第3話 霧雨レインという男
男と話す彼女の名前は、人間サニ(ひとま さに)。高校三年生。彼女は今、学校に行っていない。一年前の、ある出来事が切っ掛けで……。
学校が終わって塾に行こうとしたサニは、いつも通り、高層ビルが連なる大通りを歩いていた。日が落ちて暗くなっていたその大通りは、ちょうど人が混んでいる時間帯だったようで、サニはその人混みを避け、裏道を使って塾に向かおうとした。だが、それが運の尽きだった。
基本的に一本道だったその裏道の向こう側から、サニに向かって物体が迫ってくる。光の無い裏道から出てきたそれは、まさに闇そのものが近付いているかのようにサニは感じた。サニはその時、嫌な予感と、悲壮な未来の自分を直感して逃げ出そうとする。
そう思った時にはもう手遅れで、サニはその闇にいとも簡単にヒョイと攫われてしまった。
「人質になってもらう」
と言ったその闇を、肩に担がれたサニはそのとき初めて人と認識する。それも、男だ、と。同時に、彼の言葉が何を意味するのか、一種のサイレンが聴こえるまでサニは理解出来ずにいた。
それは、パトカーのサイレンだった。
サニを攫った男は、銀行強盗をしたのである。それも「金をだせ!」と受付の正面から突入する、ドラマでよく見るものでは無い。銀行の壁を爆破して、金庫などの金目の物と目に映るもの全てを盗っていく荒業をしていた。
だが、サニを攫った時、男はその金庫やら金やらを一つも手に持っていなかった。リュックやらカバンやらも持ち合わせていない。それでも彼の犯行は成功していた。
そんな彼の犯行のルートにたまたまサニは通ってしまい、人質にされてしまったのだが、サニはどうもそこからの記憶を失くしたらしく、サニは、そこから彼がどうやって警察から逃げ延びたのか分からずにいた。
そして、いつの間にかサニは彼のアジトの中で目が覚めた。
フカフカのベッドで寝かされていたサニ。部屋の環境、過ごしやすさはサニの自分の家より数段良いものだった。
そこからサニは葛藤する。
サニは自分の家が嫌いだった。家族が、嫌いだった。両親はサニの成績をいつも咎め、些細な誤りもでっち上げて、サニにプレッシャーを与えていた。サニが塾に行くのも、自発的なものではなかった。ストレスが限界点まで達していたせいで、サニは突飛した決断をしてしまう。
もう、家出しよう。と。
こうしてサニは、その男、〝霧雨レイン〟との同棲生活が始まった。
サニは、彼のダークで、怪奇で、知的な部分を素直にカッコいいと思っていた。それも相まって、サニは彼との生活を苦に思わず、慣れるまでもそう時間は掛からなかった。
だが暫く日が経って、サニは彼の犯行に手伝わされるようになる。〝世界中の人達が知る凶悪犯罪者〟であった霧雨レインの犯行は想像を絶するものだった。
月一の銀行強盗、アサシンとの共同任務、国の国家機密の情報窃盗などだ。そして、毎回犯行を起こすたび、レインは全国各地で報道されていた。その本人を一番近くで見ていたサニは、いつまでもレインが捕まらずにいるから、警察も面子が立たないんだろうなあ、という同情と、レインへの恐怖が募っていた。
私は本当にとんでもない人と一緒に住んでしまったのかもしれない、と、感じたのだ。
サニは、突然何処か怪しいビルの地下に連れ込まれて置いてけぼりにされたり、軍事施設に肝試し感覚で行かされたり、ヘリを操縦させられたりした。
サニは、これらの行動の意味を分からずに、レインに言われるがままにやり遂げていたが、結果的に、レインの犯行を間接的に手伝っている立派な犯罪だったということを、サニは後々になって知らされていた。
そんな寿命と精神を削るような日々を繰り返し、サニの中での彼のカッコ良さなども徐々に剥がれ、ただ人扱いが荒い人だということが分かっていく。サニは、初会のトキメキを返せ、と思った。サニは彼を憎悪し始めた。もうこんな馬鹿なことせずに、家に帰ろうとも思った。
たが、もうサニに引き返す道は無くなっていた。今更社会に戻っても、自分がどこの誰に恨みを買っているのか知る由もない。間接的に、自分は様々な犯罪に関与していたのだから。そう気付いたサニは、もうこれは運命なのだと諦めた。もういっそのこと、まだ謎が多く残っている、この“霧雨 レイン”という人間を徹底的に研究しようじゃないかと、サニは心に決めたのであったーーーー
そして、今に至る。
そのサニの研究対象が、大手化学会社「プロミス」の秘密の書類を盗ってきた。それも、昨日の夜中から朝までの僅か数時間。
サニは危うく研究を放棄しかける。
「リオンの帰りは待ってられない。開けるぞ」
レインは、まるでサンタさんからのプレゼントの箱を開けるように、無邪気にその封書を開け始める。
サニはあと10年ここにいても、〝霧雨レイン〟という男の真髄に辿り着けない気がしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます