第三章 母をたずねてGo west

第1話 予感

(第二章までのあらすじ)

 魔界において絶対無敵、最強不敗の存在である竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリス。

 そんな彼女が父ザドゥムの後を継ぎ魔族の王として君臨するためには、世界を一つ丸ごと生贄に捧げる滅界儀式ホロボシタルを行わなければならない。

 ヴァルアリスはよりによって、この儀式の対象に人間の世界を選んだのだった。


 儀式の下準備として、まずは対象となる世界の文明の産物を一つ封印し、保存しなければならない。

 しかしここで問題が生じた。

 ヴァルアリスが目をつけたのは魔界には無い美食の数々だったのだが、ついつい我慢しきれず食べきってしまうのである。


 度重なる激闘、その度に敗北を重ねてしまうヴァルアリス。

 そんな中、かつて魔界を去った母ニルファナスが人界に居ることを突き止めたヴァルアリスは、その所在を探りながら滅界儀式ホロボシタルの準備を進めるという、さらに過酷な戦いに挑むことになるのであった。




 魔界。そこは人類の住む世界とは一線を画す、死と、魔力と、破壊が溢れる大地。

 狂暴な魔獣が地を這い、翼竜にも似た怪鳥が空を舞う。強酸性の風が竜巻を作り、それらの生物を飲み込みながら地形を変えていく。

 過酷な環境の中でかろうじて生き延びる樹木はねじくれ、苦悶するような奇怪な姿に育つ。


 そんな不毛な地に場違いなほど絢爛たる城、魔源枢城マンナカニアルノは屹立していた。

 魔界を統べる王が住まう城であり、政と戦の最重要拠点。魔界最大のエネルギー源である巨神魂炉デカスギヤンを内部に収容する、この世界の中枢である。


 今、その城の大広間中央に立つのは竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリス。

 いずれ父ザドゥムの後を継いでこの魔界の王となるべき少女であった。


 比類なき強さを誇る魔界の姫ヴァルアリスは、力と美しさを兼ね備える。

 身に纏う豪奢なドレスからしなやかに伸びる、均整のとれた手足。光の輪を作る艶やかな髪。強い意志を宿す眼差し。

 それは暗闇に浮かび上がる一輪の花のように繊細でありながら、何者にも曲げることのできない不可侵の迫力を備えた美である。

 魔源枢城マンナカニアルノの内部は装飾も調度も贅の限りを尽くしており、外観同様に優美そのものだが、それでも、この部屋の中央に立つヴァルアリス自身の輝きに勝ることはないのであった。



 今、身支度を整え人界へ赴こうとするヴァルアリスの見送りには、臣下の神格天魔星将ゴッツエライヒトのうち三名が居合わせていた。

 すなわち、占星部隊の長オルガナイン。偵察部隊の長ウェリゴース。防衛部隊の長サチュラ。日ごろから特にヴァルアリスとの縁が深い三名である。


「お手伝いができないのは残念です」


 口惜しそうに述べたのはオルガナイン。彼女はヴァルアリスの母ニルファナスとも親交があった。

 それだけに、ニルファナスの捜索に手出しできない状況が歯痒いのである。


「……仕方あるまい。父上とも、そう約束したのだから」


 ニルファナスは魔界を捨てた身。故に、それを捜索するのはヴァルアリスの私的な行為であり、国力を注ぐことは罷りならない、というのが父ザドゥムの言い分である。

 同意した以上は隠れてオルガナインの助言を受けたりはしない。それが高潔なるヴァルアリスの姿勢であった。


 頃合いを図っていたように、額に第三の目を持つ巨漢ウェリゴースが控えめにヴァルアリスに声をかける。


「ヴァルアリス様に限り、人界ごときで身の危険を感じることもありますまいが……先日は呪言使いの強襲を受けたとか。くれぐれもお気をつけ下さい」

「うむ。そうそうある事ではなかろうが、警戒は忘れぬようにしておこう……私の留守中も魔界の警備警戒を頼むぞ、ウェリゴース」

「心得ております」


 ウェリゴースはヴァルアリス配下の中でも特に忠誠を誓う者であるが、ヴァルアリスの敗北についてはその一切を知らない。

 その気になれば額の第三の目……万里探知眼ダイタイミエルメを用いて人界におけるヴァルアリスの動向を探ることも可能なのだが、彼はその忠誠の深さゆえに自粛しているのである。


「ううっ……あうう、ヴァルアリスお姉さまぁああ……サチュラは寂しいですっ」


 先程からヴァルアリスの裾を掴み、人目もはばからず泣きじゃくっているのは防衛部隊の長サチュラだ。

 幼子のような外見からは想像もつかないが、魔法を弾く防御技術に限定すれば時にヴァルアリスをも凌ぐほどの実力を誇る猛者。

 しかしヴァルアリスにべったり依存し独占欲を発揮している彼女からすれば、この旅立ちはまさに身を切られるような思いなのであった。


「嘆くな、サチュラ。予感はある。母上と再会するまでに、そう長くはかかるまい」


 竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリスともあろう者が、予感などという不確かなものを根拠に未来を語るべきではない。しかし、そうとしか形容できないものをひしひしと感じているのは事実であった。


「本当ですね? 絶対ですね?」


 なおも縋りつくサチュラの髪をゆっくりと撫で、諭すようにヴァルアリスは言う。


「本当だ。私は一度口にした言葉は、必ず実現してきた」


 ヴァルアリスの凛とした佇まいには、何者も口を挟めぬ異様な迫力がある。

 その瞳は魔界の空を染める赤き星々の光よりも眩く輝いている。


「母上を探す。同時に、滅界儀式ホロボシタルの下準備も完成させる。可能なのだ。何故なら私は、竜魔神姫トンデモナイゼ……!」


 この宣言は絶対不変の運命の言葉。これまで打ち倒してきた幾百の敵の屍がそれを証明している。

 天に翳したヴァルアリスの指先から幾筋もの光が伸び、折れ曲がって幾何学模様を描く。

 詠唱を省略して行われる無詠唱ナンモイワンで発動した、異空間への転移魔法……破断時空転移陣ドッカニデルゲートの光だ。


 鴉は黒いという命題を覆すためには、ただ一羽の白い鴉が居ればよい。

 同様に、何度敗北を繰り返そうとも、一度勝利を収めれば結果は勝利。

 故にヴァルアリスは万難を排し、必勝のビジョンを描き、それを現実のものとするべく威風堂々と戦いの地へと臨むのだ。


(人類よ……今度こそ私は運命の輪パターンを脱却してみせる。思い知るがいい、竜魔神姫トンデモナイゼはお前たちよりも遥か上位の存在であるということを……!)


 ヴァルアリスは決意を新たにし、尽きることのない戦意の圧を発しながら人界への転移を開始した。

 何か途方もないことが起こる前兆か、魔界の空を舞う怪鳥が揃って不吉な声を上げた。それは不気味なオーケストラの様相を呈していた。


 だが、忘れてはならない。

 この物語の題名は竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリスの敗北である。

 これはあくまでも、魔界の頂点にして至宝、戯れに竜をも屠る、絶対無敵、最強不敗の竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリスが……敗北する物語なのである。

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