第2話 食事

黒狼と呼ばれた盗賊らはここアーメリ国において近頃急に台頭を表してきた盗賊だんであった。アリさと呼ばれる魔法持ちの少女は中流貴族に含まれるものであったが、三女なる身であったがゆえ、盗賊団を討伐せしめんとする領主の命を受けて家の代表として出陣していた。齢十六なれど、魔法持ちの力は持ち手によっては無双を誇る。ノエルは無双とまではいかんが後に英傑の一人として特出するであろうことが窺えるほどには十分な活躍をしていた。領主の兵士500ばかりの兵と伴って黒狼を追った。けれどもこの黒狼は不気味であった。不思議と魔法を唱えんとするとそれが消散とする。幾度も試みたが一向に魔法は唱えきれず、討伐隊の中の魔法隊20はことごとく案山子のように立ち竦んだ。魔法を使えぬ魔法もちほど邪魔なものはなかろう。ろくに武器もその心得もないものは怯え軍の隊列を乱し、結果500の兵馬はたかだか50弱の盗賊に壊滅せしめられ、アリサはその折に容貌が良いということで盗賊らに捕らえられてることとなった。


一度はアリサは魔法を使って逃げおおせた。その時、一緒に捕まっていた子供らも逃がした。けれどもこうしてまたあっけなく捕まった。わずか1日経たずにである。

才能溢れる若き魔法持ちアリサには何よりの不思議であった。

改めて捕まえられたあと、盗賊らの住処へと移された。そこは魔物が多く出現し、命がいくらっても足りないと近隣の村々では伝えられていた昼間とて木々が日の光を遮るような山中深くに位置した洞窟であった。アリサはいよいよ逃げられないと観念した。そこでは魔法持ちの少女アリさはノエルと呼ばれた美少女に逃げ出さぬように監視された。といっても、他に一緒に逃げたした人間、獣人の子供らと1つ檻へと閉じ込められる体となっていたので監視といっても、用を足すときについてくるばかりであった。

そんなとき、魔法持ちの少女、アリサは度々ノエルへと話しかけた。何故あなたみたいな女の子がこんな卑族らに混じって悪徳を重ねるのか。捕まった子供らはどうなるのか。私をどうするのか。聞くも帰ってくるのは能面のような無表情ばかりであった。

ついにはこの美少女は魔物の類いでここ盗賊らにかわれているけものではないか。相に違いないとまた考えた。


幾日か経った月の良くでている空の澄んだ晩のことであった。アリさが硬い石が敷き詰められている檻の中で眠れず苦心していると、不意に誰か檻の側へ近寄って来ているのに気づいた。そのものは松明もつけずに忍び寄ってきた。

月明かりに写し出されたのは月のように煌めく銀髪。ついで幼いが、人間らしかならぬ美しい女児ノエルの顔が月明かりに浮かんできた。ノエルは近寄ってくるなり檻のじょうへとうんと背伸びをして、鍵を差し込んだ。じょうを開けるなり、

「良くわからないけど、あなたたちはにげていいらしい。」

と能面を張り付けたような顔でいう。

何やら判然つかないものいいである。足音に気づき起きていた数人のこどもらも困惑顔で呆然とノエルを眺めていた。


そんな折に、アリサはいの一番に檻からそそっと外へと半身を出してまず右を向いた。無骨な石壁が無造作に敷き詰められているだけであったが、左を向けば石畳が乱雑に敷かれた通路が突き当りまで伸びている。奥へと目を凝らせば階段が上へと続いているらしい。その階段はどこへつながっているか判別つかぬは当然であったが、それでも尚、自由が垣間見えて、自然と心高鳴った。けれども、どうにもノエルの行動には戸惑い隠せない。だが、それでも幾日も湿った石壁を眺めることに心が苛まれていたアリサは、ノエルが疑わしいが、その幼い風貌を横目に捉えて離さないことを精神の安定として、湿気った香りが漂う牢屋からゆるゆると、全身を解放させた。

ノエルはアリサが牢屋から抜け出しても微動だにしなかった。

ますます人形らしいノエルの姿にアリサは一層恐怖を煽られた。だが、動かない今のうちにとも思った。

そこで、

「みんな、外にでよう」

と牢屋で未だ困惑していたこどもらへと外へでるように促した。

こどもらは幼いながらも人形のように佇むノエルに言いようのない恐怖を覚え、物音をさせてノエルが動き出すのを恐れるように、皆口一つ開かずそろりと牢屋から出て行った。

そんな様子をノエルは終始興味なさげに見るとも判別つかない様子で視線を一点に漂わせるだけであった。



ノエルは皆が牢屋から出てくると「ついてきて」と言うなり、先頭に立って左にうっすら見えていた階段へと案内した。

階段を上る際、薄暗いこともあって子供らはおぼつかない様子で、時には階段に脛を打ち付けながら、ノエルへとついていった。中には這って進むこどももいた。皆必死の思いでついていった。

階段の上を登りきると暗い洞窟の中であった。黒狼盗賊団が棲みかにしていたのであろう、いりくんだ構造をしていたが、ノエルの案内ですんなりと洞窟から出ることができた。洞窟から出れば月明かりに照らされた木々に視界が埋められた。微かに小動物がさまよっているであろう木々の折れる音が時々響くが、あとは子供らの荒い息づかいが聞こえるばかり。


