第7話 大蛇


「お通しになるそうだ。入れ」

門番がそういって、体を横にずらして入り口へと誘う。旦夕の賢者が住まう神殿はハイエルフ達が住まうここ『アンテラ』の最奥部に位置している。アンテラには多くのハイエルフ達が各々大木をそのままとして、それらを利用する形で生活をしている。食は森の動物を狩猟、木になる果実など、元はエルフゆえ、それに関しては元来のエルフの血が生き通っているのだろう。が、時折人間の、獣の、甲高い叫び声が唐突に耳へと入る。食は温厚であり、人と獣、自然を慈しむ心を持っていたエルフが住んでいた頃には言い様のない畏れを与える音がふいに弾ける。ハイエルフにはそれは日常。彼らには人間が家畜の声を聞くように、人間の鳴き声を澄まして聞き流しているの常であった。鍛冶屋が鉄をうつ音と同じに、叫び声は彼らの商売が順々とうまくいっていることを表すもので、それを咎めるものはやがて、同じ叫び声をあげることになる囚人のみであろう。


たんせきの賢者なる神が住まう神殿はそびえ立つ崖の中の洞窟に位置していた。入り口には蔦が絡まりあいながら奇妙な模様を描く。洞窟内は広大であった。先に森で見かけた大木を一本まるごといれても尚、余裕がありそうに見える。幾つかの剥き出しの土道に都度枝分かれしており、ぽつりぽつりといくらか間隔をあけながら燭台が灯っている。案内なしでは到底生きて帰れる気色はない。


ノエルを献上しようとしたハイエルフたちの案内は普段神殿に仕える僧侶服を纏ったハイエルフが、手に松明をかかげながら勤めた。また、一行には先に捧げ物を提案した鎧をきたハイエルフも連なった。手柄を分けよといっていることから、おこぼれに預かろうという魂胆らしい。それに対し口上において、肯定しつつも、目を盗んで顔をしかめているノエルを連れだったハイエルフたちの様子が窺える。神に仕え、祝福を受けることでハイエルフとなり、彼らの欲する心は危険なほどに盛んになっているらしい。

神殿に仕える僧侶の案内についていった先には、一際大きな空洞があった。


天井には鍾乳石が構えて滴をぽたりぽたり落とすものの、あまりの高さからか、水滴の地面をうつ音はしない。空中で霧散となっていく。中央にはここまで来る間に見かけた燭台が整然と二列に並んで奥へと繋がっている。空洞にあった道はその燭台に囲まれた一本道があるばかりで、脇にそれると、不気味な、底の知れない真っ暗な湖が波打たずしんとしている。 


一行は僧侶を先頭に、一本道をそろりそろりと歩いていくことにした。ノエルはその折、誘うような黒い湖に顔を覗かせて魚の一匹二匹泳いではいないか、と腹を満たそうとしている。ハイエルフ達とて、恐ろしい黒い湖をみても泣き出さないノエルは極めて奇怪な生き物に違いあるまい。未知は怖いものだ。いっそここで黒の湖に突き落とそうかと考える者もいた。が、ふと視界にまぶしい光が届いたのを見て思考をまた前に戻した。


見ると祭壇の上に髭の生やした大蛇が光り輝きながらとぐろをまいている。まだ随分と距離があるが、その大きさは驚くばかり。先の森で見かけた大木がまるごと胴体になったように巨大で、ふとましい。とぐろが幾重にもまかれているために全長は推し量れないが、到底人知の及びえないことは想像だに難しくはない。随分と距離があるが、あまりの威圧感にハイエルフたちは及び腰に先までの欲望が忘れたかのように呆然としている。


「あれが……旦夕の賢者様」

ノエルの縄をひいていたものはいつの間にかその縄を手から離していた。僧侶を務めていたハイエルフ以外の者は皆同様に言葉をなくしていまっている。あるものは唇の端を神経質にピクピクさせている。ただただ大蛇の光陰に目を凝らすばかり。

「驚くのも無理はありません。旦夕の賢者様は元来たやすく目にかけれることのない、高貴なお方です」

語る僧侶の顔には、異様な感情の恍惚感が光に照らされながら浮かび上がっては、消えていく。そうして眺めるばかりの一行であったが、ふいに厳かな低い声が聞こえてきた。

「ふうむ。汝ら、何者かえ?」

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