見すると唯の眠たげな少女であるが、規格外の力を有している



「マリウス、こっちは片付いた」

「じゃあ助けてくれよ。こいつの相手は手に余る!」



剣をがむしゃらに振り回しているのは、勇者マリウスだ。

相対するはモチウサギ。

その性質はというと、モチモチしてて可愛い。

機嫌が悪いと人を噛む、以上。



「がんばって。ふぁいとー。ウサギなら村人でも倒せるんだよー」

「んなこと言ったってな、こうも早く動かれちゃあ……!」

「キュウッ!?」

「やった! 当たったぞ!」



当たったのは刃ではなく、マリウスの肘だった。

モチウサギが飛びかかってきた瞬間に当たり、それがカウンター気味にヒットしたのだ。

我らが勇者様の大勝利である。



「ウサギ相手に楽しかった? 存分に癒された?」

「うるせぇ。オレはド素人なんだから多目に見ろ」

「そうだね。ちょっと前まで羊相手にしてた人だもんね」

「おっ? 畜産をバカにしたか? もう二度とミルクとチーズ口にすんなよ」



勇者の末裔も9代目となれば相当な人数となる。

その中でも、力や資産を引き継いでいるのは直系の家のみ。

家系図の端に乗るかも怪しいマリウスにはろくな力も、高名な装備も、使命すらも引き継がれない。


……ハズであった。


彼の才能がある日突然に謎の発芽をし、その暮らしぶりを一変させた。

一日に19秒だけ勇者の力を振るう事ができるのだ。

もちろんそれ以外の時間は、一般人と変わらない。

恐ろしく極端な人間兵器が生まれた瞬間だった。



「早く次の村へ行こう。食料袋がもう空っぽ」

「食料袋? お菓子袋の間違いだろ! 金の許す限り買い漁りやがって」

「じゃがじゃが君は神のお菓子。あれだけで私は永遠に生きていける」

「テメェの偏食に付き合わされるオレの身にもなれ、クソが」



森の中には中規模の村があった。

古くに開拓された所で、防備も万全、騎士団も常駐している拠点であった。

魔獣であれば騎士団で対応でき、魔族は境界線から遠いために侵入してくることはない。

よって安全な村である。


そう思われていたのだが……。



「グワッハッハ! このガキの命は貰ったぁ!」

「おとうさーん、おとうさーん!」

「も、者共! かかれぇ!」

「煩いハエどもが、寝ていろ!」

「うわぁぁあーッ!」



その村でミドルデーモンが暴れていた。

人間の2倍はあろうかという巨体が、少女を片手で拘束している。

騎士団も果敢に攻めるが歯が立たない。

瞬く間に薙ぎ払われ、場はすぐに制圧されてしまった。

このまま少女の命は、暴風の前に散ってしまうのであろうか。

駆けつけたマリウスたちは、この切迫した状況を即座に理解した。



「マリウス。困ってる。助けよう」

「バカ言え。こんな化け物相手にナマクラでやりあえるかよ!」



国からの期待度が極めて低いマリウスには、支援はほとんどない。

彼が持参した武器はひどく粗末であり、刀身は錆びている部分の方が多いという有り様である。



「グワッハッハ! ワシを葬れる程の武器となれば、近くの森に封じられた『退魔の剣』のみ! それさえあれば一振りで撃退できるものを!」

「おい、何でアイツは唐突に攻略法を語りだした?」

「さあ。最初の村だからじゃない?」

「いやいやいや。こっちの事情なんか敵には関係ない……」

「退魔の剣と言えば……伝説の勇者様が使われた事もある名剣!」

「かつての勇者様が片道4秒で現地に向かい、7秒で引き抜いて帰ってきたという、あの剣の事か?!」

「今度は村人まで合わせてきたぞ?!」

「ルーキーに優しい。正直助かる」



マリウスが全力で向かったとして、15秒後には戻ってくることが可能。

通常であれば気にかける事は無いのだが、彼に限っては違う。



「リーザも知ってんだろ、オレが19秒しか力を使えないことを!」

「戦闘に4秒も割けるじゃん。余裕ヨユー」

「それは最短でやれた場合だろ? しかも4秒かそこらで高位の魔族を倒すなんて……」

「グワッハッハ、退魔の剣があれば、ワシを倒すのに3秒とかからんだろうな!」

「アンタちょっと黙っててくんない?!」



トータル18秒。

全てを順調にこなしたならば、マリウスは村を救うことが出来る。

些細なミスすら許されないが。

そのプレッシャーが彼の決断を鈍らせていた。



「待てよ。その剣を抜く瞬間だけ力を使えばいいだろ。そうすりゃ戦闘に10秒くらいかけられる」

「グフフ。この少女を喰らってしまおう。あと30秒後には丸呑みしてくれるわ!」

「おとうさーん助けてー! 私の命は残り30秒よー!」

「あぁ、こんな時に伝説の勇者様が! 20秒足らずで助けてくれる勇者様が居たならば!」

「わかった、わかったよ! 行けばいいんだろクソどもがッ!」



爆風、そして土煙。

力を解放したマリウスは風よりも早く駆け抜けた。

こうなってしまえば乱雑に自生する木々も、群れを為す魔獣たちも障害にすらならない。

行きに少し迷い4、7秒。

力任せに剣を引っこ抜くのに6、5秒。

帰りはさらにスピードを加速させて3、9秒。


見事マリウスは15、1秒という好タイムで舞い戻ってきた。



「オウ抜いてきたぞ退魔の剣! これで満足か?」

「グフフ。まさか再び勇者と刃を交えようとはな。此度甦った我が力を……」

「無駄口叩いてんじゃねぇ!」

「グァァアアーーッ!」



ミドルデーモンの胴を一筋の光が走った。

敵の口上を少し聞いてしまったので、倒すのに3、7秒。

18、8秒という、まさに寸でのところで解決に成功したのである。



「勇者様、ばんざーい!」

「伝説の英雄に栄光あれぇ!」

「ありがとう勇者様!」

「調子いいヤツラだよ、まったく」

「これで宿に泊まれる。ご飯もたくさんくれるかも」



無事成功したことを無表情で祝うリーザ。

時間に間に合ったことに心から安堵するマリウス。

だがそんな彼らのもとに、信じがたい報せが届けられる。



「村長! 南の村に魔族がやって来るとの事です! 明日の早朝に攻め寄せるとの予告が!」



マリウスの苦難は、こうして幕を開けたのだった。

ゆとりを持って戦える日々を、彼はいつ迎えることが出来るのだろうか。



ー完ー

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