「じゃあ、にげて」

抑揚のない声が響く。

「えっと」

アリさは改めて状況が飲み込めずにいた。が、こうしてほのかな木々の香り、神秘的な月明かり、そして子供らの息づかいを全身で触れることでようやく自由を得たのだと得心を得た。


「ありがとう。えっと、ノエル.....でしたわね」

アリさが感謝を言葉にするとすかさずこどもらも礼を口にする。ノエルの周りをこどもらが取り囲み袖を引っ張ったり、喜色満面をノエルの眼前で見せびらかしたりした。ノエルとてまだ十にも満たない小さな女の子。背の高いじゅうじんのこどもが近づくとアリさからは銀髪に虹の穂先は隠れて見えなくなってしまった。そんな様子をみてアリサはここしばらく忘れていた笑みを浮かべた。


「ほらみろ!ノエルが手引きしてやがる!」

突如、弛緩した空気を切り裂く怒鳴り声が響いた。

アリサやこどもらが驚き、声の方へと身体を向けるとそこには身の丈ほどの大剣や、槍に弓を持った二十ほどの男らが松明をかかげ、ずらりと取り囲んでいた。弓をつがえる音が聞こえ、闇夜に剣の煌めきが不気味に光った。


小柄な男が、それらをみても尚顔色を変えないノエルを指差し、

「頭!俺がいった通りだろ?ノエルは裏切り者だって。こいつは自分と歳近いガキどもに同情し、逃がそうとしやがったんだ」

「......ノエル、覚悟はできてんだろうなぁ」

頭と呼ばれた男は、七尺を越す大男で身の丈ほどの大剣を片手で悠々と持ち上げながら、ノエルへと低いうなり声を浴びせた。


小柄な男は自己顕示が甚だしく鋭敏な男であった。小柄な男はつい近頃黒狼盗賊団へと入ってきたものだ。年はまだ二十にも満たないほどだが、まだ幼い頃から殺人窃盗あらゆる犯罪を厭わずに男は行ってきた。そんな男がより残虐に、渇きを潤すように、この黒狼盗賊団の悪名を我が物にせんと強欲になったのは自然のものであったろう。そして、男にとって自分の身を置くところにノエルなどという矮小なものがある程度の名声を持っていることがすこぶる勘にさわり、排除せんとしたのも自然であった。


小柄な男はノエルへと敢えて監視の任をそれとなく進め、そしてある日に逃がせと唆した。男はノエルというものがわかっていなかったが、肯とせよ否とするにせよ、ノエルが手引きするように唆すだけの作戦立ては行えていた。が、ノエルは眉一つ動かさず、

「うん」

と言ったきりなのはすこぶる薄気味悪く思えたのであった。


何にせよ、小柄な男の策は実りこうして気にくわないノエルを追い込むこととなった。


「......」

「ちっ、このがきは相変わらずなに聞いても答えやがらねえなぁ」

ノエルがこの危うい状況においても精巧に作られた美しい顔を動かさないのをみて頭は忌々しそうに舌打ちを打つ。

「変わった魔法を使いやがるものだから可愛がってやったものを、こう、なめられちゃあ仕方がねえなぁ」


頭が言うや否や凶器を手にした飢えた男らはじりじりとノエルらへ押し迫る。一様の顔には些かの緊張が見られた。小柄な男以外のものは皆ノエルの異能をしっているためであった。そもそも黒狼盗賊団はここアーメリ国の法治の乱れから生まれ出でたものらである。統治者達の歪な治めが人民へと伝わりそんな歪に漬け込んで一儲けしようと下卑た考えを浮かべて集まったものらであった。大儀なく、自分等の快楽のみを目的としている。そんな集まりが先の討伐隊を打ち破ったのはこの銀髪に虹の穂先と奇妙な出で立ちの小娘がその一因であったことは周知のことであった。それゆえ男らは見た目以上にノエルを恐ろしかった。が、そんな男らの思いは獲物と自己認識したアリサたちには伝わらない。

十人の子供らは一塊になって震えている。アリサは色白い顔色が蝋のように生物の心地をなしていない。

「ああ。もうだめね」

うつむき、涙が頬を流れ落ちる。こどもらはいよいよ最後の生を訴えんと泣き出さんとしていた。

その時、ノエルがぽつりといった。

「......食べちゃうよ?」


赤く形良い唇から小さく漏れた可愛らしい音色は不思議と皆に聞こえ、恐れた。男らは本能のままにノエルに襲いかかっていった。頭とて冷静ならばこれを諌めていたであろうがそんな余裕もなく、その身の丈ほどの大剣を投げつけんばかりにふりかぶっていった。


そしてふいに男らは息絶えた。


先まで必死な様相そのままにして男らはみな身動きせずに横たわってしまっていた。まるで石化してしまったような。

男らの分厚い胸板は地面に空になんら反発せずにしんと動かずじっとしている。

生あるものの呼吸に沈黙が粘りつく。一つ息をするのに神経が削られる感覚があった。

そんな凄惨な様子を作ったノエルはそれらを異に介さずに、不満げにまた一言、

「......お腹へった」

と言って不満げに、幼げに頬を膨らませているのみだった。

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