第26話 揺籃

 ーーーー『怒』の俺は、目覚まし時計を止め、いつも通りに人格日記を確認する。


「チッ。また事件かよ……」


 俺は机の引き出しから、もうひとつのノート、『事件ノート』を取り出して、学校のバッグの中に入れた。


 自宅から学校まで徒歩5分。毎日歩いて登下校している。俺は部活に入っていない、いわゆる帰宅部なので、朝のこのウォーキングはちょっとした運動代わりになっていた。

 学校の近くの川の上に架かる橋を渡り、歩道を歩くと右手に川田海高校が見えてくる。だがその前に、川田海高校の手前には大きなグラウンドが広がっている。そのグラウンドを横目に、俺は早歩きで学校に向かっていた。

 学校の近くまで来た時だった。

 おそらく、部活の朝練をしているであろう女子二人が、俺の歩く歩道の前から走ってくる。俺は歩道の左側に寄って道を開けた。雑談をしながらウフフと笑う彼女らは、何事もなく俺の横を通り過ぎていく。俺は別に、彼らが誰なのかとか、何を話していたかとかは気にしていなかった。

 それでも何故か、俺は無意識に後ろを振り向いていた。

 髪を揺らしながら小走りする、彼女達の後ろ姿。

 俺の目線はそこよりも上に動いていた。


「危ねえ!!」


 俺の声に驚いたのか、彼女らは足を止めてこちらを振り向く。瞬間、


 ドスゥンッ!!


「きゃあっ!?」


 大きな音が辺りに鳴り響いた。彼女らが走っていた道の先の、学校の樹木が倒れたのだ。

 女子の一人が尻もちをつく。もう片方はその地べたに座る女子に寄り添い、その樹木を刮目していた。

 辺りで同じく朝練をしていた部活の生徒、登校しに来たばかりの生徒らが、徐々に野次馬として集まってくる。それもそのはず、倒れた木は、一人の人間が囲んでも手と手が届かないくらいの幹の太さで、決して小さい木が倒れた程度のものではなかったからだ。

 どこからともなく松坂先生が、辺りを囲んでいた野次馬を掻き分けて駆け付けて来た。


「お前ら大丈夫か!? 怪我は無いか!?」


 松坂先生の確認に、女子生徒二人は小さく「はい」と返事をした。


「みんな! 危険だから離れなさい!」


 そう野次馬をどかしながら、松坂先生は女子生徒二人を校舎の方へと連れて行った。

 その後はというと、松坂先生の注意も虚しく、まだ多くの人がその現場の周りに集まっていた。「やばい」だの、「見た?」だの様々な言葉が飛び交っている。だがそのざわつきも、徐々にフェードアウトして、その木の周りに人は見えなくなっていった。


 俺は学校に入って、三年生の階へと上がると、真っ先に将雅を探し始めた。日記に書かれてあった『事件』のことを、彼なら何か知っていると思ったからだ。将雅は三年生の8クラスあるうちの、『3-3』の生徒。俺はその教室を覗き、彼の姿を探した。

 いた。

 将雅は、自分の机の全面に広げられたノートやら教科書やらと向かっていた。集中しているようで申し訳なかったが、俺は横から彼に近づいていく。


「おはよう、将雅」


「!……おはよう」


 将雅は少し驚いた様子で反応した。


「朝の音、聴こえたか?」


「音……?」


 俺は将雅に朝の出来事を説明した。将雅は、全く気づかなかった、と言った後に、


「……やはり、偶然じゃないかもしれないな……」


 と、呟いた。偶然? 何のことだ?


「偶然じゃない……って?」


 そう聞いた俺の顔を、将雅は数秒間固まりながら凝視する。そして何かに納得したようで、頷きながら彼は足下の鞄を漁り始めた。

 俺は、彼から三枚の写真を渡された。


「最近、学校で起きている不可解な現象たちだ。お前に渡してなかったな、すまない。資料として貰ってくれ」


 俺はそれらの写真に目を疑った。これが、ノートに書かれてあった事件のことか……。


「それはそうと透、どうする? 俺は今日学校関係者の人たちに、今日の朝の件も含めたこの事件について、事情聴取をしに行くつもりなんだが……来るか?」


 将雅が俺を誘った。

 この事件についての……事情聴取だと?

 俺は三枚の写真に目を通しながら、将雅の顔を窺う。正直、俺はこれらの写真と、朝の出来事に関連性を見出せずにいた。

 俺は片眉を上げた。だがそんな俺の顔を見ても将雅の真剣な顔は変わらない。

 俺は「分かった」と返事し、その直後に将雅は、「じゃあ放課後に」と、言った。

 俺は『3-3』の教室から立ち去った。

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