第11話 凱旋
乾いた風が吹いていた。
生命の息吹を感じさせない不毛の大地を照らすのは、血を吸ったように煌々と赤く輝く星だけであった。
魔界の空である。
その空に眩い光の線が走り、いくつもの幾何学模様を描き出す。二つ、三つと同じものが現れ、やがて無数に増殖して空を埋め尽くす。
魔族が異世界へ侵攻する際に用いる魔法、
期間にして三ヶ月、
光の中から地に降り立った
「ようやく帰り着きましたね」
語りかけられたのは
「この錆臭い風がそれほど恋しかったか?」
「そういうわけでは……ああ、いえ、そうなのかもしれません。どんな地でも故郷ではありますから」
ヴァルアリスはこのやりとりを斜め後方に聞き、密かに危惧していた。
どうもこの二人は距離が近すぎる気がしている。特に、グレミアがいつもウェリゴースの相手ばかりしたがるのが気にかかる。こんな調子で、同期の
この度の遠征で、グレミアの働きは申し分ないものだった。立て続けに武勲を上げており、史上稀に見る速さで
「各々、話はそこまで。ひとまず身体を休め、明日より此度の遠征の分析を行う」
ヴァルアリスが声を上げると、ウェリゴースを含む全軍勢は揃って平伏した。
いずれ王位を継ぐという権利を除いても、その地位は軍の最上位に位置する。
事実この度の遠征でも、ヴァルアリスの指揮により軍の損耗は最小限に抑えられているのである。流石に皆無ではないが、十万を越す軍勢の規模、相手取った敵勢力を考えれば奇跡的と言って良い。
そのヴァルアリスに頭を下げながら……グレミアは、あろうことか不満の表情を作っていた。ウェリゴースとの会話を遮られたことに対しての不満である。
完全無欠のヴァルアリスといえど、流石にそこまでの機微を知ることはなかった。
「やっと……やっと終わった!」
自室に引き上げたヴァルアリスはベッドに寝転がり、大きく両手を上げて万歳の姿勢を取っていた。
解放感の理由の一つは、
遠征中の魔族達は皆、黒い粘土のようなレーションを文句も言わず口の中へ詰め込む。
このレーションはボソボソしていて、大して味はないくせに妙に清涼感のある匂いがする。口の中の水分が奪われるので飲み物を必要とするが、そうすると匂いが揮発して鼻に抜け、むせてしまう者も少なくない。
だがこれさえ食べていれば他に栄養を摂る必要がない完全食品であり、伝統的に誰も拒否しないので、ヴァルアリスも「正直これマズいよね」とは言い出しづらい。
人間の世界で食べた様々な食事を思い出して耐えようとしたが、かえって辛くなった。自爆行為であった。
従来の慣習を引きずり続けるのは魔族の欠点の一つである、とヴァルアリスは考えている。"昔からそのようになっている"と言われれば疑問を持たずに従ってしまう。
結局のところ
むしろ、期間や規模を変更しようとした時点で現王のザドゥムが血相を変えて抗議してくるのが目に見えている。
(根本は、私が王位に就かねば変わらないのだろうな)
そのためにはまず、
前段階として、人の世界の象徴たる物品を一つ保存せねばならない。
それが済んで初めて、魔界の大改革は始まりを告げるのである。
「さて……そのために何を食べるか、だが」
しばらく人界の食事から離れた事で、ヴァルアリスは冷静かつ客観的な視点を取り戻していた。
まず、寿司は危ない。寿司職人には慢心など髪の毛の先ほどもなかったし、それどころか危うく己の本質の方が書き換えられるところであった。
もっと自分の得意な分野で勝負をするのが良い、とヴァルアリスは分析している。
魔界とて一応まともな食事というものはあるのだ。食べ慣れている料理ならば人界ともさほど差はなく、いちいち驚かされる事もない。
そう考えてみると、自ずと選択肢は限られてくる。
「肉だな……!」
九節馬や火疫鳥の丸焼きなどは、魔界でも定番メニューの一つである。
今まで人界で食べてきた料理にも肉は入っていたが、もっと小細工の無いシンプルな肉料理が良い。それこそが必勝の一食となるはずである。
決してボソボソのレーションを食べ飽きた反動ではない。
「待っていろ、人の子らよ。今回は今までの私とは違う……!」
おお、それはまるでヴァルアリスの連敗を見続け、どうせ今回も同じような結果になるだろうと高を括る、超自然の存在に挑みかかるような目つき!
改めて人類に希望はなく、ただ滅亡の時を待つばかりに思われた。
だが、忘れてはならない。
この物語の題名は、
そう、これは魔界の頂点にして至宝、戯れに竜をも屠る、絶対無敵、最強不敗の
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