第4話 紅姫
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肢体はきめ細やかに、中庭へそそぐ太陽の焔に照らされ真紅の装いを鮮やかに彩り、血のように明々とした長髪を腰までおろす姿はアリサの目には一層艶やかに映った。エンリはあわれむような、誘うような眼をして、
「それで、フェイデン様は先ほどおっしゃった文言、確かにわたくしの聞こえるところには問題あることのように思われますが」
エンリはフェイデンへと詰め寄りながら、そそとアリサを背中のほうへと隠した。獲物が立ち消えたためか、些か冷静の体を取り戻したフェイデンは謝罪の言葉を話した。
「いえ、まったく失言でございました。そこのアリサと申すものが落人であると聞き及んでおりましたので、国の安否を安んじ、つい言葉荒くなってしまったようです。」
「あらあら、貴殿は相も変わらず落人、落人と時代錯誤の言葉を覚え、口にいたしますか。どうも貴殿はそれに関すると常人憚れるところがあるようですね」
「時代錯誤とは第一姫エンリ様といえど、少し過言ではないでしょうか。れっきとした数々の資料が古くから残っており……」
「そう、根拠がない逸話ばかりが転がっておりますね。やれ人食いの民だの、悪魔との混血であり、夜な夜な獣に化けては女子供を襲って浚うとか。子供の童話のようですわね。私も幼いころは随分とそれを聞かされ悪いことはしてはいけない。落人がやってきては食べられると教えられたものです」
赤面に震えるフェイデンを前に、一呼吸おき、きっぱりと告げた。
「下らない造話です」
フェイデンは蛇のような眼をより強めて、荒々しい目でエンリをにらんだ。が、意に関せずといった様子で、エンリはなおフェイデンを突き放していく。
「もとより、あなたはなぜアリサを落人であると考えたのですか?……ああ、聞くまでもありませんね。アリサはかのウエスト地方出身だ。あの地方の民は昔から落人であると誰かしらが定めたのであるからそうに違いない。そう貴殿方、落人を忌み嫌う者たちは口をそろえておっしゃいますね」
「だが!災いはきっとあの地方から起こっていた!」
フェイデンは自身意識しないところで激情が沸き起こっていた。
フェイデンにとっては落人を憎むことで、同様に嫌うものとの関係を持てた。落人を断じることで、存在を罪あらしめることで自身のあふれんばかりの悪意を叩きつけることができ、また、それは自己を救う唯一の手段であると無意識のうちにフェイデンをフェイデン確からしいものにしていた。そのフェイデンにとって、確かに、”落人”それ自体は誰かそれらしい人物がもっともらしい書物を書き上げ、確からしい諸説を作り上げたものであろう。フェイデンにはそれはよく理解できていた。幼いころ、父方から落人の悪行を日夜聞かされ、猜疑心の強いフェイデンは何者ぞと聞く耳を持たなかった。が、それは習慣化した。そしていつしか、憎き目をもってにらみつけるようになっていた。落人を調べ始めた。そうして、フェイデン自体落人を貶めんとすればするほど、その潔白が証明されてしまった。けれども、フェイデンにとってはもはや、落人が悪意をもっていようが、なかろうが一切は必要のないことであった。
フェイデンは落人を憎むことが自身のこれまでを作り上げたものであっただから。
そのため、エンリがその偽を認知させようとすればするほどフェイデンは自身を侮辱されるようで、ひどく怒りを覚えていた。
エンリは眉をひそめて、
「ふう、貴殿ら落人を嫌う人々はみなそうですね。何かしら災害が起こればそれはウエスト地方の何がしがもたらした。そう王へときまって奏上してなさいますが、まったく意味のないこと。いい加減おわかりなさい。四聖といえど、相応しき者でなければ我々王族がその権利を奪えることをお忘れなきように。賢慮でありなさい」
見放さすように放ったエンリの言葉は、フェイデンの激色を諫めることはなく、いよいよフェイデンは鼻息荒く、普段の不健康そうな色白の肌を赤くして、「体調がすぐれないようで」といって、城内の園内から立ち去ってしまった。
それらを呆然と見送っていたアリサはようやく、エンリの隣に直属の上司であるナラーに気づき、軽く介抱された。そうして、いくらか気を取り戻したところに、
「お茶でも飲んで少しゆっくりしましょう」
とエンリに声をかけられ、それについてくことにした。
★
アリサはアーメリ国第一姫エンリの私室へと案内された。
私室は質素清廉であり、エンリその人自身を映すように無駄な装飾はないが、可憐の装い。自身が銀獅子に入ってから手渡された銀糸の装飾がほどされた制服はここに至って、浸透している感があった。
エンリに案内され、アリサが席につくと、
「お主も大変よの。落人だとかなんとかいうくだらん物につきまとわれて」
「エンリ様、そのお話し方は第一姫として……」
「型ぐるしいことをいうな、ナラーよ。ここには余の信頼するナラーお前と、期待の星、アリサのみ。何ぞ問題あるか」
「そのアリサが問題でございます。まだ銀獅子に入りたての身。右往左往しているところに、そうエンリ様になれなれしく話しかけられてはアリサも困惑することでしょう」
「そのことであれば問題あるまい。この者は中々に肝が据わっている。聞くところによると、一人で黒狼を壊滅させたほどの勇を持っている。そうであろう?」
エンリに問われ、アリサはいよいよ真実が言い出せず、諦観の思いから「そうです」と答えたところ、
「嘘じゃな」
そう短くきっぱりと断言するエンリにアリサは気押された。怖いと思った。
けれども、言ってすぐに快活な笑みをたたえるエンリをみてアリサはまた、常のように気を取り戻した。
「余はそれなりの慧眼を持っていると自負しておる。その眼によると、お主は確かに英傑なりえるがまだ未熟。到底500もの兵を相手取る黒狼を単独壊滅したとは思えんよ。子細はどうであろうか?」
また、問われたので、アリサは真実を口にする快感をその肢体にみなぎらせながら、語った。壊滅された討伐隊に所属していたこと。捕縛されたこと。そうしてまた捕まった際に、ノエルと呼ばれる銀髪に虹の穂先を持つ美少女とであったこと。そこで、その少女が一切壊滅した、その際の惨状。
それらをつらつらとアリサが話した、エンリは物欲しげな声で、
「のう、そのノエルという少女欲しいのう」
といった。その表情はどこか幼げにみえた
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