第27話 捜査①
放課後、俺は生徒玄関前で将雅と待ち合わせた。
「じゃ、行くか」
将雅は手帳を片手に前を歩いて行く。俺は後ろから付いて行きながら、疑問を投げ掛けた。
「まず、何を調べるんだ?」
将雅が足を止め、こちらに振り向く。
「お前、まだ治ってないんだな」
「……」
「また人格、変わってるぞ。もう一回医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」
数ヶ月前に初めて、鮫島兄弟らは俺が多重人格であることを知った。それ以来、彼らの俺への対応はより気を遣うものとなっていた。同情はして欲しくない、という思いは受け取っているみたいで、変な優しさは振らない。当時は打ち明けるのを迷っていた俺だったが、今は別に後悔をしていない。
だが俺は今、将雅の言葉に少々苛ついた。それは決して、将雅が悪いことじゃない。俺の中の、〝全てを知る人格〟のせいで、病院に再訪するのは無理なのだ。
奴の言動と存在が今の俺を縛っている。それを知る由もない将雅に、病院に行けと言われるのは腹立たしくもあり、仕方ないことだとも思えた。
「はは……そうだな」
俺は下手な愛想笑いをして返事する。だがその時にはもう、将雅は前を向いて歩いていた。
川田海高校を上から見ると、左から普通棟、特別棟と並んでいる。その間を三本の渡り廊下が繋いでおり、「日」という字を作っている。それぞれの棟は4階建てだ。そして、校舎の右横にグラウンドがあり、そのまた右には川が流れている。川田海高校の周辺は、そんな感じだ。
俺と将雅は、普通棟から特別棟方面に向かい、特別棟校舎の角を左に曲がった。右のグラウンドで、野球部がノックをしている。それを何となく眺めていると、将雅が口を開いた。
「見ろ。まずこれだ」
将雅の指が示す先に、特別棟の崩れた壁があった。横に備え付けられた、非常用のガラス張りの引き戸と、窓から見える中の様子から、その壁はちょうど理科実験室の壁だと分かった。外壁と内壁の間は分厚いようで、穴が開いたというところまでは崩れていない。黒く変色して落ちた大きな瓦礫が地面に転がっている。
朝、写真を見た時の予想と随分違った。てっきり、これはただの経年劣化だと片付けられるものだと思っていた。それでも俺の目に映るのは、その壁の下から伸びるツタのような黒ずみ。サビとは全く違う鼻を覆いたくなる激臭。禍々しくてただならぬオーラがそこから噴き出ていて、とても経年劣化と考えられるものじゃなかった。
「おい、行くぞ」
将雅はこの壁は後回しにするのか、踵を返して先に進む。俺は顔をしかめながら後を追った。
……正直朝から考えていたが、俺はこの事件についての重要性が全く見えていない。今見た壁の件も、写真で見た花の件も、別に事件だと騒ぎ立てる程じゃない気がしていた。だから俺は今、仕方なく将雅の後を付いて行っている。
グラウンドは普通棟、特別棟と同様に縦に伸びている。俺達は特別棟とグラウンドの間の道を黙々と進んだ。
「こんにちは」
「あら……こんにちは」
将雅が挨拶したのは、事務員の一人のおばさんだった。おばさんはなんだか元気の無い顔をしている。その理由を探すのにそう時間は掛からなかった。
おばさんはジョウロを持ちながら、特別棟の壁に沿って並ぶ花壇たちの前に立っていた。あの三枚の写真にもあった、枯れた花しかない花壇の前だ。
おばさんは、憂いを含んだ目で、枯れた花々を見下ろす。横目で将雅の方を見ると、彼は唇を噛み締めていた。
「犯人は……ズルい奴だ」
将雅の口からボソッと洩れる。そして、息を吸って将雅は話を切り出した。
「郁恵さん」
郁恵さん。おばさんの名前か。将雅は事前に調べて、手帳にメモしていたらしい。
「この状態になった花壇を、初めて発見した時のことを教えて下さい」
郁恵さんは、伏し目がちになりながら、重い口を動かす。
「四日前のことでした。朝、いつも通りにこの花たちに水やりをしようとした時……その時にはもう、全てが枯れていて」
「前日は?」
「元気いっぱいに咲いていました」
「朝?」
「……そうですね。それからは確認していなかったんですが」
「なるほど……ここの花は、プランターに入れずに、土に直に埋めているんですね」
将雅は腰を屈め、その枯れた花たちをまじまじと見る。
「そうですね」
そこで将雅は質問を止めて、うーんと唸ったり、首を傾げて花を様々な角度からのぞき込む。それから勢いよく立ち上がり、
「分かりました。話してくれてありがとうございます。また何か起きたら、遠慮せずに言ってください。きっと、力になります」
「ほんと、ありがとうねぇ……」
俺達は一旦その場から離れた。そして人気の少ない場所で将雅と二人きりになると、将雅は険しい顔に変わる。
「よく考えれば、小さいことなんだよ」
将雅のその言葉に、思わず「えっ」と声が出る。だが将雅は俺の口から出る何かを、押さえるように話を続けた。
「この学校で、様々な事件が起きてきた。殺人などというものに比べれば、今回のは単なる嫌がらせかもしれない。それでも、罪は罪だ。傷ついている人がいるのは確かなんだ。……学校の生徒の中に、道徳心が麻痺しているたわけ者がいる。それらを看過する生徒も同じだ。これくらい良いだろう、と思っているのだ。……俺らはそいつらを正さなければならない。俺らは、いつでも正しくなければいけない。……透、どんな些細なことでも、事件は事件なんだ」
将雅が、俺の前に手を出す。
「いつも通り、協力してくれるよな?」
俺は胸が痛んだ。さっきまで、俺は将雅の言うたわけ者の仲間だったからだ。久し振りに、心が大きく動かされる。
……そうだ。
今回の事件が人為だろうが、自然現象だろうが関係無い。そこに傷付いている人がいる限り、その事件を解決するのが当然だ。俺は、そう考えが変わった。
「ああ、やるよ、将雅」
俺は彼の手を固く握った。
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