第27話 満たされぬ心

 人類の観測できる限界よりも、さらに遠く離れた星空の彼方。

 星海圏の王モルドゥールとその体に憑依した呪言使いダラバは、当て所なく暗黒の空間を彷徨っていた。

 残存魔力は微小、空間転移は不可能である。

 酸素を確保し、温度変化や放射線に耐え得る保護膜を展開するので精一杯。その保護膜も魔力の枯渇によって徐々に薄れ、いよいよ消失まであとわずかというところであった。


「つまらねえ死に方だなァ……」


 ぼやくダラバに、モルドゥールが気休めの言葉をかける。


「そう嘆くな。我々は竜魔神姫トンデモナイゼと二度戦って二度とも生還したのだ。これは常人には成し得ぬ快挙ではないか?」

「何が生還だ! 今まさに死ぬところだろうがッ!」

「ええい、うるさい。私の体で怒鳴る……な……?」


 一つの体で口論し合う二人の前に、淡い光を放つ謎の物体がいつのまにか姿を現していた。

 名状しがたい形のそれは機械なのか、生命なのかも不明だが、不規則に光る触手を揺らし、何らかのコミュニケーションを図っているように見える。


「な……何だ? こいつは」

「わからん」


 戸惑っているうちに、その物体は大きく膨れ上がって二人を包み込み、高速で移動を始めた。

 行く手には、同じように光を放つ物体がざっと数千ほど待機しているのが確認できた。


「おい、何なんだこいつらはッ! 俺たちはどこに連れて行かれるんだ!?」

「こ、この際何でも良かろう。とにかく助かったではないか!」

「助かるのか、死んだ方がマシな目に遭うのか、まだわからねえだろうがーッ!」


 二人の敗者の奇妙な共生生活は今しばらく続きそうであった。が、それはこの物語の題名とは関わりのない事ゆえ、触れるのはここまでとしよう……。




 魔界の中心部に高く広くそびえる城、魔源枢城マンナカニアルノ

 人界より帰還したヴァルアリスは謁見の間にて、オルガナインと共に魔王ザドゥムと相対していた。

 召集を受けたのではなく、ヴァルアリスの側から緊急の報告を願い出たのだ。

 報告の内容は、人界にて元七輝星海連合の長・モルドゥールと呪言使いダラバに遭遇し、神格天魔星将ゴッツエライヒトオルガナインの助力を得てこれを撃退したこと。

 そして、ヴァルアリスにとっては本命ともいえるもう一つの事柄である。


「人界に、母上の痕跡を見つけました」


 ザドゥムは返事をしなかった。

 オルガナインはただ黙して成り行きを見守っている。


「父上は……知っていたのではありませんか。母上が人界に居ることを」

「……いかにも」


 それはヴァルアリスの漠然とした予想であったが、ザドゥムは肯定した。


「しかし、あれは魔界を捨てた者だ。どこに居ようとも、既に我らと関りはない」


 言葉の真偽は不明である。ヴァルアリスが滅界儀式ホロボシタルの地に人界を選んだ時、議会の承認がなかなか降りなかったのはザドゥムの差し金ではなかったか。

 しかしザドゥムの表情は無機質な石像のように固く、そこに宿る感情は読めない。

 それでもヴァルアリスは次なる一言を切り出す。


「母上は、何故魔界を出て行ったのですか?」

「……それは、我が一存にて語れる事ではない」

「母上の口からならば、聞いても構わないのですか」


 ザドゥムが、ヴァルアリスの目をまっすぐに見た。

 ヴァルアリスもまた、挑むような眼差しでまっすぐに見返した。


「父上。私は人界にて、母上を探したいと思います。そして、全てを話していただきます」

「探すのは自由だが。お前の私的な都合で、魔界の軍勢を動かす事は罷りならんぞ」


 それは、オルガナインやウェリゴースの力を用いればすぐにでも特定できる母の居場所をヴァルアリス一人で探さねばならないという事だ。

 いかにヴァルアリスが超常の力を持つとはいえ、行方の知れない母を探すのにどれほど時間がかかるのだろう。

 しかし、父を見据えるヴァルアリスの表情には怒りも落胆も無かった。

 この事態を当然のものと予測していたようですらあった。

 

「調査は私一人で行います。人界をくまなく、様々な土地を訪ねて食べ……調べながら、同時に滅界儀式ホロボシタルの下準備も進めてまいります」

「……今、何か妙なことを言いかけなかったか?」

「いえ。何も」


 一瞬微妙な空気が流れたが、誰も彼も真顔を崩さないこの状況では掘り下げにくい。長い沈黙の後、根負けしたザドゥムが先に口を開いた。


「……ならば、勝手にするがよい」

「ありがとうございます」


 ヴァルアリスが一礼して去った後、ザドゥムは残ったオルガナインに問い質す。


「オルガナインよ。お前も同行していたのであろう。人界で何があった?」


 オルガナインは返答に窮した。

 実際何があったと言われると、あまりにも様々な、説明に困る事象が山のようにあるのだ。

 迷った挙句に彼女は首を左右に振り、説明を放棄した。


「私の口からは申し上げられませんが……ご安心を。姫様の成長は著しく、健やかですよ」


 魔族の王ザドゥムは、玉座の上で長い長い溜息をつく。


(ニルファナスよ。これも運命なのか?)


 ザドゥムはその言葉を胸の内でのみ呟く。ゆえに、誰一人その憂いを知る事はないのだった。



 自室に戻ったヴァルアリスは天蓋付きのベッドに寝転がり、餃子型のクッションを胸に抱いた。そして、手にしたわんこそば百杯完食記念の手形を見つめた。


 心の奥底に眠らせていた寂しさは、二度と沈められないほど浮かび上がってきてしまった。

 それを認める。

 その上で、自らの根源ルーツを探りたいと願うことは、決して弱さではないと、そう定義する。

 やるべき事はもう決まっているのだ。


「母上。必ず、探し出してみせます……」


 力を込められた餃子型のクッションは、返事をするようにぷぎゅっと音を立てた。



 忘れてはならない。

 この物語の題名は、竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリスの敗北である。

 そう、これは魔界の頂点にして至宝、戯れに竜をも屠る、絶対無敵、最強不敗の竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリスが……敗北する物語なのである。

 だがしかし、人類よ。この先も永久にそうであるという保証はない。

 憂いも悲しみも飲み込んで次なる一歩を踏み出す者は、成長を遂げ、いずれ勝利の頂へとたどり着く。その瞬間は、すぐそこまで迫っているかもしれないのだ!




竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリスの敗北

第二章 ヴァルアリス諸国漫遊編

〜完〜

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