第25話『無』の名探偵
ーーーー俺は、生徒会室の扉を開けた。
案の定、いつもの二人が俺を待っていた。
「待っていましたよ」
立派な社長椅子……いや、会長椅子に座っている翔が、机の上で組んだ手を顔の前に出している。
視線を横にずらすと、腕を組みながら壁に寄りかかる将雅の姿も確認出来た。
会長の後ろには窓があり、そこから差す日差しは逆光で、明かりも灯けていない部屋の中にいた翔と将雅の顔は不気味に黒ずんでいた。
この雰囲気が、カッコイイとでも思っているのだろうか。
俺は生徒会室の明かりを点けた。
「あっ……」
翔が、弱々しく喘いだ。隣の将雅は、まるで俺をバッシングするかのように、フー、と強いため息をつく。
「用件は?」
俺は二人のペースには合わせず、無遠慮に話を切り出した。
「ま、まあ、まず座って」
翔は生徒会長の机の前のソファを示す。黒光りした、新品のソファだ。
俺はあまり長居したくなかった。長話というのが、基本的に好きじゃないのだ。だが、俺の身体はこいつを求めていた。
俺はソファに吸い込まれるように座る。俺が座るのを確認すると、翔はまた口を開いた。
「神崎透……殿。今まで数々の功績を残してくれた」
表向きには俺に向けられた、翔の自己満足な絶賛が始まった。
「〝体育館殺人事件〟から始まり、〝教科書紛失事件〟。〝女子生徒失踪事件〟から、〝体育祭テロ予告事件〟まで……」
これらの事件名は、翔と将雅が勝手に付けたものだ。そして、全て俺が関与した事件でもある。事件の解決の糸口を見つけたり、直接解決させたりした。
今、翔が事件名を羅列させているのは、ただそれらを口に発したいだけなのだろう。
ナントカ事件、と。
響きが良いから。
「……三つ目はまだ解決してないっすよ」
俺は表情一つ変えず、頭を掻きながらその熱弁を遮った。「あれっ、そうだったっけ?」と、翔はキョトンとした顔で聞いてきた。俺はその質問に答えず、また続ける。
「翔くん……本題を」
俺がそう言うと、翔は口を止め、空気中の何かを飲んだ。
「そうですね……本題。これを見て欲しいんです」
席を立った翔は、会長の机と俺が座るソファの間にある黒いローテーブルに、三枚の写真を並べた。
そこには、萎れた花が並ぶ花壇、腐食し崩れた白塗りの壁、大きな亀裂が入ったコンクリートの地面が撮影されていた。
全て、学校敷地内で見たことのあるような場所だった。
「これは……?」
俺はそれらの写真を手に取り、眉の間を縮めながら翔に聞く。翔は頷いて、
「この学校の周りで撮ったものです」
と、言った。そして、隣の将雅が続ける。
「それらの現象は、この一ヶ月のうちに起きたものだ。知らずのうちに、花は枯れ、学校の外壁が崩れ、体育館の外で地割れが起きていた」
「何が…………言いたい?」
俺は、怪訝そうにまた聞き返す。俺は不安だった。彼らが、まさかあの言葉を口に出すのではないか、と。
「解決してほしい」
出た。やはり言った。
俺はため息が出そうになった。今すぐにでも、彼らの顔面にカウンターを食らわしたい気分に襲われた。
不機嫌な様子が顔に出ていたのか、翔が俺を見て咄嗟に補足を始める。
「偶然とは、思えないんですよ! 最近、ほぼ毎日こんな現象が起きているんです。おかしいと思いません?」
「壁が腐ったのは、ただの経年劣化だと思うが?」
翔は小さく、うっ、と呻いた。
「地割れも、自然現象にすぎないと思うのだが」
俺は続けた。どんなことも事件だという風に考えを直結させる彼らの、図星を突いた。
翔は黙ったままだ。
「そうだな」
将雅が返事をする。そして、俺の前に並べられた写真を取り上げ、三枚の写真の中の一枚を抜き、それをまた机の上に提示した。
「それでも、これが不思議なんだ」
それは、花壇の写真だった。
「やはり、壁や地割れの件は、客観的に考えれば透の言ってることが普通だ。」
花壇の写真を見つめながら、将雅は続ける。
「ただこの花壇だけは、人がやったものなんじゃないかと考えている」
「……開花時期が過ぎたから、枯れたんじゃないのか」
「違う。これらの花は、アイビーやバーベナ、9月にはまだ咲いているはずの花たちだった。そしてある日突然一斉に枯れたんだ。数十メートルも横に伸びる花壇の、全ての花がだ」
「それは……」
人がやった。と、認めざるを得なかった。もし将雅の言っていることが本当ならば、これは十分に事件性を持っている。
俺はもう一度、その花壇の写真を凝視する。もし人がやったのなら、どうやってやったのか、犯行時刻は。そう、思考が巡る。
「取り敢えず、今は埒が明きませんよ。まだそれを人がやったとも言い切れませんし。僕達、事件に敏感になりすぎて、考えが空回りしているだけかもしれませんしね」
翔が横から早口で言った。
「そうだな。まだ俺は現場も見てないし、決定的証拠も無さそうな気がする」
俺はそう言ってソファから腰を上げた。
「だが透、俺達は、これらの不可解なことが学校周辺で同時期に起きているという事実を、君に認知していてほしかったんだ。俺ら兄弟、とても嫌な予感がしたんでな。名探偵である君を、今日ここに呼んだ理由はそれだ。」
「……分かった。考えておく」
将雅の言葉に、俺はそう返事をして、その日の将雅達との話を終えた。
ーーーーノートに、事件の臭いがするとだけ書いて、『無』の一日を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます