星食らいのはらぺこ娘が転生しました。

kiritubo

第1話 捕縛

光が一切が吸い込まれる、墨汁を垂らしたような暗闇の中、宇宙とよばれるその空間に巨体をもて余すかのように何が横たわっていた。


それはひたすらに巨大であった。つい先刻、背中の皮と骨が張り付くほどの飢餓を経てようやく小振りながら星を幾つか見つけて丸飲みにした。けれども腹は膨れぬ。いっそ何かを口に含んだために飢餓が激しくなったとさえ感じた。

周囲に己以外の食うものはなかった。


その巨大な生き物はむんずりと起き上がり、虹色に煌めく両翼を広げた。両翼を広げればそれは容易に銀河の端から端へとたどり着いた。だらりと垂らした紫がかった尾をふいと左右に不規則に振りながら重々しくそれは飛び立った。


星食らいの竜は飢えていた。

翼を動かせばより腹はへる。だが、動かねば飢えて死ぬのは明白であった。

どれだけ翼をはためかせても、飢えを噛み殺してもなにも見えない。竜は己の最期を呪った。


虹色の竜は何度か諦めて横たわっては、飛んでは繰り返すといよいよ指ひとつ動かせなくなった。そうしてゆっくりと目を瞑ったが、何やらまぶたに眩しさを感じた。


うっすらとまぶたを開ければ翼を十も羽ばたかせればたどり着けそうな所にそれなりに熟した星がぽつりとあった。それをみても虹色の竜は何も感慨を受けることはなかった。あれならば、先に飲み込んだ星群の方がよっぽど腹を満たしてくれた。あれを飲めば最期、死は近い。

死ぬ間際になって情けとばかりに星がひとつあることがいっそ腹ただしく思えた。


まぶたをまた閉じた。


そうしてふと思い至った。

この巨体が己が己である証であったことは確かであるが、この身体一つに拘ることはない。この飢餓を何重にも纏った鬱陶しい巨体なんぞ捨て置くべきだ。この暗黒殿から抜け出し光明殿へと辿り着く機会は今を逃せばない。


思い至ると、竜は手を掲げ勢いよく己の胸に突き刺すと心の臓を抜き取った。そうして、それを両の手で躊躇いなく握りつぶすと、それは虹色の粒子となって眼前にぽつりとあった星へとふらふらと飛び立っていった。




「おい、ノエルなにぼさっとしてやがる。さっさと耳をさばたてねえか」

「うん」


深々とした薄暗い森の中、粗暴な男ら十五、六人のぎらつく視線の中、頭のてっぺんから銀に光沢をきらめかせながら虹色の穗先を肩になびかせた十にも満たないであろうあどけない女児が返事をする。声は抑揚なくころころと鳴った。


夕暮れ中、木々の合間から細く差し込むぼんやりとした光につるりとした額を照らしながら、女児は言われて黙想する。そのうちに年頃にしてはやや痩せ細った四躰からぽつりと蛍光のように光が瞬く。つぎはぎが目立つ粗野な衣服の中、その瞼を閉じた愛くるしい顔は神秘立って映る。それを眺める男らには喉をならすものもいる。感心した風体の男もいる。下卑た表情を浮かべる男もいる。それらの視線を一向に構わず女児は澄んだ声で、

「見つけた」

「は。何でたらめいってんだ餓鬼」

小柄な男が憤然と言う。そんな男を除いた男らは皆その小柄な男を快活と笑う。そんな様子が気に入らなかったとみえ、小柄な男は

「なにを笑っていやがる。この餓鬼は半日も前に逃げやがった売り物を見つけたと抜かしやがったんだぞ。売り物の中には魔法を使う奴だっていた。わかってるんだろうな、魔法持ちが三日も貰えれば国の端から端に届いちまう。半日だとしても二山はとうに越えてるだろうことだ。おい、餓鬼。本当に十人全員を指して見つけたと言っているんだろうな」

