第5話 怒りの竜魔神姫
「其は紅星の光満ちる所、銀の入江に立つ七竜の顎を経て集うものなり。不浄の血巡り、連ね、束ねて、汝を穿つものなり。今こそ、眠る始祖の霊と我が名の下にその力を示せ」
魔界の
見据えるのは宙に浮かぶ無数の金属の球。雷霆球といい、魔法に対して強い抵抗力を持つ特殊な金属で作られている。
「
詠唱の完了とともに発生した力場は次々と雷霆球に命中し、その内のいくつかを撃ち落とした。
「良い。以前よりも練れている」
短く賛辞の言葉を送るのはウェリゴース。
蒼血天使の軍勢を殲滅させて以来、魔界に対して目立った襲撃はない。良質な魂を探して旅立つ
グレミアの元より紅い頬は更に紅潮している。
未だ
戦力としての期待の表れなのか、あるいはそれ以外の感情故か。実の所、グレミアとしては後者を希望している。
「有難きお言葉……しかし、私などはまだまだ」
グレミアの謙遜を遮るようにウェリゴースが片手を挙げると、轟音と共に、まばらに残っていた雷霆球の全てが地に叩きつけられた。
「更に、この程度は出来るようにならねばな」
今しがたウェリゴースが放ったのは同じ
加えて、グレミアが落とした雷霆球がほぼ無傷であるのに対し、ウェリゴースが落としたそれには大きな亀裂が入っている。
威力の差は歴然であった。
「破壊の力を無節操に振るうのであれば、凡百の徒と変わり無し。必要なだけを研ぎ澄ませて使うのが達人というものだ」
言うは容易いが、この規模の魔法に繊細な調整を施すのは容易ではない。
ウェリゴースの巨躯に見惚れていたグレミアは、慌てて畏まった。
「さ……流石でございます、ウェリゴース様。私などは、及ぶべくもなく」
「否。早々に辿り着いて貰わねば困る。お前にならそれが出来る」
「そんな……」
ずん、と腹の底に響くような地鳴り。
グレミアは、文字通り天地を揺るがす魔力のざわめきを感じ取った。全く規模は異なるものの、それが今しがた自分達が放ったのと同種の魔法によるものだとは、朧げながら察しがついた。
これほどの魔力を振るうものとなれば、魔界広しと言えどただ一人。
「……いずれにせよ、頂点は遥か先よ」
ウェリゴースの表情は、使えるべき主への畏怖と従う者の誇りに満ちていた。その第三の目が捉えているのは、言わずもがな魔界の至宝である。
強い風が、ヴァルアリスの長い黒髪と銀糸のドレスをはためかせる。その眼前では無数の雷霆球全てが地に落ち、いずれも中心に大きな穴を穿たれてた。
やがて風が止み静寂が訪れるも、その中で涼しい顔をしているヴァルアリスの心は嵐の様相を呈していた。
何事も一度ならば偶然で済む。数々の要因が重なり、偶々あり得ない事が起きてしまったと、そのような言い訳が効く。
だが、二度敗北したのである。
ぐうの音も出ないほどの完全敗北である。
(もおおおおおお!)
今すぐ叫び声を上げながら駆けずり回りたい欲求を、ヴァルアリスは必死に押しとどめているのだ。
あってはならない事だった。人間など、所詮魔力を持たない下等生物。大人と子供よりも遥かに大きな隔たりがあり、万が一にも遅れをとることなどあり得ない。それが常識であった。
その常識が崩れ去った今、ヴァルアリスは沈みかけの小舟に乗っているような心持ちである。可及的速やかな、抜本的解決の必要がある。
カレーライスについては、もはや悔やんでも仕方がない。カレーそのものの格闘技的な側面や、メニューに潜んでいた伏兵の存在、何もかもが想定外であった。
あのコロッケカレーはいずれ日を改めて食べに行くとして、さしあたって別の突破口を見出さなくてはならない。
ヴァルアリスは既に次のターゲットを定めていた。人類に広く受け入れられている食事として、カレーライスと共に候補に上がっていたものだ。
敗北に打ちひしがれていつまでも地を見つめ続ける者は、その分だけ立ち上がるのが遅れる。
ヴァルアリスはそのような無駄な時間を過ごすつもりはない。敗北と同時に、次の勝利のために
終わりなき進化こそが最強の武器である。
おお、恐るべきは
今回は店を決めるだけではなく、あらかじめ全てのメニューを調べあげ、食べるものは自分で決める事にした。さらに、念のため他のメニューも全て頭に入れておく。
これならば不測の事態など起こり得ない!
戦いは、始まる前に出揃った要素が全体の八割を占めるものだ。少なくともヴァルアリスはそう考えている。
なればこそ、万全の備えで臨むこの勝負の結末はもはや見えている。
「見ていろ、人類よ。私に三度目の敗北は無い。絶対に無い」
何と鋭き眼光!これも二度の敗北という苦い経験があればこそ。今までとは気合の入り方が違う!
今度こそ人類に希望はなく、ただ滅亡の時を待つばかりに思われた。
だが、忘れてはならない。
この物語の題名は、
そう、これは魔界の頂点にして至宝、戯れに竜をも屠る、絶対無敵、最強不敗の
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