第8話 愚王
「ぐおお……」
魔界の頂点にして絶対無敵、最強不敗の
三連敗である。
悪夢のごとき三連敗である。泣いても喚いても取り消せぬ事実である。
螺鈿と黄金で編まれた天蓋の装飾も、花瓶に活けられた魔界薔薇の艶やかな紅も、今のヴァルアリスを慰めはしなかった。
起承転結の"転"が必要であると、ヴァルアリスは感じている。
メンチカツ、カレーライス、ラーメンライスと三連敗した今になって起承転結などと言い出すのは遅きに失している感も否めないが、とにかく流れを変えたい的な意味である。
ベッドの上に寝転がり、両足を交互に高く上げて天井を指す。全く意味はないが、意味のないことをしているとその馬鹿馬鹿しさで気が紛れる。そういうものである。
不意にドアがノックされて、ヴァルアリスはベッドから跳ね起き、風の速度で執務机の椅子へと座った。上着に袖を通し、あたかもずっとそうしていたかのように書類の束を手にする。
「失礼いたします。ウェリゴースにございます」
「……入れ」
扉を開いて入室した
「何用だ」
「陛下がお呼びでございます。謁見の間へ来られるようにと」
ヴァルアリスは眉間を揉んだ。実父の話題は、他のどの話題よりも彼女を疲弊させる。
「伝声珠を使えばいいものを……」
「心労お察しします。おそらく用件は
「で、あろうな」
ヴァルアリスは立ち上がり、ウェリゴースを伴って部屋を出る。実の父にして魔界を統べる現王、ザドゥムと面会するために。
「
とぼけた顔の男が、のんびりとした口調で語る。威厳のかけらもないのに豪奢な毛皮のマントを纏っており、色とりどりの宝石を嵌めた王冠はその頭から激しく浮いて見えた。
「父上。既に部隊の編成は終わり、合同の訓練も進んでおります。今より人員の変更は困難かと」
「ううん、でもなあ」
舌打ちしたくなる気持ちを抑え、ヴァルアリスは懇切丁寧に部隊編成の根拠を説明し始めた。
「
「いや、しかしやはり守りは重要ではないかなあ」
こうなったザドゥムは梃子でも動かない。意見を譲る、という発想そのものをどこかに無くしたように同じ発言を繰り返すのだ。
ヴァルアリスは沸騰しそうな感情を抑え、幼子にするような微笑みで尋ねた。
「ならば……いかが致しますか」
「我が名において招集をかけよう。我こそはという者に護国の大任を命ずると」
「では、そのように通達をお出しします」
「うんうん。良かった良かった、これで安心だ」
浅ましい、とヴァルアリスは思う。
ザドゥムは既に全盛期を遠く過ぎ、魔力のみならず判断力も酷く衰えている。にも関わらず、しぶとく王冠を握りしめ、玉座にへばり付いている。
愚王である。
愚王であるが、従うのが絶対のルールである。これを力で屈服させたならば、ヴァルアリスは正当な継承権を認められなくなる。
怒りはあるが、どちらかといえば老いとはこれ程までに残酷なものかと憐れんでいた。同時に、いずれ自分が玉座を奪った時にこの男はどうなってしまうのかとも思う。嫌気はさしていても、血の繋がった父ではある。
形ばかりは恭しく礼をして、ヴァルアリスは謁見の間を退室した。
謁見の間でのやりとりはヴァルアリスの想定内であった。
王は祭典、式典、全てに必ず口を挟みたがる。何か意見を通さねば自分の存在意義が薄れると信じ込んでいる。それ故に、文句の付け所を誘導したまでの事。
結界を張っている部屋でもなければこの話は厳禁。王に知られれば泣き喚いて癇癪を起こすのは目に見えている。故に、ウェリゴースもその事には触れぬまま廊下で別れた。
過ぎたこととはいえ、ヴァルアリスの
その愚行は昨日今日始まった事ではなく、ヴァルアリスが実質の政務を執り行うゆえに、不快である以上の問題は生じない。
心底不快である、という以上の問題は。
自室に戻ったヴァルアリスは窓際に立ち、初めは小さく、やがて肩を揺らして笑い始めた。
(……今宵ばかりは貴方に感謝します、父上。良いヒントを頂きました)
そう。今までの戦い、ヴァルアリスは人類に広く好まれる食物に拘ってきた。いわば、庶民の食事である。
それはそれで美味しいものにたくさん出会えたので正解だが、勝つ為に取るべき方法ではなかった。
選ぶべきは、王族の一員たる自分に相応しい、人々の羨望を集める極上の品。かつ、その地位に胡座をかき克己を忘れた愚かなるもの。
魔界だろうが人界だろうが、求められる立ち回りは変わらない。
策を巡らし、隙を作れば良いのだ。王座に居続ける者ほど、得てしてそのような隙が生まれるだろう。
(
空がかき曇り、鈍色の雨が降り始めた。ヴァルアリスの眼が窓硝子を伝う水滴の流れを追う。ああ、その氷のような決意の眼差し!
本当に、今度という今度こそ人類に希望はなく、ただ滅亡の時を待つばかりに思われた。
だが、忘れてはならない。
この物語の題名は、
そう、これは魔界の頂点にして至宝、戯れに竜をも屠る、絶対無敵、最強不敗の
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