第40話 リメンバー・ミー
ジャラ……
部屋のドアに手を掛けながら、その後ろでした音の方へと振り向く。
下に、ペンダント付きのネックレスが落ちていた。
……俺の、か? 今、落ちたのか。
どうやらそれは俺の気付かない間に、ズボンの後ろポケットから落ちた物だった。
俺はそれを拾い上げ、まるで猿のように物色した。金属製のネックレス。おそらく俺の記憶に何か関係しているのだろうが、全く心当たりは無い。
そして、ついに俺はその最大の秘密を仕舞うように閉じられたペンダントの、蓋を開けた。
……女性だ。女性の顔の写真が一枚、楕円形にはめ込まれていた。
思わず顔をしかめる。まるで重要そうに見え、自分の記憶を埋めてくれるようなオーラを出していたペンダントの、盛大な空振りに拍子抜けした。
誰? まず、そう思う。そして、今この瞬間、このペンダントは俺にとってほとんど価値のない物に変化しつつあった。
取っておくべきか。いや、記憶がある時の俺が身に付けていた、唯一の私物かもしれない。これを上手く使えば、この女性に話が訊くことだって出来る……。
俺はそのペンダントとにらめっこする。
女性の顔は、まるで絵画のようだった。眼差しは鋭くて、上品で麗しい雰囲気を醸し出している。モナリザを彷彿とさせた。だが、顔立ちは純日本人で、よくよく見ると、意外とタイプな顔かもしれない。
「痛っ!」
突然、頭痛に襲われた。視界が一瞬にして暗くなり、玄関の低い框に膝をつく。
頭痛とともに、脳内で映像が再生し始めた。
ーーーー今、私はとっても幸せよ
女性の声だ。エコーがかかっている。
ーーーージョー、あなたは?
「かはぁっ!!」
俺は知らずのうちに、床に倒れ込んでいた。過呼吸を起こしていたようで、身体も熱い。俺は自然に呼吸が整うのを待った。
……何だったんだ?
もう一度、手に握りしめられたそのペンダントを見つめる。次は、軽い耳鳴りがした。まるでさっきの頭痛の余韻のように残っている。
今出てきた女性は、このペンダントの女性か?
流れた映像は全体的にかすれていて、語りかけてきた女性の顔は上手く見れなかった。
……それでもあの言葉は……昨日言われてなければ、今日言われたわけでもない。記憶に無い。だったらあの映像は、俺の以前の記憶の片鱗なのではないか?
そう考えると、出だしは好調と言えそうだった。記憶探しの旅がこんな風に、パズルのピースをはめるように進んでいくのなら申し分ない。毎度頭痛を起こしてしまうとなると、少し気が重くなるが。
俺はペンダントをポケットに入れ直し、気も入れ直して、ようやく玄関の扉を開けた。
「えぇっ!?」
瞬間、右から裏返った、悲鳴めいた声がする。見てみると、一人の女性がキラキラしたバッグを肩に提げながら、数メートル離れて俺のことを見ていた。
ああ、ここはアパートだったな。他の住人が居るのも当然か。
そう思い、俺は特別驚きもしていない。だが彼女はさっきから俺を、まるで幽霊でも見たかのような顔で驚いている。
二人の間に、静かな膠着状態が続いたので、「どうされましたか?」と、俺はへりくだって彼女に聞いてみた。
「愛奈……さん、に……男……が!」
口をパクパクさせていて、声は途切れ途切れだったが聴き取れた。
愛奈さんに男が!
彼女は多分、そう言ったんだろう。
彼女はそれから、周りをキョロキョロと見てから、俺の方へと駆け寄ってきた。
「あ……あの!……愛奈さん、の、彼氏さんです、か……?」
ああ、分かった。さっきの彼女の声は、決して恐れおののいた驚きではなかった。今、目の前で質問をしてきた女性の瞳が輝いているのを見て、それで分かった。俺は彼女の好奇心を掻き立たせてしまったのだ。それも悪い意味で。
早く誤解を解かないといけない。今すぐに。俺と愛奈さんは付き合ってない、と。だが俺の頭の片隅で、愛奈さんと俺が付き合う妄想劇が既に始まっていた。その結果、上手く言えずに口ごもる。
「い、いえ、あの……その」
何だ俺は。誰だお前は。愛奈さんの何だって言うんだ。会って一日も経ってないだろ。失礼だ。関係を持ってると、まだ言えないだろ。……まだって何だ。オイ。
俺が無節操に暫く黙っていると、彼女は短く息を吐いた。「そんな訳……ないよね」そう、ポツリと口にする。
…………何……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます