第36話 お前は、ジョーだ
「……は?」
脇腹がギシリと軋む。目の前にいるヤツの存在に、俺は目を疑った。眼をひん剥いてしっかりと見た。それでもヤツの言葉に、嘘は一つも無い。そこにいるのは明らかに鮫島翔であった。
「何で……?」
疑問符が思考回路を埋め尽くす。情緒不安定に陥っている俺に、今のこの状況を冷静に分析する力は無かった。
俺は翔の返答を待つ。翔はじっと俺を見た。だが、焦点は俺の目と合わない。翔が何処を見ているか分からなかった。
「何で僕がここにいるか……疑問なんですね?……多分、透さんはもう解るんじゃないですか?」
翔はニヤつきながら話した。さっきから翔は俺を嘲るように接している。真剣にこの状況を理解したい一心の俺に、翔のその態度は俺をイラつかせた。
もう解る? 何を言っているんだこいつは。
「透さんはぁ、今日ここに何しに来たんですかぁ?」
呆れ顔で質問される。翔はブラブラと右手のバットを揺りかごのように動かし始めた。
「今回の事件の犯人が、夜の間に学校に来ると思ったんだ」
「ですよねえ。そう考えてここに来たんですよねえ」
バシ、バシ、と、翔は足下の砂利をバットの先でいじる。
「で、誰がいましたぁ?」
……何だ? 聞いているのか?……そんなの……
「お前が…………いた」
「そうですねぇ。透さんの予想は、見事的中したんですよ」
…………まさか、まさか。まさか。そんな筈は無い。
「お前がやったのか、あの花壇は……」
「ええ」
「その他の、奇妙な現象も?」
「ええ、工夫したんですよねぇ。人がやったと思わせないために、手間暇かけて」
「夜は時間がたっぷりあるから……」と、翔は空の月を見上げて呟いた。
嘘だ。何故? なぜ翔がやったんだ?
まず第一に、動機が分からない。いや、分かりたくもない。今まで捜査を共にしてきた。今回たけじゃない。数々の事件を一緒に解決してきた仲間だ。一体、どうして?
心の中の何かが引きちぎられた気がした。すぐに分かった。信頼と絆の鎖だ。
既に身体の痛みは、もっと他に強い衝撃を受けたことにより緩和されようとしていた。段々と、全身の感覚が薄れていく。
「ということでまあ、僕達がやったわけなんですけど……。透さん。残念です。見張りがバレなければ、僕達を捕まえられたのかもしれなかったのに……」
僕……達?
俺はその言葉につまずいた。
今、僕達って……。
足下に、自分と翔のとは違う、別の影が伸びるのが見えた。
左を向くと、見慣れた大男がバットを振りかぶっていた。
「ここで死ぬってこった。じゃあな、透」
ガァンッ……
ーーーー将雅の顔が歪んで見えるのと同時に、脳から全身に鈍い音が響く。その音が地震のように身体を揺らし、反響する。身体の自由が利かなくなり、俺はまたその場に倒れ込んだようだ。
視界がぼやけ、倒れる瞬間までの風景がフラッシュバックを繰り返す。
「お……! おま……ら、何し……るん……!!」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。俺はピクリとも反応出来なかった。ただただ、頭の半面を川の水に浸し、キラキラと流れていく赤い水面を眺める。その水の中に、虹色に輝く存在も見えた気がした。
「大丈…………!! しっ……かり……ろ!!」
さっきの声が突然大きくなる。声の主が近くまで来たみたいだ。……翔は? 将雅は? どこかに行ったのか?
キーンという音とともに、頭頂部に激痛が走る。
その時川の水平線から、在りもしない夕日が顔を出した気がした。
もういい。もう、いいよ。
俺の目は無意識に閉じられたーーーー
クックック。ハハハハハハッ!! ああ……ぁ。滑稽だったよ。君は手のひらの上で躍らされすぎだ、神崎透くん。……いや、お前は誰だ? 誰が神崎透だ? さっさと決めてくれよ。いい加減その茶番は見飽きた。……それで?…………あー、成程。お前はそう考えているのか。無理もない。彼らのあんな本性を知っちゃったんだからな。だがそのままだと、お前は真の犯人を見つけられない。これから躍り狂うしかない。茶番劇の舞台の上で、一生な。
まあ安心しなよ。お前にはまだ道がある。運命が変わる。
今日からお前は、ジョーだ。
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