第7話 千葉県富津市のミルクソフトと手作りソーセージ(前)

 真島一郎太が再度ベルを振り鳴らすと、アヒルたちは行進しながら元来た道を引き返して行く。


「牧場主ならば知っていよう。この牧場に、美味なるものはあるか?」


 ヴァルアリスは呼吸を整えつつ尋ねた。

 牧場道とやらの詳細は気になったものの、そこに気を取られ目的を疎かにしては本末転倒。元よりこの牧場を訪れたのは美食のためである。


「ふむ。当牧場を訪れたからには、是非ともご賞味頂きたいものがありますな」

「いいだろう。案内せよ!」


 ヴァルアリスと真島一郎太は、睨み合ったまま平行移動を開始した。


 そして共に歩くこと数分、二人は「搾りたてミルクソフト」の幟を掲げた小さな売店へとたどり着く。

 店頭に掲げられたメニューはさほど多くはない。その中で何よりも目を惹くのは、赤字で強調された看板メニューらしき一品だ。


「……搾りたてミルクソフト。だな?」

「いかにも」


 真島一郎太は両手を洗浄した後コーンを手に取り、慣れた手つきでソフトクリームを絞り出していく。

 やがてコーンの上には溢れんばかりにたっぷりとソフトクリームが乗り、三百円の対価を支払ってヴァルアリスはそれを手にした。


 実食に入る直前、ヴァルアリスは再度、真島一郎太と視線を交錯させた。

 果たしてこの男は一体何を思うのか。自信のほどは如何程か。真島の目は未だ細く、その本心を伺い知ることはできない。


(要は冷たい牛乳と砂糖の菓子。搾りたて、などと大層な文句をつけようとそれほど味に貢献するわけではあああっ!?」


 一口舐め、思わず驚嘆の声が漏れた。

 予想をはるかに上回る味わい!

 ヴァルアリスは衝撃に思わずよろめいた。よろめきながらも、ソフトクリームが溢れぬようしっかりと支えた。


(何だこれは……!)


 思い切ってかぶりつく。

 牛乳の濃厚な風味がたまらない。とろとろとなめらかに舌の上でとろける幸せな甘みに、ヴァルアリスは呆然とするばかりであった。


 その秘密は何か?

 答えは、真島一郎太と、彼が指導する牧場の従業員たちが一丸となって育て上げたジャージー牛であった。

 乳脂肪分が高く旨みが濃いジャージー牛の乳をふんだんに使用するからこそ、コクのある濃厚なソフトクリームが完成するのだ。

 ただ砂糖の甘さに頼っただけでは、ヴァルアリスを絶句させるほどの味を出すことはできなかったであろう。


 しかも真島牧場では乳牛一頭一頭の健康状態に気を配り、その牛に合わせた餌の配合、運動量の微調整まで世話をすることを心がけている。

 そこまでやって、初めてどの牛からも最高に質の良い牛乳を搾ることができるのだ。


 売店から見える厩舎では乳牛の一頭が柵から顔を出し、真島へ呼びかけるように「ゔもうう」と鳴いた。

 真島は笑顔で大きく手を振り、こちらも「ゔもうう」と声を返す。

 まるで会話をしているようにも見えるが、真実は定かではない。


 そして更にヴァルアリスは二度驚愕する事となった。


(くどくない……だと!?)


 このソフトクリーム、強烈な濃厚さに対して後味はあくまで爽やか。甘くまろやかな味わいがべったりと残ることなく、すっと舌の上から消えていく。

 まるで牧場に吹く爽やかな風が、そのまま口の中までも駆け抜けていくようであった。

 牛乳そのものは味わったことがあるヴァルアリスも、この濃厚さと両立する鮮烈さは予想外!


 その秘密は何か?

 通常、牛から搾られた牛乳(生乳)は高温で殺菌消毒を施され、工場へと運ばれる。そこで小分けにされ、あるいは様々な乳製品に加工された後に小売店へ届けられる。

 そして最後に小売店にて購入した消費者の口に入る、という流れだ。

 流通と安全の為に必要不可欠な工程とはいえ、この加熱と移送日数によって幾許か牛乳の質が劣化することは免れない。


 しかし、牧場で全てが行われるとなればこの前提は変わってくる。

 それこそが、真島一郎太がわざわざ牧場内に専用の設備を導入しソフトクリームの製造、販売を行う理由!

 真島牧場のミルクソフトは殺菌のための加熱も必要最低限の温度に抑え、使用する牛乳は搾乳当日どころか搾ってから8時間以内、という制限まで設けている。

 故に、新鮮な牛乳の味わいをそのままダイレクトに消費者へ食らわせる事が可能。

 「搾りたてミルク」の名を冠しているのは決して虚仮威しではないのだ!


 この攻撃を真正面から受けてしまったヴァルアリスがどうなったか、言うまでもあるまい。

 まるでふわふわしたミルクの雲海を漂うような幸せな心持ちでひたすらソフトクリームを頬張り、その甘さに酔っていた。

 完全無防備、危険極まりない精神状態。覚悟を決める間も無くヴァルアリスは更なる衝撃に襲われる事となる!


「なあっ!?」


 突然、変化する食感が更なる未知のステージへヴァルアリスを導く。

 ソフトクリームの土台となっているコーンである!

 それは単にソフトクリームを持って食べやすくする器ではない。そのザクッとした食感はソフトクリームの甘くなめらかな食感と対照的、互いの魅力を存分に引き出し合うのだ。

 しかも通常であれば既製品で済ませるところ、この真島牧場では生産した牛乳を小麦粉に混ぜた専用のコーンを焼きあげるというこだわりを見せていた!


「馬鹿な……器まで美味しいだと……!?」


 ソフトクリーム。コーン。ソフトクリーム、ソフトクリーム、コーン。


 自分のペースで変化をつけつつ、リズミカルに食べ進めていく。それぞれ単独で味わうも良し、ソフトクリームとコーンを一緒に口に入れる事で生まれるハーモニーもまた格別。

 そして溶けかけたソフトクリームがコーンの底に溜まり、最後の一口まで旨いのだ!


 あっという間に、ミルクソフトはヴァルアリスの胃へと収まってしまった。


「お……おお……」


 食べ終えたヴァルアリスの身体は大きく揺れ、膝が折れ、前方へと倒れこんでいく。

 ああ、このミルクソフトの美味しさは意識を刈り取るほどに強烈であったのか。

 竜魔神姫トンデモナイゼ敗北の歴史に、あっさりと新たな1ページが記されてしまうのか。


 否……ヴァルアリスの目はまだ死んではいない!

 地面に接触するギリギリの位置、わずか数センチのラインでヴァルアリスの顔が静止した。重力に喧嘩を売るような姿勢である。

 そして、生まれたての子牛のように足腰を震わせながらゆっくりと上体を起こして行く。

 真島一郎太はその姿を目を細めて見守っていた。


 やがて背筋を伸ばしたヴァルアリスは、己を鼓舞するように高らかに宣言した!


「まだだ。まだ負けはしない。お前が牧場道の使い手ならば……我こそは魔界の王道を行く者、竜魔神姫トンデモナイゼ!」


 真島一郎太はにやりと口角を上げた。

 言葉の意味は全く分かっていないが、その意気に感じ入ったのである!


「ならば、次なる一品へと参りましょう」


 まさかの延長戦……突入である!

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