第6話 森林


『スカジ』

ハイエルフが慇懃にに唱えると、一際大きな大木の幹が歪み、大孔が現れた。孔の向こうには誰かしらの騒がしいがやが聞こえる。

ハイエルフたちの後ろには先に顔を地面に擦り付けたせいですっかり汚れ、人であるか遠目では判別出来ないほとの散々な体のノエルが物言わず縄に引かれていた。


「おい、しっかり歩け」

ハイエルフの者がそういってぐいと縄を引っ張るとそれにつられ、ぽんと浮かんで飛ぶようにはねながら大孔へ入っていく。。ノエルはハイエルフたちに捕まってから小一時間ほど歩いたが、その間こうして彼らはわざとノエルを痛みつけるようにノエルを強く引っ張っていた。はじめのうちは、泣き叫ぶかと下卑た笑みを浮かべながら反応を心待ちにしていたが、ノエルが一切反応しないために、ハイエルフたちはすっかり興味がうせてしまって、今はただ淡々とした連行具合らしい。すっかり顔を伏せたままよたよたとついて行く、幼い女児であるノエルの姿は大層不憫の様。もとは銀髪の髪に虹の穂先といった美しい風貌もすでに泥に草木が埋め尽くさんとばかりにそれにかかってしまっている。けれどもそれらを眼にうつしても、ハイエルフたちには何ら同情は起こらない。


それもそのはずであろう。彼らの性質は暴虐。元々ハイエルフたちはエルフ族そのものであったが、ある時に、自身『神』と呼称した髭の生やした大蛇が現れた。大蛇は威光にあふれ、エルフたちはそのあまりの巨大に大変驚いた。おそれおののいた。それらのエルフの震え上がる様子を眺めて、大蛇は「恐れることない。我は旦夕の賢者。我はおぬしらを救わんとしてきた。我を受け入れればこの大森林は永劫守られるであろう」と、輝いた。そうして、エルフ族の中から格段優秀である若者たちを己の従者、『御苑の守り人』と呼び特別に扱い始めた。祝福されたエルフたちは全く姿や、性格が異なってしまうようになっていった。祝福を受けたエルフは皆醜くなった。そして、温厚であった青年は自身の力量を見せびらかし、他家の女性を襲い始めた。子供たちに好かれていた若き乙女は祝福された子供以外にはまったく接することがなくなった。時には暴力させふるい始めた。そんな様子を祝福されなかったエルフたちは訝しげにみて、あるとき、大蛇に詰問した。あの子らがまったく暴力を振るうようになったのは貴様がきてからだ。祝福という呪いをかけてからあの子らはおかしくなってしまった、と。それらに対して大蛇は、『御苑の守り人』となった抗議してきた子供たちに親を殺めよと命令した。そうして、『御苑の守り人』はあっという間にエルフたちを虐殺していった。その力は超絶たるものがあった。祝福という大蛇の呪いは確かに子供たちに力を与えていたのであった。


自身の親さえ殺めるほどに狂わされた彼ら。ノエルのことはもはや生物としてみる目は持ち合わせていなかった。


大孔の中にはハイエルフたちの住処が広がっていた。もとはエルフの住処であったものをそのまま横取りした形になっており、木々に組細工を運んでそこを住宅としてしている。また、大木の根元の上にも組細工が組んでありそこここでハイエルフたちが活動しているらしい。ノエルを引き連れるハイエルフたちは大木の根元をくぐりながら黙々と歩いていると、根元の上にたちながら槍を持っていた男が、


「おや、お前らもう巡回から帰ってきたのか」

と声をかけてきた。

「ああ、どうやら人間の小娘がさまよっていたらしい」

「人間の小娘?二か月も前からか」

「そうらしい」

槍を持った男は驚いた顔をして、

「それは奇妙なことだ。で、その小娘が後ろの奴か。……なんだ薄汚いな。そんなの連れ帰ってどうするんだ」

「『錬金国ファイシア』に売りさばく予定の人間たちがいただろう?それらと一緒に売ってしまおうと思ってな」

「ああ、それはいいな」

ハイエルフたちが話しているとそこへ立派な鎧を着たハイエルフがやってきた。

「その小娘はどうした?」

ノエルを連れていたハイエルフたちは同じ説明を再度した。その顔は少し面倒そうであったが、鎧を着たハイエルフは立場が上の者らしく丁寧な言葉を使っていた。一連の話を聞いて、鎧を着たハイエルフは未だうつむくノエルを少し逡巡しながら眺めていたが、やがて、

「その小娘どうやら魔力を待っているらしい。旦夕の賢者様に捧げれば大層お喜びになるであろう」

そういった。それを聞いてノエルを連れているハイエルフたちは喜悦した。旦夕の賢者のお喜びは自身ら最上の喜びに数え上げられる。鎧をきたハイエルフに感謝を謝して、旦夕の賢者なる神のもとへと案内することになった。

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