と、小柄な男は目を細め、凄みを効かせて脅すも女児は顔色変えずにぽつりと、

「うん」

「このっ」

小柄な男が勢い良く右手をかぶるも、待ったの声が飛ぶ。

「まぁ待て」

「だがお頭」

「お前はつい先だってここ黒狼にはいったものだから知らんだろうが、この餓鬼は存外大したものだ。それは間違いない。おれもつい一年前こいつを拾ってから随分と役立ててもらったものだ」

「はあ」

小柄な男は判然つかない気味で、

「しかしお頭。魔法持ちを逃がしてとなっては随分な損害ですぜ。この餓鬼の言うがままにして逃したとなっちゃあ...」

「わかってらぁ。おい、ノエルわかってるだろうが...」

「うん。うそを言えば首をあげる。変わらない」

「そういうこった」

話はまとまったと言わんばかりに、男らはノエルが告げた方々へと散り散りになっていった。

「ちっ」

小柄な、陰険な表情の男は顔をしかめて薄目にノエルを睨み付けた。その顔には自身よりも二回りも年下の小娘が、ここ黒狼において己よりも信頼を得ているのがつまらないといった具合を隠そうともせず、ありありと表していた。そして、その具合はふいに剣呑に変わり、にやりと唇をそばたてるのであった。



「見つけたぞ」

誰かが叫ぶと、次いで木々を踏み分ける雑踏の音がそこここに響き渡る。既に日は沈み、辺りがしんと静まり返ったなかに、どっと粗野な怒鳴り声が轟く。松明の明かりが木々の合間からぼうっと揺らめきだす。

ノエルが探索し得てから1日経たずに黒狼は

売り物と呼称する人間、獣人など入り乱れた十人のこどもらを皆見つけ出していた。こうして最後の1人、魔法持ちもその獰猛な眼へと納めていた。

「はぁ...はぁ...」

年は十五を過ぎた頃だろうか、絹のようにきめこまやかな金髪は腰までおり、彼女が走る度に暗闇に光鱗が散るようにきらめく。荒く息する唇はなまめつかしく絶え絶えな気色である。追われる身なれば、よりかもしかのようなふっくらとした健康そうな白い太股は今にも折れ膝付きそうに震えている。

けれど、少女は走り続けていた。

「はぁ...。うっ。」

ふらつく足はもつれ、少女は木々の合間の湿気った土へと頭から滑り転んだ。品格ある家の出なのか、元は随分と立派であったであろう白銀のドレスも薄汚れ、今は泥が刷り込まれた。捕まればどんなひどい目にあうか、若き目はそれを想像するたびに末恐ろしさがにじみ出す。

耳そばを風なりがかけた。

振り向けば四、五人の迫る影がありその中の一人が放った矢じりに相いなかった。

わずかな間それを意識すると身がすくんでしまった。気づけば馬に乗って松明を掲げた影にすっかり取り囲まれていた。いや、松明の灯を浴び下卑た笑みを浮かべる男らがこちらをねぶつけるのが分かるほどそばへと近寄っていた。

「ひっ」

「へっ、手間かけさせやがって」

「やはり魔法持ちは大したものものだな。足跡一つ残さず逃げやがるのだからな」

取り囲む男らは魔法持ちを逃さずにすんだことが安心を誘うらしかった。

互いに下卑た笑みを見せあう野蛮な男らの風体をこう間近に見て、血臭さが鼻腔に感じられ少女は頭は真っ白になった。

そんな折ふいに視界のすみに清らかな気配を感じた。

血生臭い男らから視線を外してその気配へと向けると、絹のように滑らかな銀髪に虹色の穗先を肩までおろし、能面のような表情をたずさえた美少女がぽつりと立ってこちらを見ていた。魔法持ちの少女は驚きそしてこの珍しい髪の色をした美少女も男らに捕まったものに違いないとひとりがてんをし、俯いて再び塞ぎ混んでしまった。が、男らの中の小柄な男がその美少女へと振り向き「やい、ノエル。この魔法持ちはお前が適任だろ」そういって、ノエルが男らの仲間だと気づくと先の驚きよりも尚衝撃を受けて、そして一層色濃い失望に胸が占められた。

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